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【第12回ネット小説大賞コミック部門入賞】ニセモノ3番  作者: 頼爾@11/29「軍人王女の武器商人」発売
第八章 バレた3番

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いつもお読みいただきありがとうございます!

 今日はエルンスト侯爵家に久しぶりに帰る、というかプリシラの兄のお見舞いに行く日だ。

 今日が終わってしまえば婚約解消が進むだろう。私がプリシラとしている存在意義もない。


「プリシラ様、アクセサリーはどれにされますか」


 今日逃げなきゃいけないかもしれないと思っていたけど、そうじゃないならあんまり派手なのはつけていきたくないな。やっぱり、ドレスもアクセサリーも慣れない。


「これを」


 なんとなく、四葉のクローバーのネックレスを選んでいた。これ、つける機会がなかったんだよね。グレンに買ってもらったニセモノの宝石。小ぶりでちょうどいい。それに幸福の象徴ならいいことがあるかもしれない。占いで運命が近付くって言われたけど、あれから全然いいことはない。誘拐されるし、プリシラはいなくなっちゃうし、よく分からないプロポーズされるし、ニセモノってバレるし。


 準備を終えて外に出ると、ちょうどグレンも出かける時間だったらしい。馬車に乗り込むところだった。


 彼がこちらを振り返った。視線が一瞬だけ絡み合う。

 でも、グレンはすぐに視線を逸らすと馬車に乗り込んでしまった。


 それはそうだ。いくら彼が優しくても、結婚をきっぱり拒絶した私とこれ以上話したくもないだろう。彼とはもうなるべく顔も合わさずに出て行こう。


「お兄様、お元気だといいですね」

「えぇ、そうね。足の骨折って聞いたけど」


 馬車の中でぼんやり外の景色を見ていると、ついてきた侍女のうちの一人が心配そうに声をかけてきた。そんなに私の顔色は悪いのだろうか。


「そういえば。お坊ちゃまはあのハンカチ、ずっと使っていらっしゃるんですよ」

「え?」

「プリシラ様が刺繍したハンカチです。洗濯する時以外はいつもお使いです」

「そう、なんだ」


 侍女たちはまだ私がニセモノであることも、グレンと結婚なんてしないことも知らない。私を元気づけようとして教えてくれたのだろう。


「また刺繍をされてプレゼントもいいかもしれませんね。プリシラ様は刺繍の手がとても速くていらっしゃるので」

「そうね。図案は考えられないけど」


 もちろん、そんなことはしない。侍女の手前頷いただけ。グレンには迷惑だろうから。


 フォルセット公爵邸に慣れてしまっていたせいで、久しぶりのエルンスト侯爵家は廃れて見えた。最初にここに来た時はお城かと思ったのに、フォルセット公爵家の方がお城みたいだった。おかしな感覚だ。


 私の後ろにはフォルセット公爵家の侍女と騎士がいて物々しいが、侍女長サリーが迎えてくれて思わず顔がほころんだ。

 でも、ここにはエルンスト侯爵家の他の使用人もいるからちゃんとプリシラの演技をしないといけない。


「階段から落ちたっていうお兄様は?」

「今はお部屋で療養中です。奥様が付き添っていらっしゃいます」

「そう、お母さまに会いたいわ」


 わざとつっけんどんな言い方をした。

 プリシラの兄の部屋に入ると、兄は片足を吊った状態でベッドに横たわり目を瞑っていた。眠っているようだ。


「プリシラ!」


 兄を眺めていると、隅に座っていた侯爵夫人が駆け寄って来て抱きしめられる。


「元気なの? 顔をよく見せてちょうだい」


 頬を両手で包まれて、その冷たさに驚いた。

 あれ、予想よりも侯爵夫人がおかしくなっていない。私が公爵邸に留まるのにとてもごねたと聞いていたから、もっとおかしくなっているのかと思ってた。


「フォルセット公爵邸ではどうなの?」

「良くしていただいています。ただお勉強がなかなか進まなくって」

「お勉強なんていいのよ、プリシラには。こんなに可愛いんだから」


 いやいや、公爵夫人なんだからお勉強はいるんじゃないかな……。ほら、後ろでフォルセット公爵家からついてきた侍女たちがやや呆れた雰囲気だ。


「お兄様は?」

「今は痛み止めが効いて眠っているわ」

「まさか、お兄様まで階段から落ちるなんて」

「えぇ、本当に驚いたの。骨折で済んで良かったわ」


 なんだろう、この違和感。

 侯爵夫人は兄をあまり心配していないように聞こえるし、見える。私が階段を使うだけで半狂乱だった時もあるのに。


「プリシラは誘拐されかけて、レイナードは階段から落ちるし。本当に心配したのよ。犯人が分からないからって、プリシラのお見舞いにも行かせてもらえなかったんだから」


 言葉だけ聞くと子供を心配している母親だ。

 でも、私は人の顔色を読むのが得意なのだ。なぜか違和感を覚えてしまう。この人、少し上機嫌過ぎないだろうか。久しぶりにプリシラ(私)に会えたのだとしても。


「ごめんなさい。でも、お母様まで狙われたらって思ったら怖くて」


 ぎゅっと抱きしめられる。フォルセット公爵家の使用人の前だからか、久しぶりに会うからかやたらスキンシップが多い。


「お兄様の手を握っても?」

「今は眠っているわ。起きてからにしたら?」

「お兄様が無事だったって安心したいから。お薬で眠っているなら起こさないと思うの」


 侯爵夫人をやや押しのけるようにしてプリシラの兄のところまで行く。

 私が逃げたら、彼には迷惑をかけてしまうかもしれない。でも、ドレスを作らなくって良くなるからその分お金がかからなくて安心するのかな。


 会うのが最後になるかもしれない。

 なんとなくそう感じながら、プリシラの兄の手をそっと握った。


 ピクリと兄の指が動いたようだった。起こしてしまっただろうか。

 兄の顔を見たが、目は相変わらず瞑ったまま。しかし、指はぴくぴく動いている。


「プリシラ、今日のワンピースは一体どうしたの」

「これは……フォルセット公爵邸で用意してもらったもので」


 兄の指の動きに気を取られていて、夫人にそんなことを言ってしまった。


「あぁ、そうなの。道理でプリシラらしくないと思ったわ」


 夫人の声が低くなる。まずい。本物よりも気に入られているってまた機嫌を損ねたかもしれない。フォルセット公爵家の侍女たちの前で叩くことはないと思うが。

 公爵家の使用人から見てもプリシラの趣味はあれらしく……ドレスを作った仕立て屋が持って来た既製品をわざわざ先代公爵夫人が買ってくださったのだ。


「骨折は痛いけど、お兄様がご無事でよかったわ。これでお兄様も私のことをバカにできないわね」


 あまり長く手を握っていると不自然かと、明るい声を出して兄の手をそろりと置いた。


「久しぶりなのだからお茶でもしましょう」

「はい。お母さま」


 お茶には付き合わないといけないだろう。不自然だ。

 プリシラの兄が指で私の手のひらに「逃げろ」と書いていたとしても。

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