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5(グレン視点)

いつもお読みいただきありがとうございます!

「グレンって酷いよねぇ」

「レイフはもう帰ったらどうだ」

「えぇー。やだよ。せっかく来たんだし。俺の帰りが遅くても心配する家族なんていないんだから別に良くない?」


 レイフの質が悪いところは空気をしっかり読んでいながら、その空気に平気で逆らうことだ。つまり、本気で空気を読む気がない。


「で、エルンスト侯爵家に見舞い行かすの?」

「仕方ないだろ。きっとうるさくなるからな」

「レイナード・エルンストが階段から落ちたってマジな話? それとも嘘であの子を帰らせようとしてるだけ?」

「ちゃんとあの家の侍女長に裏は取ってある」

「ふぅん。じゃあやっぱりあの家、呪われてんのかな」


 嫡男まで階段から足を踏み外して怪我をして、エルンスト侯爵夫人はまた不安定になっているようだ。


 グレンは座って本を読んでいたが、レイフはその周りにまとわりついてくる。いつものことだが、今日だけはなぜかイライラする。

 庭から部屋に戻った後、しばらくしてからノックに返事をしてもいないのにレイフがずかずか入ってきたのだ。


「あの子、泣いてたよ」


 レイフのいつもよりも真剣な響きの言葉で本から顔を上げた。


「もう、俺には関係ないだろ。嫌われてるんだから」

「じゃあさ、これからどうすんの」

「別に俺はどうもしない。おばあ様に話して、彼女はここから出て行くんじゃないか」

「じゃあさぁ、あの子は俺がもらってもいいよね?」


 オレンジの目がにんまり細められる。


「一応、グレンの婚約者だから遠慮してたんだけど」

「あれで遠慮してたのか。そもそも彼女は物じゃない」


 さっき、手まで重ねて顔だってもう少しで触れそうな距離だったくせに。


「うん。グレンだって監視させてないって言いながら、あんだけ使用人張り付けてたら説得力ないよ」

「あれは、心配だったから。パーティーの後から逃げ出そうとするような動きをするし。夜遅くに逃げ出したら誘拐の危険性だってある」

「あぁ、だよねぇ。俺もあの日にプロポーズしたから」

「……遠慮してたんじゃないのか」

「してるよ。グレンのこと好きじゃないなら俺と結婚しようって言っただけだし」


 レイフが理解できなくて、思わず凝視する。彼は相変わらずヘラヘラした態度を崩さない。プロポーズが本当だったかどうかもその態度からは分からない。


「俺なら、あの子のこと理解できると思うんだよね。あんなに俺と同じような女の子がいるなんて、夢にも思わなかったからさ」

「どういう意味だ」

「グレンには分からない。誰にも愛されない、絶対に1番にしてもらえないっていう感覚が。側室の息子だから鬱陶しがられて、どこにいってもいないように扱われる。彼女もそう。親が娼婦なのは彼女のせいじゃないのに、どこにいっても娼婦の娘。しかも名前もつけてもらえない。3番なんて、俺より酷い」


 レイフはグレンの向かいのソファに腰掛けた。


「だから、俺がもらってもいいよね?」

「彼女は……平民として生きていきたいんじゃないのか」


 警備兵のグレッグと話したことを思い出す。「お貴族様には分かんねぇよ」と彼に言われた。あの言葉を時々思い出しては、彼女は平民として生きていった方が幸せなのだろうかと考えた。


 でも、パーティーに彼女が俺の目の色のような青いドレスを着て参加なんてするから。グリーンのものだって仕立てたのに。

 あまりに可愛くて催淫剤を盛られた後、うっかり口にしてしまった。しかもその後、彼女が俺を避けるから。だから言ってしまった。


 俺は彼女を3番だなんて扱いたくない。娼婦の娘なんてもう誰にも呼ばせたくない。彼女には笑って欲しいし、幸せになって欲しい。

 孤児だった彼女に公爵夫人の勉強をさせるのは酷なのだろう。そんな簡単な現実にも俺は見ないふりをした。分かっていた、彼女が大変なことは。でも、俺ももっと頑張ればいいと思っていた。


「もうグレンには関係ないよね? だってプロポーズを断られたんだからさ。俺、まだ断られてないから」

「あぁ……もう俺には関係ない」


 俺との結婚なんて無理だとあれだけはっきり拒絶されたのだ。彼女はプリシラになりかわっていただけで、俺のことを好きなわけじゃない。エビとチョコレートが好きなだけで。ドレスを着ても喜ぶどころか所在なさげに立っていて、他の令嬢が俺の側に来ても嫉妬もしないんだから。


「俺、グレンのこと好きだけど。今は嫌いになりそー」

「は?」

「グレンって、十歳の頃に襲われかけたことは可哀想だなって同情するけどさ。家族からしっかり愛されて育ってきたんだから、あの子のこともっと考えてあげれば。ちょっと無神経じゃない?」


 現在進行形で無神経の塊のようなレイフに言われて、気分が悪くなる。


「まぁ、グレンにはもう関係ないか」


 レイフはひらりと立ち上がる。


「レイフ」

「あのさぁ、クールぶって気取ってるのもいいけど……まぁいいか。俺、敵に塩も砂糖も送る気ないし。でも、俺なら一回断られただけならへこたれずに何度でも言うけどね」

「そんなことしたら、余計嫌われるだけだろ。断る方だって大変だ」

「彼女、グレンのこと嫌いだって言った? 耳かっぽじって聞いてた?」


 レイフに問われて思い返す。

 結婚は無理だと言われた。あれは嫌いだという意味じゃないのか。


「じゃ、俺は頑張るから。グレンはせいぜい触ることができるご令嬢か養子でも探しなよ」


 揺れるレイフの赤毛はドアの向こうに消えた。やっと静かになった部屋でグレンは考え込むしかなかった。


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