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いつもお読みいただきありがとうございます!
「プリシラ様、どちらへ? 本ならお持ちしましょう」
「あ、お庭に行こうかなと」
「それでは日傘を。今日は天気がいいので日焼けしてしまいます」
うぅ……グレンの誕生日パーティーの後から全然一人になれない。夜ベッドに入って一人になったと思って抜け出してもすぐ見つかる。なんで?? みんないつまで働いてるの??
先代公爵夫人と公爵夫人も勉強と称して私のところによく来るようになってしまったし……。あれかな、グレンが何か盛られたから警戒態勢なのかな。それとも、やっぱり私は監視されてる?
「プリシラ様、良ければ気分転換にお庭でランチはいかがでしょうか?」
無言で庭を歩いていたら、後ろから侍女が声をかけてきた。
ごめんなさい、どこかに抜け穴がないかなって下を向いてただけで、落ち込んでいるわけではないんです。だって門番さんがずっといるから正面から堂々と出て行くの無理なんだよね。
見上げると綺麗な青空が広がっている。
「今日はお天気も崩れそうにないですから」
そうだろうなぁ。昨日は月も綺麗に出てたもん。私はそっと頷いた。
庭を散策して本を読んでいると、侍女が気を利かせてエビの入ったサンドイッチを用意してくれた。
庭に置かれたテーブルでランチを食べる。
ここって一番最初にグレンと会った場所だよね。遅れて来て、紅茶をがぶっと飲んで帰っちゃったところ。あの時のお菓子も美味しかったなぁ。
「またエビか。よっぽど好きなんだな」
あやうくエビを落としかけた。
いつの間にか目の前にグレンがやって来ていて、そのまま彼はイスに座る。すると使用人が待っていましたとばかりに彼のランチを持って来た。
そういえば、家令がグレンを連れ出してから会っていなかった。なんか盛られたんだよね? サーイザイ? ザーサイ?
「リスみたいだ」
グレンが私を見て少し笑う。サンドイッチを落とさないように両手で持っているのがリスのように見えるらしい。
「可愛い」
その言葉に私もだが、給仕をしていた使用人もわずかに目を見開いた。しかし、さすが公爵家の使用人だ。一瞬で表情を戻すと柔らかく微笑んでからすぐに立ち去った。私の驚きは完全に置いてきぼりだ。
つい先ほどまで侍女も側にいたのに、いつの間にか遠くに下がっている。つまり二人きりにされた。
いたたまれなくなってサンドイッチを持ったまま、グレンのいる方向から体の角度をずらす。よし、これでグレンを見ながら食事はしなくていい。これは最後の晩餐、じゃなくて最後のランチかもしれないんだから。
私が娼婦の娘ってこともバレてる。それなら、絶対に蔑まれる。いつも最後は必ずそうだったから。
「これも食べるか?」
グレンの声でテーブルの上を見ると、グレンの分のエビの入ったサンドイッチを彼は示している。
ふるふると首を振ると、彼はまた少し笑った。
「遠慮しなくていい。まだ体調が本調子じゃないからたくさん食べられない」
「え……やっぱり毒が」
「毒じゃない」
そう言いながらグレンは皿を私の方に寄せてくるので、遠慮なくもらうことにした。
エルンスト侯爵家で、どれぐらい食べたら食べ過ぎなのかは身をもって体験したから大丈夫。
「レイフに何か言われた?」
急にそんな質問をされたので、思わず固まってしまう。聞かれてないよね? あのパーティーでの会話は。
「ニセモノなら俺との婚約を解消しろとか」
「証拠はないんでしょ。言いがかりはやめて。私にそっくりな人間がいるわけないじゃない」
「領地のエルンスト侯爵家の屋敷を掘り返せば、証拠はある」
それって死んだプリシラの体を掘り起こすってこと⁉ というかあのお屋敷のお庭のどこかに埋まってたの? プリシラ、ごめん。てっきりお貴族様はいいお墓に入ってると思ってた。
「まだやってないんじゃないの」
「もう無理して演技しなくていい。告発するつもりはないし怒ってもない。祖母と両親も君の正体を知ってる」
もう、完全にバレてしまった。
先に謝った方がいいだろうか。謝って、同情してもらって、出て行く方がいいだろうか。それなら深夜に逃げ出さなくていいから危なくはない。侯爵にさえ追われないなら、レイフと結婚する必要もない。
サンドイッチをぎゅっと握ってしまったので、中の具のエビがぼとりとスカートの上に落ちた。
「○△×……!!」
あぁぁぁ、もったいない! 孤児院なら三秒ルールどころか十秒ルールで床に落ちても食べてたけど、お貴族様はそんなことしないんだよね⁉ エビが落ちてしまってパニックになっていると、グレンが立ち上がってやってきてテーブルナプキンで私のスカートの上のエビを拭った。
「あ、ありがと」
「俺は十歳の頃にメイドに襲われかけて女性に触れることができない。触れようとすると震えが止まらない。触れられてもそう。家族は大丈夫だが、親戚で小さい頃から知ってるブレアでも無理だ」
落としてしまったエビに心の中で涙ながらに別れを告げていると、グレンが唐突に話し始めた。
「え? でもダンスもしたし……」
誘拐事件の時は私を抱えたじゃない。おろしてって言ったのに。
ダンスの時は私も震えていたから分からなかった。でも、確かにグレンは他の令嬢とはダンスはしていなかったし……ご令嬢たちに側に寄られて顔色が悪かったのはそのため?
グレンはエビを拭ったテーブルナプキンを戻すと、私の前に跪いた。
「君だけは大丈夫だ」
握ったままだった潰れたサンドイッチを持つ手をグレンが掴んで、皿の上にサンドイッチを戻す。
「ほら。震えてない」
片手で私の手を握ったまま、グレンはもう片手を顔の前にかざす。何が言いたいのだろうか。私がニセモノである話とグレンが女性に触れない話って関係あるの? 困惑してグレンを見る。
「両親と祖母は説得した」
何を? 何を説得したの? 私を罰すること? エルンスト侯爵家を潰す? お金返せ?
「このまま、俺と結婚してほしい」
意味が、分かんない。なんで? 他の女性に触れなくて私には触れてちょうどいいから? 娼婦の娘でそういう扱いするってこと?
「君が好きだから」
「は……?」
ぽかんとしていると、グレンは私の片手を両手で包み込んだ。
「もう、君のことを娼婦の娘なんて誰にも呼ばせたくない」
信じられないことを平気な顔で言ってのけたグレンは私の片手にキスをした。
彼は少し震えているようだったが、それは恐怖心からではなさそうだった。