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いつもお読みいただきありがとうございます!

21時にも更新します。

「側にいてくれ」


 誰? いや、弱っているグレンか。

 私がお熱の時に手を握ってくれていたから、同じことをしろってことかな。こうすると安心するって言ってたし。


 恐る恐るグレンの手に自分の手を重ねるとぎゅっと握られた。手の熱さに驚いていると、そのままグレンはつないだ手を自分の顔まで持って行った。


 手の動きに引きずられてグレンに近付いてしまう。しかも、気のせいでなければグレンの唇が私の手の甲に当たっている。

 そんなに意識が朦朧としているんだろうか。好きでもないプリシラの手をこんなに縋って握るほどに。


「えっと、大丈夫? 体熱いけど」

「注意していたのにやられた。さっきのメイドは他家に買収されたか、他家の手先か」


 グレンは少し落ち着いたのか、先ほどよりも明瞭に恐ろしいことを話している。


「あのままメイドに連れて行かれたら、今頃他の女と部屋に閉じ込められていただろうな」


 いつもより少しばかり時間をかけてグレンは話す。

 そんな手口があるのか。お貴族様もいろいろ大変なようだ。というかそれこそ娼婦顔負けでは?


 手を握りしめられたまま黙って固まっていると、グレンと目が合う。

 熱っぽく潤んでいて、普段でも彼は綺麗な顔立ちなのに余計に大人っぽい雰囲気があった。


「じゃあ、私が通りかかったことに感謝してよね」


 いや、他家のご令嬢と閉じ込められた方が良かったのだろうか。

 そうしたら、えっとそのご令嬢は傷モノ?になるからプリシラとの婚約を解消して、そのご令嬢との婚約になると。


 あれ、それなら私はお役御免でこのまま逃げれば良かった。お金の面はまだ不安があるけど、レイフのおかしな求婚なんて関係なしに。しまった、状況が分からなかったからプリシラの演技を優先させてしまった。いやでもエルンスト侯爵には追いかけられるだろうから……準備も何もできてない。せめて逃げる前に侍女長サリーに連絡を取らないと。


 あ、待ってよ。先代公爵夫人に頼み込んで少しの間ここに置いてもらって逃げようか。先代公爵夫人は虐待を疑っていて同情はしてくれているようだから、それを利用するのは気が引けるけど……背に腹は代えられない。


 頭の中で忙しく考えていると、グレンのもう片手が頬に添えられた。

 そういえば、さっきレイフにも撫でられたな。寒気がしたけど今はグレンの手が熱いせいか、頬もじんわり熱い。


 そのまま手が私の後頭部に回って力が入る。

 びっくりしている間にグレンの顔に近付いていた。ちょっと、待って? 髪の毛崩れちゃうんじゃない?


「……悪い」


 もうすぐ鼻が触れるんじゃないかというところでグレンはぎゅっと目を瞑って顔をそらした。調子が悪くて吐きそうなのだろうか?


「誰か来るまで、隠れておいてくれないか。この前みたいにカーテンにくるまってもいい」

「あ、うん」


 クローゼットの中でもいいけど、それだとノックが聞き取りづらいかな。調子が悪くて不安で誰かに縋りたいといっても、プリシラにはあんまり近くにいて欲しくないよね。今出て行っても危ないんだろうし。

 しかし、グレンは隠れておけと言いながら手は放してくれない。


「ちょっと?」


 膝をついて立ち上がろうとして腕を振りほどこうとすると、グレンは逸らしていた顔をこちらに向けた。


「何かおかしいと思ってた」

「うん?」


 毒か何かを盛られた話? 実は体調が朝から悪かったとか?


「でも、違和感に目を瞑った。きっと、そっちの方が俺には都合が良かったから」


 誕生日パーティー当日に本人体調不良ならそれは困るよね。なんだろう、お熱だと思わなければ熱は出てないっていう根性と気合の話?

 何のことか分からず、膝立ちのままグレンを見下ろす。


「キスしたいけどやめておく。誰にももう君を娼婦の娘なんて呼ばせたくないから」


 ずっと聞きなれていたはずの言葉がグレンの口から出てきた。

 思わず、彼の手を振り払おうとしたが思いのほか彼の力は強かった。


「催淫剤を盛られた。耐性はつけてあるけど、こんな頭がぼんやりしている時にしたくない」

「何の話? 娼婦の娘なんて」


 全力でしらばっくれることにした。レイフはグレンに何も告げていないはずだけど……でもグレッグが私のことを覚えていて喋ったのなら……グレンの中でつながってしまったのだろうか。証拠がないなら全力で知らないふりをすれば乗り切れる?


 困惑する私を見て、グレンはしんどそうにちょっとだけ笑った。


「やっぱり、君はプリシラじゃない」

「盛られて頭がおかしくなったんじゃないの」

「良かった。君がプリシラじゃなくて」


 良かった? すぐに婚約解消できるから? なんならお金も取り返せるから?


「私がプリシラじゃないって証拠があるっていうの? やめてよね、そんな冗談」

「ある。君は可愛いから」

「は……?」


 私の反応を見て、グレンはまた微笑んだ。

 この人本当に誰? 盛られて幻覚でも見えてるの?


「隠れておいてくれ。可愛くて抱きしめそうになるから」


 ぎょっとしてグレンから距離を取る。さっきまで強く掴んできた手はするりと外れた。

 走ってカーテンにくるまった。心臓がバクバクしている。


 あ、悪魔? 悪魔がついたの? グレンに。いや、もしかして私が満月の日にプリシラと入れ替わったみたいにグレンもそうなのかな?


 か、可愛い? 私が?

 プリシラじゃなくて良かったって何。しかも、娼婦の娘ってもう呼ばせないからって……。


 家令がドアをノックするまで私は処理しきれない感情を抱え、カーテンを強く掴み続けていた。


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