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いつもお読みいただきありがとうございます!

 あがくなんてみっともないって思ってる。どうせそんなことしたって愛されないんだから。そんなことしてバカみたいだ。


「考えさせて。それに、そろそろ戻らないとまずい」

「俺、結構本気だから」


 おでこに唇を押し当てられた。

 こ、これってチューされた? 呆然と見上げるとレイフは笑った。


「一緒に戻ったら疑われるから、先に戻ったら?」


 そう言われて、慣れてるなこいつとしか思えない。プリシラがここにいたらキィキィ喚きまくっているだろう。大人しくおでこにチューされてしまった私にもプリシラは怒るはずだ。『あんた、なに安っぽい女みたいなことしてんの! それじゃあ本当に娼婦の娘でしょうが』って。プリシラって性格はあれで手段もあれだけど、言ってることって案外正しい? いやでもブスとか不細工はダメよね。


「ちゃんと考えてね」


 するっと頬を撫でられて寒気がした。


 仕方がないじゃない。

 だって、おでこにチューなんてされたことないもの。あっちもこっちも嫌っているレイフが結婚の話を出してチューしてくるなんて予想もしなかったんだから。


 イライラしながら誕生日パーティーが引き続き行われている会場まで戻ろうと歩を進める。おでこをごしごし強めにこすってしまいたいが、そうするとおでこだけ赤くなって目立ってしまう。せっかく髪型も直してもらったのだから我慢しないといけない。でも、我慢できずにハンカチを軽く押しあてた。


「坊ちゃま、寄りかかってください」

「触るな」


 不穏な会話が前方から聞こえた。

 え、なに? 今の声ってグレンだよね?


 会場にはもう少し距離がある。廊下に本日の主役であるはずのグレンと、若めのメイドさんがいた。グレンはパーティーの最初とは様子が違い、しんどそうだ。


 うーん……これ進行方向にいるんだよね、グレンたちが。そしてこれをスルーするのはプリシラらしくない。だってプリシラは使用人相手には大変手厳しいのだ。紅茶を平気で十三歳でもかけていたほど。


「あら、何してるの?」


 仕方がない。覚悟を決めて、さっきのおでこチューを忘れるためにも声をかけた。


 グレンがぱっと顔を上げ、メイドはやや顔を顰めた。

 グレンの頬は紅潮しており、熱でもありそうな様子だ。手すりを離したらうずくまるだろう。え、これってかなり高熱なんじゃない? パーティー中に上がったの?


「私が部屋まで連れて行くわ」

「いえ、プリシラ様はパーティーに……」

「あら、私に文句があるっていうの? 使用人風情が」


 うわーん、こんなこと言いたくない。言いたくないけど、ここで言わないとプリシラっぽくないの! 許して!


「さっさと医者か他の使用人を呼びなさいよ、この役立たず」


 うぅぅ、私が泣きそう。こんなこと言いたくないのに。メイドさんは悔しそうにグレンの側から離れた。良かった、泣かれなくて。


「あんたなんて先代公爵夫人に言ってクビにしてもらうんだから。さ、行くわよ」


 うぇーんなんかごめんなさい、メイドさん。

 グレンの手を取る。良かった、ここで「触るな」なんて言われたらとんだ笑いものだった。熱いグレンの体を支えながら階段を上る。


「そこの部屋に」

「え、自分の部屋じゃなくて?」

「さっきのメイドは他家の……」


 グレンがしんどそうに喋るのでよく聞き取れないが、指示された部屋にグレンと一緒に入る。


「鍵を、閉めてくれ」

「えぇ?」

「いいから、早く」


 なんでカギ閉める必要があるのよ! 盛大にブツブツ思いながらも鍵を閉め、グレンをソファまで支えて寝かせる。


 水差しからコップに水を注いでいると、ガチャガチャ扉を開けようとする音がした。なんだかこちらが悪いことでもしている気分だ。それにしては外から「坊ちゃま」と呼び掛ける声は聞こえない。

 ガチャガチャ音にビクビクしながらグレンに水を持っていく。


「間一髪だった」

「そうなの?」


 そんなに危険な状態だったのだろうか。あまりにガチャガチャされて怖いので、扉の取手に置いてあったステッキを突っ込んだ。グレンを見ると、力なくソファに体を預けたまま少し笑っている。


「何か盛られた」

「えぇ? 毒? じゃあお医者様を! し、死んじゃう!」

「いや、違う……大体は耐性をつけているから大丈夫だが、許容量を超えた分は症状が出る」

「へ、へぇ?」


 お熱じゃないのか。そしてお貴族様が狙われるって本当なんだ! しかも耐性つけてるってどうやるの? あ、聞かない方がいいか。聞いたら殺されるかも。


「しばらくしたらパーティー会場にいない俺を探して、家令か古参の使用人あたりが探しに来るから大丈夫だ。それまで隠れている。医者だと言われてもドアは開けないでくれ」


 ぜぇぜぇ言いながらグレンは喋る。状況は手負いの逃走中の犯罪者みたいだ。


「坊ちゃま。お医者様がいらっしゃいました。開けてください」


 扉の外からさっきのメイドさんの声がする。思わずビクついたが、グレンに手首を握られた。グレンはてのひらまで熱く、しんどそうだがはっきりと首を横に振っている。


 しばらくガチャガチャ音と声は続いたが、やがてパタリとそれらは止んだ。


 思わず、息を吐きだす。知らないうちに息を止めていたようだ。体に入っていた力も抜ける。


 グレンは相変わらずぜぇぜぇ荒い息を吐きながらしんどそうにしているので、湿らせたハンカチで顔の汗を拭ってあげた。しんどそうにされると、やっぱり世話を焼いてしまう。


 額にハンカチを置いてグレンから離れようとすると、また手首をつかまれた。

 パーティー会場は明るかったが、この部屋の明かりはかなり抑えられている。そんな暗い部屋でグレンのブルーの目がこちらを見ている。


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