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プリシラ病ってあるのかな。
それとも自分が誘った占いで私が誘拐されたことを気にして、頑張って令嬢たちに対抗してくれているんだろうか。
ご令嬢の一人が可愛くないという言葉に腹を立てたのか、手に持っていた飲み物の入ったグラスを動かすのが見えた。
あ、まずいなと思った時には反射的にブレアの肩を抱いて少しばかり横に動いていた。
やっぱり、プリシラ病ってあるんだと思う。
グラスの中のジュースが宙を舞う様子がとても遅く感じた。プリシラも紅茶を他人によくかけていたらしい。さすがにこんなパーティーではそれほどやってないけどね。
そのまま高級なカーペットに落下するだけで済めば良かったのだが。
意外と飛距離のあった中身は、こちらに背を向けていた誰かにかかってしまった。
「あ……」
声を出したのはブレアか、それともプリシラ病を患ったかもしれないご令嬢か。貴族のご令嬢にふさわしくか細い声だった。「げ」なんて口から出ないのがご令嬢っぽい。
だって、液体がかかってしまったその人は先代公爵夫人だったからだ。白い繊細なショールが一部分ブドウ色になってしまっている。ぶどうジュース?
「あら」
杖をついた先代公爵夫人が振り返って状況を確認する。
その間にご令嬢がグラスを落として、薄かったグラスは見事に割れた。
「まるでプリシラ嬢のようなご令嬢ね」
笑みを浮かべて紡がれたのは嫌味だろうか、いや事実か。一瞬遠い目になりかけて試されているのだろうなと考えつく。いかにもお貴族様だ。
「私は七歳までしかこういうことはしておりません。こちらのご令嬢は七歳なのですか。でしたら、そろそろ手の病気は治ると思います」
エルンスト侯爵家ではいくつになっても紅茶かけたり、投げたりしてたけど……集めた情報ではパーティーやお茶会でこんなことは七歳超えてからしていない。もちろんあんまり呼ばれていないのもあるし、ワガママ令嬢というウワサが広まってあんまり近付かれなかったのもある。ブスとか不細工とは罵るけれど。
明らかに目の前のご令嬢は七歳ではなく、どう見ても十五・六なので顔を真っ赤にしている。状況的にも私や他のご令嬢に罪を擦り付けることもできない。私はプリシラっぽくうっすら笑った。大変性格が悪く見られそうだ。
「不治の病になるのかしらね。プリシラ嬢、あなたにも少しかかっているわ。着替えるからついておいでなさい」
「はい」
「その間にそこのご令嬢たちは帰るでしょうから」
これは「帰れ」と言われているのだ。
プリシラだけが異常なのかと思ってた。でも、情緒が三歳くらいの年上ってお貴族様に他にもいるんだ。
「私の分のデザートも取っておいて。食べられなかったらブレアを恨むから」
「もちろんです! お姉さま!」
ブレアまで付いてきていい雰囲気ではないので、彼女にそう告げると嬉しそうにしている。この子、本当に大丈夫かな。危なっかしい。簡単に影響されて不細工とか言っちゃうし。おねーちゃんは心配です。でも、桃のデザートが食べたいのは本当です。
「なかなか良い切り返しだったわ」
「ありがとうございます」
会場から出て部屋に向かいながら先代公爵夫人は満足げに言う。
なんで試すんだろうね。これから試験するわよって言われていれば違ったけど。お貴族様は偉いけど、試された側はいい気はしない。偉いからって試していいの?
「髪を少し直したら戻りなさい。あまり長く席を外すと良くないわ」
「でも、夫人のお着替えが」
「年寄りの着替えなんて待つ必要はないわ。桃のデザートも待っていることだし、今日はちゃんとチョコレートも用意しているのよ。食べて欲しいわ」
「……分かりました」
侍女に髪を直してもらって、ドレスも確認してもらい夫人にはウィンクとともに見送られた。うまいよね、飴と鞭の使い方が。厳しくした後に甘くするんでしょう? そうやって依存させるって聞いたことある。
でも、桃のデザートは食べたい。まだエビしか食べてないもん。
階段に向かっていると、手を掴まれてどこかの部屋に引っ張り込まれた。
慌てて蹴りを入れると「痛っ」という聞き覚えのある声がする。
「やるね」
「げ」
私の口からは令嬢だと思えない声が飛び出してしまった。
脛を蹴ってしまったのは、久しぶりに会う赤毛の第二王子レイフだった。
「まだプリシラ嬢の演技頑張ってるんだ」
このパーティーでは会わないように気を付けてたのに。
逃げようとしたが、壁にドンと手を突かれ囲い込まれてしまった。