10(プリシラ視点)
いつもお読みいただきありがとうございます!
プリシラはツインテールをなびかせながら木の根元に座っていた。
なによ、そこのカラス。
こっち見てんじゃないわよ。私は今忙しいのよ。
なに、今度はタヌキ?
間抜け面してなんで私の隣まで来てるの。明日は満月? まぁそうね。見れば分かるわよ、そんなこといちいち言わなくても。
満月か。
あのブスの体に入って好き勝手やれば、あのブスはグレンに嫌われるだろうか。侍女に紅茶かけて叩いてもいいわね。背中の傷見てグレンに告げ口した侍女はどいつかしら。そいつに一番に嫌がらせしてやるわ。それか、あのすました顔の先代公爵夫人の杖でも折ってやろうかしら。
……でも、あの不細工相手なら何をしてもグレンは許すのだろうか。
見ちゃったのよね、この間こっそりフォルセット公爵邸まで行って。
あのブスは私が見えるからコソコソ隠れながら行ったわよ。なんで私がコソコソしなきゃいけないのよ、ほんと最悪。
あのブス、青い綺麗なドレスを着てたわ。生地はいいけどダッサイのよ、リボンもないしさ。
そういえばそろそろグレンの誕生日よね。私は八歳くらいからずっと招待されてないけど。あのブスはフォルセット公爵邸にいるし出席するんでしょうよ。あのクソつまんないパーティーに出なきゃいけないのよね。あーあ、かわいそ。
あのブス、ドレスが似合ってないって自覚があるのかグレンが来てから慌ててカーテンにくるまってんのよ、ほんと笑える。カーテンから顔だけ出して。
でも、そんなあいつを見てグレンは顔を赤らめて褒めてた。すぐ逃げたけど。
しかも私の可愛いドレスが酷いですって。カーテンの方がマシって何よ。
私のドレスのこと褒めたことなんてないくせに。そしてあのブスもあのブスよ。何きょとんとしてまぁいいかみたいな顔してんの。娼婦の娘ならさっさと媚びてもう五着くらいドレスをねだりなさいよ。それかアクセサリーとか。首元がどう見ても寂しいでしょうが! 私はそんなドレスに合うアクセサリーなんて持ってないわよ! まさか前グレンに買ってもらったあのケチ臭いニセモノの宝石つけるわけじゃないでしょうね?
タヌキ、うるさいわね。落ち着け? 私は落ち着いてるわよ、失礼ね。
……そんな目で見なくても分かってるわよ、私だって。あいつが悪くないことくらい。どうせお父様が無理矢理連れて来て脅したんでしょ? 孤児ならどうしていいかも分かんなかったでしょうね。あの容姿で放り出されても誘拐されてすぐ娼館行きよ。あいつがホイホイ誘拐された時は肝が冷えたわよ。
でも、私だってこんなに可愛いのに十三歳で死ななきゃいけなかったわけよ? 私だってすっごい可哀想じゃない。もっと可愛いドレス着て、美味しいもの食べて、超絶美人になってたに違いないのに。
自分で超絶美人って言うな? 事実を言って何が悪いのよ。
あのね、お母様がおかしいんじゃないかってことは私も分かってる。フォルセット公爵邸ではお母様が牢屋に入れられちゃうかも!ってパニックになったけどさ……。
あいつを叩いてたお母様の顔……見たこともない顔だった。私には優しいお母様だったのに。悪魔に憑りつかれたみたいな、そんな恐ろしい顔よ。
私にはお勉強を強要しないし、何でも好きなもの買ってくれる優しいお母様だったのに。
で、一番おかしいのはあいつよ。何度も何度も手のひらや扇で叩かれたのにヘラヘラして「孤児院の職員に比べれば痛くない」だのなんだの。そんな底辺の男と比べてんじゃないわよ! 諦めたような目してんのにヘラヘラして。私に気遣っただけでしょ! お姉さんぶってんじゃないわよ。ちゃんと痛いなら痛いって言いなさいよ!
それに、縄抜けできるなんてあり得ないから! そんなのサーカスかなんかでしょ!
なんなの、あの孤児院。早く潰れなさいよ! あ、もう潰れてたか。とにかく! あの男どもが牢屋でたくさん叩かれますように!
なによ、タヌキ。そんなうるうるした目で見てんじゃないわよ。え、私が泣きそうな顔してる? してるわけないでしょ、このポンポコ! その腹、ぶっ飛ばすわよ。
え、友達と喧嘩したら仲直りしないといけない? バカじゃないの、あんな孤児で娼婦の娘と高貴な私が友達なわけないでしょうが! しかもあいつ名前もないのよ? 3番って何よ、人をバカにしすぎでしょうが。
まぁでもみんな可哀想な子好きよね~。
グレンだってあのブス好きになってるしぃ。完全になりかわりがバレたわね。ってか、見た目はほとんど私じゃないのよ! なんであいつなら好きになるのよ!
まぁグレンは普通のポンコツだからいいわよ。どうせ私のお古の男だし。見てても恋愛で完全にポンコツだわ。家柄もあって顔もいいのに初々しい反応しちゃって、グレンはもっとつまんないプライド高い男だと思ってたわ。
問題はあの赤い毛玉よ。レイフよ、レイフ。あいつはやべーわ。やることが六歳児よ。好きな子にいたずらして嫌われるやつ。冷遇されてても王子ってゆーのもダメだわ。ああいうのに権力持たせちゃだめよ。
なに、ポンコツ……じゃないポンポコ。
そんなに心配なら早く帰れ? まぁね、明日満月だしあいつの体でケーキもそろそろ食べたいし。でも私が謝るなんて嫌よ。あいつが私になりかわって生きてるのはほんとなんだから。下手くそな演技してね。私の居場所を奪ったのはあいつよ。
ポンポコ、何どっか行こうとしてんのよ。まだ話は終わってないわよ。
え、終わっただろってなにそんな間抜け面してんの。さっさと帰れ? 私はあいつとあんたとカラス以外に認識されなくて会話に飢えてんのよ。
あれだけ可愛がってくれてたお母様にも認識されないんだから。お兄様とお父様は別にいいわ。お兄様なんて生きてる時は気付いたら距離を取られていたのだし。
……ねぇ、私ってちゃんとお母様に愛されてたのよね? 野菜食べなくていいのもお勉強しなくていいのも、好きな物なんでも買ってもらえるのも全部私が愛されてるからよね?
ちょっと、何か言いなさいよ。私は叩かれてないし、蹴られてもない。愛されてたはずよね? だって私が死んでからお母様はおかしくなっているのだから。なりかわりにはお母様は反対していたし。私はあの3番みたいに誰からも愛されてないわけじゃないわよね? あいつが叩かれたのはあいつが悪いから。あいつが私の真似をきちんとできないから。そうよね?
はわわみたいな顔をしてビクビクしているタヌキに詰め寄る。
薄々分かっていることに蓋をして。
「キュウ!」
急にタヌキが悲鳴を上げた。プリシラも驚いて立ち上がろうとするが、いつの間にか手に枷のようなものがついている。
『な、なによこれ!』
幽霊だから物でも人でも触れないのに! まさか動物用の罠にでもかかった?
外そうとしたが黒い枷は地面にしっかり固定されていてびくともしない。
『はぁ!?』
ガチャガチャやっていると、光に包まれた。光の向こうでタヌキが目を真ん丸にしている。
光が消えるとそこにプリシラの姿はもうなかった。タヌキがキュウキュウ鳴いているだけだった。
「ふぅ、やっと捕まえましたよ。プリシラ嬢」
『はぁ? あんた誰よ、顔見せなさいよ! 卑怯者!』
「聞いた通りの性格のお嬢様ですね……」
どこかへ強制的に移動させられたプリシラの目の前には、フードを被った怪しげな人物がいた。