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本日二話目です。
「わぁ、綺麗……」
二着のドレスが届いて思わず演技など忘れて感嘆の声を上げてしまった。ドレスなんてお貴族様しか着ない、実用的じゃない服だと思っていたのに。
ハッとしたが遅かった。侍女たちが満足げに笑っている。
「プリシラ様、今から試着をしましょう」
「汚すからそんなのいいわ」
「試着して直しが必要でないか確認しないといけません。お体に合っていないと、用意したフォルセット公爵家と仕立て屋が馬鹿にされますから」
侍女に説得されて緑のドレスを着せられる。まだ背中には跡があるので、侍女の中の一人は背中を見て泣きそうな表情だ。
そんなに可哀想な目で見て欲しくないのに。ため息をつきそうになりながら耐える。
プリシラのドレスは何着あってもこんなに見惚れることなんてなかった。むしろ最初はドン引きしちゃったよね。あのリボンとか色に。
そもそも、ドレスってこんなに綺麗なんだ。侯爵夫人や先代侯爵夫人が纏っていたドレスはもちろん素敵だったけど、あれはお貴族様が着るから綺麗なんだと思う。背筋がしゃんと伸びて、あかぎれもない手で、歩き方まで美しくて。でも、私はいくら綺麗なドレスを着ても、きっと娼婦の娘で道化なんだろう。
「大変良くお似合いです! プリシラ様の目の色と合わせたドレスですものね」
鏡の前に立つ。ふんわり裾が広がったエメラルドグリーンのドレス。袖の部分はレースで銀色のキラキラした糸がところどころ使われている。不必要なリボンが一切ないドレスだった。リボンなくてもやっぱり死なないよね。
ちらりと鏡を確認した。鏡の中の私も恐る恐るこちらを見てくる。
やっぱり怖くなって、すぐに視線を鏡から逸らした。
「サイズも良いですね。さぁ、もう一着も着てみましょう!」
「同じサイズで作ったなら試着しなくて大丈夫よ。もういいでしょ」
「いいえ、誤差が生まれているかもしれません。ぜひ今、ご試着を」
侍女にまた説得され、今度はブルーのドレスに着替えさせられる。
最近、プリシラの真似をしてワガママを言っても微笑ましいという雰囲気でみんなハイハイと聞いてくれるので気持ち悪い。
ちょうど着替えが終わったところで誰か来たようだ。
「坊ちゃまがおいでです」
「まだドレスから着替えていないわ」
なんてタイミングで訪ねてくるの。ご飯の時にどうせ会うじゃない。
「せっかくですし、坊ちゃまにもお見せしては?」
「い、嫌よ」
「あ、プリシラ様!」
娼婦の娘にドレスなんて似合うわけないじゃない。これまではプリシラの趣味の悪いドレスだったから気にならなかったけど、こんな……こんな綺麗なドレス私が着ていいわけがない。
窓まで走って行ってカーテンにくるまった。
同時にグレンが部屋に入って来る。カーテンにくるまっている私を見つけて、彼は近付いてきて首を傾げた。この状況でカーテンから顔だけ出している私は十分怪しいだろう。
「かくれんぼでもするのか?」
「今日はカーテンにくるまりたい気分なのよ。悪い?」
「いや、いつも趣味の悪いドレスを着ていたからカーテンの方がマシに見えたのかと」
まぁ……それは否定できないけど。プリシラのドレス着るくらいならカーテン巻いた方がマシだなと考えたこともある。でも、パーティーで一回着たら慣れた。でも、周囲からの視線はどうにも慣れない。
「で、何か用?」
居候なのにこの態度。私は心苦しいが、プリシラならこうだろう。
「明日からおばあ様の時間が取れるから、勉強を始めていこうと」
「分かったわよ。嫌だけど。もういいでしょ、早く行ってよ」
つっけんどんに返事をしたのに、グレンは部屋を見回して気付いたようだ。本当に着替え中だったら侍女も中に入れなかったのに。なんてタイミングが悪いのだろう。
「そんなことをしていたらドレスがパーティー前に皺になるぞ」
「う……そんな皺になる方が悪いのよ」
ドレスって普通の服と違うもんね……ジャバジャバ洗濯できるものなの?
私、おねしょ洗うのは得意だけどこういう高級な物洗ったことない。
「それとも、おばあ様を押しのけてまた趣味の悪いドレスでも選んだのか?」
ちょっと笑いながら聞いてくるグレンに腹が立つ。趣味悪いのは事実だけど。
でも、私はなんでカーテンにくるまってるんだっけ。見られたくなくて体が動いてしまった。カーテンにくるまってると安心するもんね。
「俺に見せられないほど酷いのか?」
あぁ、そっか。
私は自分を直視できなかった。鏡の中の私でさえも。
だって、突き付けられる気がするから。どんなに綺麗なものを着てもお前は3番で娼婦の娘だって。卑しいんだって。外見だけ取り繕ってもどうせ愛されないって。
ボロは着てても心は錦っていうけど……それはきっと先代公爵夫人のことだ。彼女ならどんなものを着ていてもすっごく綺麗だろう。
でも私は何にも変わってない。孤児院で着ていたつぎはぎだらけの服でも今日みたいに綺麗なドレスでも。私が着たらきっとみすぼらしく汚れて見える。それをわざわざ指摘されたくない。
「気に入らなかったか? ならまた仕立て屋に連絡を取るか」
「ち、違うってば!」
恐ろしいことを口にしながら踵を返そうとするグレンの服の裾を思わず掴もうとして、慣れないドレスの裾を踏む。侍女たちが気付いて「あっ!」という声が上がったが、盛大に床に倒れる前にグレンに抱き留められた。
「はぁ、やっと出てき」
グレンが私を離して立たせながら急に言葉を止めた。
まさか、このどこを見ても高級なドレスが破れたのかと青くなって全身を確認したが、どこも破れていない。裾が破れているのかとかがんでドレスをまくろうとしてグレンに手を掴まれた。
驚く間もなく、グレンがすぐに手を放す。
「急に掴んで悪かった」
「あ、うん」
この人、ちゃんと謝るんだ。プリシラもいい勝負だけど。「悪かったわね!」みたいな感じ?
「よく……似合ってる。すごく、綺麗だ」
「え?」
顔を赤くしたグレンは踵を返して早足で部屋を出て行ってしまう。
さっきまでの行動の違いに瞬きしながら侍女たちを見ると「坊ちゃまは初心ねぇ」「ちゃんと綺麗って言ったから素晴らしいわよ」なんて会話している。
ドレスがそんなに綺麗だったの? 男性から見ても? じゃあ、大丈夫かな。