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いつもお読みいただきありがとうございます!

 どうしてお熱が出た時に、子供たちはみんな甘えて手を握って欲しいと伸ばしてくるのか分からなかった。手を握ってたってちっともお熱は良くならないのに。それよりもお薬が欲しいとか、お医者様を何とか呼んでくれとか言うべきじゃない? あの孤児院ではどちらもあり得ないけど。


 頭が重くて体が熱い。喉も痛い。こんなに体調を崩すのはいつ以来だろう。

 私は孤児院では無駄に丈夫で……というか怪我をしようと病気になろうと何もしてもらえなくてしんどいだけだから丈夫になったんだけど。雪の降る日に水をかけられない限り、私は風邪なんてひかないし熱も出さないのに。


 ぼんやりと目を開けると誰かの気配がした。プリシラ? 帰って来てくれたの?


「水を飲めそうか?」

「あ、はい」


 プリシラじゃないや。どこに彼女はいるのかな。

 思っていたよりも自分の声はしゃがれて酷い。ごそごそ起き上がると咎めるような声を出されたものの、差し出されたコップを受け取った。


 ごくごく水を飲んでコップをどこに置こうか迷ったところで、手が差し出される。その方向を見るとまさかのグレンがいて、思わずコップを落としかけた。


「大丈夫だ。侯爵夫人を告発したりしない」


 そうじゃない。ん? コクハツしない? それなら侯爵夫人は犯罪者にならないのか。

 それにしても、うつるかもしれないのにここで彼は何をしているのか。

 よく見れば、彼の膝の上には本があり半分以上は読んでいるようだった。ちらっと見えた本のタイトルからしてリョーチケーエーに関する本のようだ。なんだろう、それ。よく分からない難しそうなタイトルを見ただけで頭が痛い。


「顔がかなり赤い。熱が高いんだろう。しっかり寝ろ」

「犯罪者じゃないなら……どうして、叩いたとか……」


 グレンに向かって支離滅裂な質問すると、真剣な様子が伝わったのか彼は迷いながらも答えてくれた。


「夫人が君を虐待していたなら、それを理由に侯爵夫妻を脅して君をフォルセット公爵家にとどめられる。そうすれば、君のための支度金だのなんだのと延々渡していた金をもう渡さずに済むんだ」


 あぁ、そうか。そうだよね。

 どうして急に侯爵夫人の暴力だなんて言い出したのかと思った。プリシラはグレンが私のことを好きなんておかしなことを言っていたけど、全然違う。良かった。完全にプリシラの誤解だ。だって、生まれてすぐ母親に捨てられた私が誰かに愛されるわけないのだから。

 

 そりゃあグレンのお家としては、ワガママで癇癪持ちの女の子と婚約し続けながらお金も渡し続けるなんて嫌だもんね。

 誘拐されて私が見つかった時にもうこの筋書きを考えたのかな。だから嬉しそうだったのかな?


 援助がなくなるとお兄様は禿げちゃうのかな。それに、私のこと疑ってても結婚だけはするのかな。考えがまとまらない。


「とにかく早く治せ」


 私は丈夫だからこのくらい明日までに気合で治す。さすがに起き上がっているのはしんどいので頷いてベッドに横になると、しばらくしてグレンが布団の上に置いた私の手に自分の手を重ねてきた。


 不思議に思ってグレンに視線だけ向けると、気まずそうな顔をされた。


「おばあ様が……熱を出したらいつもこうやってくれたから」

「これって、普通なの?」


 うっかり疑問が口から出た。孤児院時代からの疑問が。

 なぜか侍女が一人顔を覆って部屋から出て行った。


「体調が悪い時は心細いから。こうすると安心するんだ」


 そうなんだ。普通ってこういうものなんだ。

 年上のグレンの手は大きい。いや、男の人だから大きいのか。熱が出ているせいで彼の手を冷たく感じる。孤児院の男性職員には叩かれてばかりで怖かったけど、グレンには二度ほど抱きかかえられたせいか怖くない。


 プリシラ、帰って来てくれないかな。グレン、夫人を告発するつもりはないんだって。そうしたら夫人は犯罪者にはならないよ。


 でも、プリシラの気持ちもわかる。夫人が私を叩いている時のあのプリシラの表情。そして消えてしまう前の表情。

 きっとプリシラは夫人にとっても愛されていたんだろうな、大切な夫人が暴力振るっていたと言われたり、犯罪者扱いされたりしたら許せないよね。


 ねぇ、プリシラ。

 どこにいるの? 早く帰って来て『さっさと治しなさいよ、このバカ。私がケーキを食べられないじゃない』って言ってよ。プリシラは言葉も悪いし、おんなじような顔の私にもブスって言うし、お野菜食べなくてケーキばっかり食べたがってワガママだし情緒は三歳だけど。自分に素直に、自分のためだけに生きてる。私が今まで一度もしたことがない生き方。


 寂しい。

 孤独には慣れていたはずだ。孤独こそが私の友達だった。いくらみんなのおねーちゃんでも、他の子はどんどん引き取られていなくなった。次の子が入って来ても、私より先に恥ずかしそうに新しい親に手を引かれてもらわれていく。


 最近はプリシラのことを友達のように思い始めていた。なんでも共有できて、いつもそばにいてくれる。彼女みたいな存在なんていなかったから。


 でも、そんなプリシラにまで卑しいって言われちゃった。何度も何度も私は卑しいって言われてきたけど、それは娼婦の娘だからだった。娼婦だった母親が卑しいんだと解釈してた。でも今回はプリシラの立場になりかわった、紛れもなく私に向けられた「卑しい」だった。


 嫌なことを考えたくなくて目を閉じる。私が起きている間、グレンの手はずっと重ねられたままだった。


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