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グレッグを遠目からでも見たいなぁ。孤児院から引き取られて王都で警備隊に入ってたんだ。確か、子供ができない優しそうな商人夫婦に引き取られていたよね。
元気そうだったなぁ。みんな元気にしてるかな。すぐ引き取られる子もいるんだけど、数年いる子もいる。私はずっと引き取られなかったからいろんな子が入って来て出て行くのを見ていた。グレッグはその中でも長く孤児院にいた方だ。
重い物を代わりに運んでくれたりして優しい人だった。笑顔が素敵で。
『げ、あんたまたグレッグって不細工のこと考えてるでしょ』
「不細工って言わないで」
『その締まりのない顔なんとかしなさいよ』
プリシラとそんな会話をしていると、ドアがノックされた。杖をついた先代公爵夫人とグレンが入って来る。
すごい、ここはフォルセット公爵邸なのにノックするんだ。エルンスト侯爵夫人は急にノックなしで入って来ることもあったんだよね。
「プリシラ嬢、ごめんなさいね。ちょっと確認したいことがあるの」
「はい」
『このばあさん、マナーに煩そう。何かしら』
先代公爵夫人は杖を置いて椅子に腰かけて、グレンは部屋の隅で腕を組んでいる。
「今日はそのワンピースにしたの?」
「はい」
『もうちょっと可愛いのにしたらいいのに。それなんてシンプル過ぎてダサくない?』
服選びの時にプリシラと揉めるのは毎日のことである。プリシラの趣味は本当に……悪い。
「あのね、あなたの着替えを手伝った侍女から報告があがっているの」
「何でしょうか」
「あなたの背中に傷があったと」
「階段から、落ちた時のものかと思います」
一気に緊張した。ぷかぷか浮いているプリシラの表情も一瞬で固くなる。
「着替えの手伝いを嫌がったようね?」
「だって、その……恥ずかしくて」
「背中の傷を見られるのが?」
「はい」
「あの背中の傷は階段から落ちてできるものだろうかと侍女は言っていたの。病気の前兆なこともあるし、お医者様にみてもらう?」
「い、いえ。全く痛くないので大丈夫です」
『あんた、落ち着きなさいよ』
必死に否定したが、先代公爵夫人は温度のない目で私を見ている。
どうしよう、プリシラじゃないってバレた? あれは鞭で打たれた跡のはず。放置されてたから全然治らなくって、さらに背中だから自分では見えなくって他の子に指摘されてやっと分かったことだ。
「あのね、エルンスト侯爵家の侍女長に話を聞いたの」
侍女長サリーに? 何を聞いたんだろうか。まさか、サリーが私がプリシラではないって言った? 孤児院の元職員の証言よりも侯爵家の侍女長の証言の方が信ぴょう性がありそうだ。でも、サリーはきっとそんなことしないし……。お金を積まれたら喋ってしまうのかな。
「侯爵夫人があなたに日常的に暴力をふるっていたと」
「ち、違います! そんなことはされていません!」
「残念ながら他にも何人か目撃者がいたの」
「本当にそんなことお母様にされていません! どうして侍女長はそんなことを!」
あぁ、どうしよう。プリシラがショックを受けた顔をしている。
違う、あんなの全然痛くなかった。あんなの暴力じゃない! 暴力ってもっとヒリヒリして痛くてショックを受けるものでしょう? あんなの、そよ風だ。
それに侍女長が人払いをしていたはずなのに……一体誰が見ていたの? まさか家令のロバートまで?
「エルンスト侯爵夫人のヒステリーは知る人は知っているのよ」
「本当に違います! されていません!」
大声で否定する私の手を、先代公爵夫人は掴んだ。思わず、体が震えてしまう。
先代公爵夫人がグレンの方を見て頷いた。
違う! プリシラのお母さんはそんなことしてない! プリシラ、そんな顔しないで! 大丈夫だから! 私、ちゃんと否定するから!
「以前、手首を掴んだ時もそうやって震えていた」
黙っていたグレンが口を挟んだ。
「き、急に掴まれたからびっくりして」
「昨日は平気そうだった」
昨日……昨日は満月の日で、プリシラとかわっていた。
「侯爵夫人があなたに暴力をふるっていたという証言が出てきた今、虐待をされていた可能性のあるあなたを足が治っても侯爵家に帰すことはできないわ」
別にそれはいい。でも、プリシラは? あぁ、違うの、プリシラ! ショックを受けないで。あなたも見てたじゃない。私が痛がっていなかったところを。
「お母様はそんなことしていません」
「そんなに怖い? ここに侯爵夫人はいないし、入って来れないわ。もう、嘘はつかなくていいのよ?」
どうしよう。周囲を見回すと、侍女も先代公爵夫人も私を痛ましく可哀想なものを見る目で見ている。グレンだけは疑うような目だ。違う、あんなの暴力じゃない。どうして、そんなこと言うの。そんな目で私を見ないで。卑しい娼婦の娘だと知られた時、ほとんどは蔑みの目でみられるけれど時折こんな視線がある。「あぁ可哀想に」って自分より確かに下の存在を憐れむ目。
上を見ると、プリシラが私を見ていた。
『あんた……お母様を犯罪者にする気?』
「違う!」
空中に向かって私は知らないうちに叫んでいた。プリシラまでそんな目で私を見ないで。
『このままじゃ公爵家の力でお母様は娘に暴力をふるっていたことにされるわ。まぁ……ほとんど事実だけど。公爵家の力を舐めない方がいいわよ』
「だから、私は否定してるじゃない! あんなの暴力じゃない!」
「プリシラ嬢? どこを見て喋っているの?」
『ははっ。あんたのせいでお母様は犯罪者か。確かにあんたに対して悪魔みたいなこともあったけど、私には優しいお母様よ』
「知ってるから! 侯爵夫人はプリシラのことを愛してる! だからあんなに取り乱して」
『でもそんな優しいお母様はあんたのせいで犯罪者よ。あんたが誘拐されてここにいるからいけないのよ。なんなら本当に誘拐されとけば良かったのかもね』
違う! この背中の傷だって孤児院時代のもので侯爵夫人の暴力ではこんな跡さえ残らない。
『そもそも、あんたが私になりかわったこと自体が間違いだったのよ。じゃなきゃお母様はおかしくならなかった』
「やめてプリシラ! そんな目で私を見ないで!」
なんで、そんな目で私を見るの? 私は必死に否定してるのに。プリシラ以外みんな痛ましそうな目で私を見てる。
プリシラは怒ってる。初めてあんな目で見られた。最近ずっと一緒にいてお喋りしていた友達みたいな子に私は憎しみのこもったような目で見られてる。
「プリシラ嬢! 大丈夫なの? 誰かお医者様を! 錯乱しているわ!」
『あんたのせいよ』
「プリシラ! ごめんなさい! 違うの、ちゃんと否定するから! あんなの暴力でも何でもない!」
『結局、グレンだってあんたのこと好きになったからここに置いてるのよ。あんたは私の居場所を完全に奪ったの』
「そんなことない!」
『じゃあ返してくれるわけ? あんたしか私のこと認識できないからこのままでいたけど。満月の日になりかわればいいやって。でも、よく考えたらあんたは私の居場所を奪った卑しい女よね、私ってばバカみたい』
「あ、ダメ! プリシラ! 行かないで!」
プリシラはすうっとどこかへ消えた。私を憎しみの目で睨んでから。
「おい、捻った足で歩くな!」
私は泣きながらプリシラに追いすがろうとしてグレンに止められる。プリシラに嫌われてしまった……初めてできた友達のような存在。いや、私の半身みたいな存在だったのに。
私は大泣きして、そのまま意識を失った。