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「きゃあ!」
勢いよく人にぶつかって、そのままその人を押し倒すように地面に倒れる。
「ご! ごめんなさっ!」
誰かの手が腰に回って抱きとめられているので、私は全然痛くなかった。慌てて起き上がるとなんと二人の人間を下敷きにしていた。
なんだか見覚えのある護衛と……そして。
『あんた、グレンの上に倒れ込むとかラッキーよね。小説並みの確率よ。公爵令息をクッションにするなんてやるじゃない。どうよ、座り心地は』
ブルーの目が下からこちらを見つめている。
「……誘拐されたんじゃ?」
「されたけど逃げてきました」
グレンを下敷きにしたまま、念のため持っておいた縄をポケットから出して見せる。動揺しすぎてプリシラらしくない言葉遣いになっているなんて気付かない。
「良かった」
「あ、はい」
呆れるか怒るかすると思っていたが、それだけだった。グレンの手は支えるようにまだ私の腰に回っていて、私は走ったから心臓がバクバクしている。
グレンもなぜか私の下で息を切らしている。よく見れば彼のウェーブした前髪が額に張り付いて……これは汗のせいだろうか。お貴族様でも汗をかくのね。特にグレンなんていつも涼しい顔か無表情か不機嫌だから。
「おーい、お二人さん。一番下の人が可哀想だよ」
「あ!」
一番下になっている護衛のことを思い出して慌ててグレンの上から退いた。グレンはあちこち確かめるようにゆっくり立ち上がると護衛に手を貸した。
「なぜレイフがここに?」
「いやぁ、ちょっとね。怪しい男を見かけたから尾行したらバレちゃって。そしたらなんとプリシラ嬢も誘拐されててさ。一緒に脱出したんだ」
グレンがため息をついて護衛の一人に指示すると、どこかへ護衛は走って行った。巻き込んで倒れた人じゃないよ?
「警備隊に知らせた。テントから出てこないからブレアもかなり心配していた」
「すみません。裏から出たら誘拐されて……」
「とにかく、無事で良かった」
「あ、はい」
顔を上げると見たこともないくらい優しい目がある。
え、誰? これ誰? グレンのニセモノ? いっつも無表情で嫌そうなのに。なんでこんなに汗だくで……まさか走り回って私を探してたなんてことないよね? レイフでも探してた? いや、レイフがここにいたのは偶然だし……。どうして安堵したような優しい目で私を見るのだろう。
『え、誰よこれ?』
呆けている私の上でプリシラも同じことを口にする。
そのまましばらく見つめ合っていると、レイフの咳払いが聞こえた。
「あー、その。うん。みんな無事で良かった。ほら、警備隊来たよ。捜査に協力しよ」
「あ……」
気付いたら警備隊といわれる人たちが到着していた。どうしよう、気が動転していて道順も覚えていないし家の外観もよく見ていない。
『この路地を少しばかり走ったところにある屋根が灰色がかった二階建ての家よ。家にいたのは男三人。あんたを攫ったのもそのうちの一人。玄関にバケツが出してあったわ』
プリシラがさらさらと口にした言葉をそのまま伝えると、一人を残してすぐに警備隊は走って行った。
『銀髪女、てゆーか銀髪ババアのことも言いたいけど……どこで聞いたんだって話になるわよね。うーん、何か良い言い訳ないかしら』
プリシラってお貴族様なのにどうしてたまにこれほど口が悪いのか。
「男たちが銀髪の女から指示されたと口にしていました」
『あぁ、いいわね。やるじゃない』
周りに人がいるので、プリシラと大っぴらに会話できないのが悲しい。私とプリシラの情報を伝えられるだけ伝えて息をつく。頬あたりに強い視線を感じたのでそちらの方向を向いた。
新しく警備隊の人が到着したようで、その中に見覚えのある顔を見つけた。あれ? どこであの人を見たのだろう。気のせいでなければあちらの男性も私を凝視している。茶髪のツンツン頭の男性。
え、そんなに今日のワンピース変? かなりリボンを取ったんだよ? プリシラに怒られたけど、今日みたいに誘拐されたならリボンたくさんついてたら速く走れなかったもん。良かったよ、リボン取っておいて。でも、そんなに穴が開くほど見つめるほど? まさか私まで趣味が悪くなって普通だと思ってるのに実はものすごく趣味悪い服着てるとか?
『ちょっとあんた。あいつ誰よ。何見つめちゃってんの。怪しいわよ。みんな見てる』
プリシラのツッコミにハッとして周囲を見回す。グレンとレイフは怪訝そうな表情になっていた。
『うわ、なんかマズイ雰囲気。あんた、あんだけ走ってそんだけ平気そうな貴族令嬢はやばいわ。令嬢はね、そんな走ることなんてないのよ。適当に気絶しなさい』
え、無理。気絶ってどうやるの? お腹も空いてないし、寒くもないのに?
『気合で気絶くらいしなさい! それか令嬢の必殺技! 私、貧血で立ってられません! ってやつをやりなさい! この状況を王子に押し付けてなんとか切り抜けるわよ!』
「あ、私ちょっと……めまいが……」
わざとふらつくと、思ったよりもうまくできた。すぐに支えてくれたのがなぜかグレンだった。
グレンは私を横抱きにすると、後をレイフに頼んでさっさと歩き始めた。流れるような動作だった。お貴族様のお坊ちゃんは横抱きを必ずマスターしているのかというほど鮮やか。私、しばらくお姫様抱っこされてるって気付かなかったもん。
「えっと、どこに……捜査に協力は?」
「あとはレイフがやるだろ。足りなければまた家に来る」
「え、でもさすがに……」
というかこれは誰? グレンのニセモノよね? なんで嫌いなプリシラ(私)を抱きかかえて歩いてるの、この人。
助けを求めるようにプリシラを見ると、プリシラは無理とばかりにぷかぷか浮きながら首を横に振った。
『こいつ、こんな奴だった? 私に触られるのも触るのもすっごい嫌がってたわよ?』
あ、やっぱりそうなんだ。最初に会った時もダンスの時もそんな感じだった。
「自分で歩けるから下ろして」
え、無視された。これはグレンだ。
プリシラは諦めなさいとばかりに首を横に振る。誘拐だけでアクシデントはお腹いっぱいなのに! それにお昼ご飯食べてないのに!