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「なんで王子様なのに簡単に攫われてるんですか」
「王太子でも王妃の息子でもない、気ままな第二王子だから」
「いや、王子様なら護衛とかいっぱいいるんじゃないですか」
「側室の息子だし、王妃としては死んでくれたらいいんじゃないの。俺に大して護衛はついてないよ。護衛騎士だって旨味もないからつきたくもないだろうし」
うわぁ、この人って卑屈でめんどくさい。コソコソと喋っているから余計に卑屈に聞こえてしまう。
普通の時でもこんなこと言われたら面倒なのに、この非常事態にそんなこと私に言われても。
「ねぇ、君は縛られてなかったの? いや、違うか」
レイフの視線は緩んだ縄に向けられていた。
「縄抜けできるので。縄を緩めとくので逃げる時に自分で抜け出てくださいね」
「ツッコミどころ満載だねぇ。ってか助けを待つんじゃなくて逃げるんだ?」
「当たり前じゃないですか。孤児と分かってる相手に何言ってるの。一緒にさっさと逃げますよ」
「てっきり囚われのお姫様みたいにグレンの助けを待つんだとばかり」
「そんな期待して誰が助けてくれるんですか。誰も助けてなんてくれませんよ。期待なんかするより自分で行動する方が先ですよ、はいできた」
レイフの縄も手足両方緩める。
「ふぅ、助かったよ。助けに来たつもりだったけど逆にこうなるとはね」
「そういうのは助かってから言ってください。カッコ悪いので」
「すぐ逃げる?」
「いえ、合図がまだです」
「合図?」
プリシラがまだ帰ってきていない。それに見張りもいたら困る。
足の縄の位置を調整して私はプリシラを待った。
「君ってこんな状況でも冷静だね」
「はぁ。まぁ泣いたところでどうしようもないので。というかどうして怪しい男を尾行なんてしたんですか。貴族令嬢って誘拐されたら傷モノ扱いなんですよね? ならグレンとの婚約解消まっしぐらであなたにとってはちょうどいいじゃないですか」
この人は私のことを調べたのだ。私が孤児で娼婦の娘だと知っている。それなら危険を冒してまで助けに来る必要はなかったはずだ。レイフに対しては意識せずとも口調が冷たくなってしまう。
「まぁ、そうだけど」
レイフは頬をかきながら言いづらそうだ。
「何ですか、人を脅すくらいならハッキリ言ってください」
「グレンと婚約解消したらいいっていうのは本音。でも、誘拐されたらいいなんて思ってない。そこまで可哀想な目にあってほしいわけじゃない」
やっぱりこの人は王子様だ。なんて甘っちょろいことを口にするのか。
「お金だけ渡されて、大した頭も手に職もない状態で放り出されたら同じように可哀想ですよ。お金だまし取られて、奴隷になるか娼館に売られるかじゃないんですか。だから私は二年の猶予を自分に持たせたんです。以前は文字も読めなかったから」
「じゃあ、職や家の斡旋もしたらグレンから逃げるわけか?」
そういう簡単なことじゃない。これだから王子様ってのは。
「私は自由になりたいんです。あなたの言いなりになりたくないんです」
『げ、なんでこいつがここにいんの!』
プリシラが戻って来た。レイフがこの部屋に蹴り入れられた時よりもプリシラが現れてくれた方が何倍も嬉しい。
『まぁいいわ。逃走経路確認してきたの。カーテン閉まってるけど、この窓から下りたらいけるはずよ。二階だけどそんなに高くないし。あとは大通りまで私が案内するわ』
「私はできるけど、プリシラならその逃走経路で逃げられた?」
『あんたならできるでしょ。孤児院で木登りしてたの知ってるんだから。ドアの前にいる見張りが面倒なんだからしょーがないでしょうが』
「ねぇ、君。なんで何にもないところに向かってさっきから楽しそうに喋ってるの?」
『ちっ。めんどくさいこの男がなんでいんのよ。置いていく?』
「なんでもないです。さ、逃げますよ。ここから」
『えー、一緒に逃げるの? あ、もしかして追いつかれて困ったら囮にする作戦? ならいいわね』
「窓から行きます」
「開くの? その窓。ってかこの誘拐はきっと突発的だな。君は猿轡されてたみたいだけど、俺はされなかったし。窓があって開く部屋にわざわざ二人も入れるなんて」
『今見張りが下の階に行ったわ! 開けなさい!』
プリシラの号令でカーテンを開けて窓を開ける。普通に開いた。
「うわ、開いたよ」
『さっさと行けよ、この王子』
プリシラのイライラした声を後ろにして私はすぐに窓から身を乗り出した。この高さなら大丈夫そう。
木枠に足をかけて外に完全に出る。そのまま飛び降りた。
「うわ!」
レイフが小さく悲鳴を上げているが受け身を取ってなんとか着地した。
『ふふん。私の見立て通りよ。さ、逃げましょ』
「早く!」
レイフを急かすと、レイフも同じように何とか着地した。
『まずはあっちよ!』
プリシラの指差す方向に走る。
『右行って、左行って。直進ね』
隣にはレイフではなく、プリシラがぷかぷか浮いている。細い路地を走り抜けながら、それを横目で確認して思わず私は笑った。
なんだろう、この高揚感。楽しい。すごく、楽しい。
追手が来るかもしれない。誘拐された。そんな危ない状況だったのに、速度を気にせずプリシラと路地裏を走り回っている今が楽しい。
『あんたどうしてこの状況で笑ってんのよ』
「なんか、楽しいなぁって」
『おバカなの? あんたヤバいくらいピンチだったの分かってる? 奴隷で売られたかもしれないし、変な男に好き勝手されたのかもしれないのに。あ、そこ間違えた、右!』
「プリシラって不思議。どうして私を助けてくれるの? 見捨てても良かったのに」
『走りながら喋るんじゃないわよ! さっさと走る! あ、危ない!』
プリシラを見ていたから気付かずに勢いよく誰かにぶつかった。