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いつもお読みいただきありがとうございます!

本日二話目の更新です。

 満月の日。

 プリシラは凄かった。私のやってたことって赤ちゃんみたいだった。いや、赤ちゃんなら可愛くて全部許されるか。


『このっ! うすのろ! 紅茶を淹れるのにどんだけかかってるの! さっさとしろって言ってるでしょ!』


 こ、怖い。

 私はいつものプリシラのようにぷかぷか浮かぶことはなく、私の体の中にいるのだが主導権をプリシラに明け渡している感じだ。意識はあるのに行動は全部プリシラの思うがまま。おかしな気分。


 ガシャンとソーサーとカップが落ちる大きな音。侍女が必死で慌てて謝る声。侍女長があとはやるからと追い出すバタバタ。


「本当に……お嬢様なのですね」

『そうよ。こいつから聞いたでしょ』


 ビシィッと自分の体を指すプリシラ。侍女長には説明してあった。半信半疑だったようだが、本日のあまりの態度の違いに信じざるを得なかったようだ。


「でも、いつもなら侍女相手に平手打ちもなさっていたはずです」

『それは……』


 プリシラが口ごもり、あちこちに視線を彷徨わせる。


『痛いのは嫌だから。階段から落ちて痛かったもの』


 やっぱり私とプリシラって似てるのかも。ひねり出す言い訳がよく似てる。

 きっと、侯爵夫人の暴力?の現場を見たからなのに。


『でも、あの侍女。舐めすぎじゃない? 紅茶に時間かけすぎだし、温くなるじゃないの』

「あの子は紅茶を淹れるのは下手ですね。それにここ最近は少し怠けている様子もありましたから、今日のお嬢様の雷はいい薬になるのではないでしょうか」


 え、そうだったの? 侍女長、プリシラの癇癪を許しちゃっていいの?


「プリシラ? 大きな音が聞こえたけど」


 音を聞きつけたのか、夫人が勢いよく入って来た。私はヒステリーを警戒して少しばかり体が固まりそうになったが、日付が変わるまで体の主導権はプリシラだ。


『お母様!』

「プ、プリシラ」


 媚びたような甘い声が出る、私の口から。夫人はハッとしたように駆け寄ってプリシラを抱きしめる。それから確認するように頬を撫でた。私はこういうことを夫人からされたことはない。


「プリシラが戻って来てくれたの? 私が祈ったから?」

『何を言っているの、お母様。私はずっとここにいたわ。ねぇ、新しいドレスが欲しいの。最近仕立てていないでしょ? ピンクの可愛いのがいいな』

「! じゃあ、今すぐ仕立て屋を呼びましょう!」


 うわぁ……。

 これがあのクローゼットいっぱいのドレスの正体か。プリシラの趣味って少々あれだし、ねだられてすぐ夫人も買ってたのね。いや、買うんじゃなくて注文か。


 仕立て屋がやって来て、プリシラの希望通りに趣味の悪いドレスのオーダーを受けて帰って行く。これで一日が終わった。


 たまたま通りがかって覗いたお兄様が頭を抱えていたから、借金が減らない理由もこの辺りにあるのではないだろうか。お兄様、あの綺麗な銀髪がハゲないといいけど。あ、ピンセット持ってお庭に行った。


『ま、こんなもんよ』

「勉強になります」

『これだけやっとけばプリシラじゃないかも、なんて疑われないわね』

「でも、他の人に嫌われるんじゃない? 夫人にだけは好かれるかもしれないけど」


 今日の夫人は一度もおかしくならなかった。プリシラにべったりで、甘くて。抱擁も温かかった。家族ってこんな感じなのかな。


『あんたって細かいこと気にするわよね。いいじゃない、別に他人に嫌われたって。自分を偽るよりマシでしょ』

「それ、プリシラの演技してる私に言う?」


 日付が変わる前、ベッドに入った状態で私とプリシラは会話をする。


『あんたは仕方ないわ』

「へぇ~」

『なによ、その返事。別にいいじゃない。着てみたい可愛いドレス着て、好きなもの食べて、好き勝手やって何が悪いのよ』

「でもほら、エルンスト侯爵家には借金が……」

『私が作った借金じゃないし、借金で私のやりたいことを我慢する必要あるわけ?』


 これほど自信満々に言われてしまうと、どうにも答えづらい。


『私は今、やりたいようにするの。やりたいように生きるの』


 癇癪さえなければプリシラっていい子なのかもしれない。傲慢でワガママだけど、あまりにも私とは正反対なだけ。侯爵夫人が甘やかすからこんな風になってしまっただけで……いや、こう思ってしまうのは私がプリシラになりかわっていて、しかもプリシラが幽霊だからだろう。生身の人間だったら癇癪持ちの友達になりたくないもん。三歳なら可愛いけど、十四歳でこれはちょっとね。


「でも正直、プリシラが現れてくれて助かったかも。最近は迷わなくていいから」

『なによ、あんたいきなり。あんたの体使って私が好き勝手したばかりなんだけど』

「プリシラに会ったことも見たこともなかったから、演技に迷いがあったんだよね。今は側にいていろいろ喋ってくれるから迷いはないし。それに、孤児院ではあんまり喋ってるとサボってるとみなされて叩かれるから。こんなにたくさん喋って、たくさん反応があったのはプリシラだけだよ。なんか嬉しい」

『……あんたっていい子ちゃんよね。騙されるタイプ』

「私、グレンと結婚した途端に逃げようとしてる悪い子だよ?」

『どうだか。あんたみたいなのって他人のために頑張って搾取されて支配されて人生終わるのよ。私はそんな損するような人生嫌なの。自分の幸せのためだけに生きたいのよ。まぁ、私の人生終わったけど』

「……そういえば、プリシラはどうしてあの世にいかないんだろうね」

『死んだと認めてないのかしら。階段から落ちてしばらくした後にすごく地面に引っ張られる感覚あったのよね。そのせいかも』


 ふっと感覚が変わった。

 プリシラが天井近くに浮いている。日付が変わったのだ。

 次の満月は29日半後、大体一か月後だ。


『戻ったわね。じゃあ私はあのケチなお兄様にいたずらでも……はっ! この体じゃお兄様に嫌がらせできないじゃないの! 何にも触れないし! ちっ、不便ね』


 流れるようにお貴族様なのに舌打ちした。孤児院の職員は寄付金が予想より少ないとよく舌打ちしていたけどお貴族様もするんだ。


 そういえば、グレンが調べたみたいで私がいた孤児院は潰れた。残っていた子たちは他の孤児院に預けられたようだ。良かった。私は勝手に他の孤児院も全部あのような感じだと思っていたから。


『まぁいいわ。使用人の弱みでも握ろうっと』


 プリシラは不穏なことを呟いてすっと消える。

 プリシラは私とは全然違う。いくら顔が似ていても癖を真似ても実物とは全然違った。趣味は悪いしワガママだし癇癪持ちだけど私はプリシラを嫌いになれなかった。


 でも、どうしてプリシラはあんなに好き放題生きていたのにあの世に行っていないんだろう? 満足してあの世に行くんじゃないのかな。死んだらあの世に行って生まれ変わりの順番待ちをするって本に書いてあったのに。


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