6(グレン視点)
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「おばあ様、お医者様が次に来られる日はいつですか」
「明日だけど……どうしたの」
思ったよりも切羽詰まった声が喉から出てしまった。何かを読んでいた祖母は心配そうに顔を上げる。
「俺も診てもらいます」
「あら、どこか変なの? 熱でも出るのかしら」
「頭と目です」
「……それは大変だわ。今すぐ先生を呼びましょう」
「いえ、明日でいいんです」
「症状は? 痛いの? おじい様だって倒れる前はやれ腰が痛い、心臓が痛い、胃が痛いって」
「あの女が可愛く見えたんです。これは重症だと思います」
祖母は呼吸と瞬き以外のすべての動作を止めて沈黙した。
痛いほどの沈黙の後に口をやっと開く。
「あの女というのはプリシラ嬢のこと?」
「そうです」
「今日は一緒に出かけたのだったかしら」
「そうです」
「何をしたの」
「あの女が好きな宝石店に行きました。光物が好きなので」
「とりあえず、あの女という言い方はやめなさい」
「はい」
「それで?」
祖母に自分がいかに重症かを語った。あんなワガママで傲慢な女が可愛く見えるはずがない。でも、レイフが誕生日パーティーでも今日も気になることを言っていた。あれはどういうことだろうか。聞き間違いにしてはやけに生々しいやり取りだった。それも含めて祖母に話す。
「そう、庭でそんなことが」
「はい」
「グレンはあの日の何がショックなの? あのプリシラ嬢がニセモノかもしれなくて騙されたこと? それとも結婚してすぐ逃げると言われたこと? どちらでもなく他なの?」
祖母に問われてすぐ口を開こうとして……真っ白になって分からなくなった。どれだ? 俺はなぜショックを受けたんだ?
あの女が何者かは分からないが、今日は宝石店でなぜかついてきたレイフと仲良さそうに額をつき合わせそうな距離でコソコソ喋っていた。それもなんだかムカついた。
「分からないの?」
「はい、分かりません」
「とりあえず、お医者様にはかからなくていいわ」
「本当ですか? 病気ではありませんか?」
「恋の病よ」
「おばあ様、今なんと? やっぱり病気ですか」
遠い目をした祖母の言葉は小さく速すぎて聞き取れなかった。
「いえ、何でもないわ。ひとまず、プリシラ嬢に関してはそのような発言があったのなら調べさせましょう。確かに彼女は療養前と比べて変わったかしらと思う部分が多かったけれど、姿形は間違いなくプリシラ嬢よ」
「はい、それはもう。双子でもない限りあそこまで瓜二つの人間などいないでしょう」
「安易に決めつけずに調査結果を待ちなさい。そしてこれは私が先に見たわ。ウワサになっていたというテティス地方とルワン地方の孤児院の件よ」
ばさりと前に資料が置かれた。もう来ていたのか。パラパラとめくって気になる孤児院を一か所見つける。
「テティス地方のフローラ孤児院」
そこには目を疑うようなあまりに酷い内容が書かれていた。設立されて十四年目の孤児院だ。そこまで歴史はない。
「えぇ、そこは横領が酷いようね。でも地元でしかウワサになっていなかったわ。カビたパンを子供たちが食べているなんて地元民でも知らなかったのよ。プリシラ嬢はどうして知ったのかしら。世界って思ったよりも狭いのかしらね」
「暴力もですか……あり得ない」
「えぇ、許しがたいわ。すぐにそこの領主に連絡を取りましょう」
領主に連絡を取ると、すぐに孤児院の内情調査を行ったようだ。私腹を肥やし、子供たちに八つ当たりのように暴力をふるっていた孤児院の職員たちは全員捕まった。よくここまでクズが揃っていたものだ。
フローラ孤児院にいた子供たちは他の近隣の孤児院に散り散りにではあるが任されたという。
それを報告しに行くと、あの女は「そうなの、結局調べて対応したわけね。ふーん」と素っ気なく口にしたものの口角は上がっていた。
祖母には「手紙でもいいことをわざわざ知らせに行くなんて。まだ分からないのかしらこの子は」とグチグチ言われた。