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いつもお読みいただきありがとうございます!

『こいつ、きもいわ』


 貴族のお嬢様でも「きもい」なんて言うんだ。下町言葉なのに。


 これまた今日はグレンに誘われて、嫌と言えずに買い物に連れ出されたところだ。そうしたらどこからかあの第二王子まで現れた。それを受けてのプリシラのセリフである。


 プリシラはぷかぷか浮いて私についてきているが、たまにどこかへ消えてはまた戻って来る。私以外には見えないし声も聞こえない。


『うわぁ、綺麗』


 プリシラが感嘆の声を上げたので、私も一緒に上げておく。

 なぜかグレンは宝石店に私を連れて来た。第二王子付きである。グレンも第二王子の登場に驚いていたが、追い返すことはしなかった。


『これはグレンに疑われてるわよ。あんた、宝石なんて見たこともつけたこともないでしょ』


 つけたよ、この前とそのさらに前のパーティーで。つけさせられたよ、プリシラの持ってたやつを。肩凝ったよ。

 さすがに私も声に出して会話するわけにいかないので小さく頷くが、プリシラは一人で滔々と喋っている。


『私ならこれ全部欲しい。あのけち臭い端っこのはいらないわ。小さいもの。こういう大きいのがいい』


 大きいと下品じゃない? というかお兄様の言っていた通り、バカみたいにキラキラしたものが好きというのは本当のようだ。


「プリシラ嬢はこれとかどう?」


 プリシラの独り言に気を取られていると、図々しくついてきているレイフが声をかけてきた。

 一番下の段にある四葉のクローバーの形をした小ぶりなネックレスだ。


『第二王子ってけち臭いわね。そんなだから婚約者いないのよ』


 お兄様がしていたピンブローチに似ている。どこにつけていくのかしら、これ。そもそもグレンは親戚のブレアを助けてくれたお礼になんてごにょごにょ言っていたが……怪しい。たかが、クモを取ってあげただけでこんなものをくれるなんて。でも、アクセサリーは逃げる時に換金しやすいかな。


「可愛い」


 適当に相槌を打つと、レイフはにやりと笑った。


「さすがだね、プリシラ嬢。これはイミテーションだよ」

「いみてーしょんですか」

「留学先で流行ってたんだ。これはダイヤの模造品だよ」

「もぞうひん、と」

「分かりやすく言うならニセモノってとこ。やっぱり類は友を呼ぶってやつ? ニセモノはニセモノの宝石を選ぶよね」

『こいつ、性格悪いわね。あんたが私のニセモノって言いたいのよ』


 プリシラが最後に会話に割って入ってくるが、レイフにはもちろん聞こえていない。性格がねじ曲がっていると言ったプリシラにまさか性格悪いと言われているとはレイフも夢にも思わないだろう。うっかり私は吹き出した。その反応にレイフは眉を顰める。


「何?」

『こいつ、自分が王妃の実の息子じゃないからって性格ねじ曲がってんのよ。死んだママが恋しいのよ。はー、やだやだ』


 プリシラが情報をまき散らしながら口を挟むので、また私は笑った。


「いえ、殿下の自己紹介かと思いました」

『いいわね、もっと言っちゃいなさい。あんたなんてニセモノの王子よってね。側室腹の後ろ盾もなんもない王子なんだから。あはは、なんだかあんたみたいね。肩書以外なーんにも持ってない王子よ』


 私への悪口も含みながらプリシラはまき散らす。これじゃあ友達一人さえできないだろうな。

 レイフが少し考えてから笑みをかき消す。彼なりに気にしていることなのだろう、そこは。


「グレンにばらすよ?」

『うわ、小さい男ね』

「グレンは信じるんですかね」


 そう答えた時に、後ろで声がした。


「どうした? 何か気に入る物があったのか」

「プリシラ嬢がこのニセモノの宝石が欲しいって」


 なぜか答えるレイフ。近付いて来たグレンと目が合う。


「レイフ、勝手に決めないでくれ。こっちの間違いじゃないか」


 グレンはさっきプリシラが欲しいと目を輝かせていた大ぶりのネックレスを指差す。


『さすが私のお古の男ね、よく分かってるわ』


 お古なんて言い草に吹き出しそうになり、耐えたので声が上擦る。


「普段使いしやすいのはこっちだから」

「いいのか、それで」

『こればっかりはグレンに同意よ。あんた、なに遠慮してんの。そんなニセモノの宝石がいいなんて狂ってるわ。目ついてんの?』

「えぇ。私がつけたら本物に見えるでしょ」


 グレンとプリシラが呆れたような顔をしている。レイフも面白くはなさそうだ。

 別にいいのだ。本物をもらっても心苦しいだけ。換金しやすいけどあんまり大量の現金を持って狙われても嫌だし。それに……家に帰ったら夫人が荒れていそうだから。

 グレンは要望通りのネックレスを買ってくれた。嬉しくてちゃんとお礼を言ったら顔をそらされた。悪かったわね、顔も見たくもない婚約者で。



 パシンと頬を叩かれた。おぉ、これは素肌だったからまぁまぁ痛い。でも夫人、鍛えようが足りないから赤くなりもしないと思う。職員に叩かれた時は一瞬お星さまが見えるもんね。


「お前、何を調子に乗っているの。こんなものを買ってもらって」


 綺麗に包装してもらった箱が床に叩きつけられる。

 良かった。あの大ぶりのネックレスだったらこれで壊れていただろう。傷が入るとかね。


「申し訳ありません」

「お前は卑しい娼婦の娘よ? プリシラになりかわっただけの。それなのにプリシラの婚約者にこんなものまで買ってもらって……なんて卑しい」


 グレンから手紙がくればエルンスト侯爵は分かりやすく上機嫌になる。お褒めの言葉ももらえる。でも、反対に夫人は荒れ狂うのだ。この前の先代公爵夫人のパーティーの時は招待状が届いた日に荒れ狂った。「プリシラは呼ばれたことないのに!」と。


「男を誑かすのだけは得意みたいね!」


 今度は扇で叩かれるが、孤児院の男性職員と比べると全く痛くはない。プリシラのドレスのリボンとドレープの防御力を舐めてはいけない。それでも、一応歯を食いしばっておく。


 あ、プリシラが唖然とした表情で浮いている。あんなに口を開けて、顎外れてるんじゃないかしら。


「お前なんて名前もない3番だったのだから! 私が拾ってやったのにこの出来損ない! プリシラは最近では何も買ってもらったことがなかったのに! なぜお前のような出来損ないがいい思いをしているの!」

『ちょ! あんた! なに呑気に叩かれてんのよ! 反抗しなさい! お母様!? 一体何をして?? しかも侍女長! 見てるだけでなにやってんのよ!』


 プリシラの悲鳴のようなキンキンした声が私にだけ聞こえて思わず顔を顰めた。丁度良かった、全然痛くないから顔を顰める演技も大変だったのよね。


 プリシラが騒ぎに騒いで、夫人の気が済んで出て行った頃には私は結構疲れていた。演技で。プリシラのまくし立てる声って本当にうるさい。グレンも嫌だっただろうな、これは。そりゃあ、あんな態度にもなる。まだ耳がキンキンするもん。


「お嬢様……これは、あんまりです。もう……耐えられません。お嬢様を探し出したのは旦那様で、連れてきたのは奥様なのに……どうしてこんな仕打ちを……」


 侍女長がまた泣きそうな顔をしている。


「私は大丈夫よ、全然痛くないから。ほら、ここに来て太ったし」


 床に落ちていた箱をそっと拾う。

 壊れてしまっただろうか。包装を解いて中を見る。良かった、壊れていなかった。プリシラとしての誕生日パーティーの時の贈り物は全部侯爵が持って行ってしまったから。多分換金したのかな? これは私が人生で初めて食べ物以外でもらった贈り物だ。プリシラとして、だけど。


 四葉のクローバーって幸運の象徴なんだよね? 服の下にでもつけていたらいいことあるかな?


「奥様はなりかわりが上手くいっているのが許せないのでしょう。プリシラお嬢様ではグレン様といい関係が築けなかったのに……お嬢様は最近よく……」

「それ以上は言ってはいけないわ。亡くなってしまったプリシラに失礼よ?」


 私の横には騒ぎすぎてショックを受けた表情のプリシラがぷかぷか浮いているのだ。夫人のヒステリーとプリシラの癇癪は似ているかもしれない。



『なんで……お母様があんなことに』

「私が引き取られてからはあんな感じよ。プリシラが亡くなったのが受け入れられないのよ」

『嘘よ……それでもあんなの……優しいお母様じゃないわ……悪魔よ』

「プリシラだって使用人を叩いていたじゃない。私が叩かれていただけならどうってことないでしょ?」

『それとこれとは……違うわ』

「違わないよ。叩かれたら痛いし。私は慣れてて痛くないから平気だけど」

『あんたさっき侍女長にも慣れてるって言ってたわよね? 何よそれ。なんで叩かれることに慣れてんのよ』

「私の育った孤児院はそーゆーとこだったんだよ。汚くて、職員が気に食わなかったら暴力で。夫人はあんまり力がないから全然平気。私の背中にはまだうっすら孤児院時代の鞭打ちの跡があるから」


 プリシラはようやく口をつぐんでどこかへ消えてしまった。母親のあんな一面を見てしまったらショックだろうな。でも、最近夫人がおかしくなる頻度が高くなってるんだよね。私よりも先に毎回夫人のヒステリーを察知して人払いをする侍女長の方が参ってしまいそうだ。


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