4
いつもお読みいただきありがとうございます!
21時にも更新します。
レイフはあの後、チラチラ見てくるだけでなりかわりをばらすことはなかった。
私はエビとチョコレートムースを食べるのに忙しかったからね。先代公爵夫人が「もっと食べなさい」ってどんどんくれたから。ムース、すっごい美味しかった。もうね、世界が変わる。世界がね、虹色に見えたの。チョコレート色じゃなくってね。滑らかで一個だけだとあっという間になくなった。
あまりに悲しそうに見えたのか先代公爵夫人がどんどんムースをくれた。なぜかグレンも「苦手だからやる」と自分の分をくれたが……プリシラって食べ物の恐喝をしてたのかしら。
そして親戚のご令嬢ブレアもなぜかキラキラした目でお礼を言いながら自分の分をくれた。さすがに年下からもらう訳にはいかず頑張って突っ返した。
「頼りにならないおにいさまよりプリシラ様の方がかっこいいです」
「グレンはきっとクモが苦手なのよ。現実をちゃんと見た方がいいわよ」
って言っておいたんだけど……あの子、ダメね。惚れっぽすぎる。「とろいわね」って言ったよね? 二人に向けて言ったのに、どうしてグレンにだけ言ったと思われてるの!?
これまでのプリシラの評判をクモ取ってくれたくらいで覆すのは早すぎる。詐欺に遭いそうな子だわ。おねーちゃんは心配です。変な男に引っ掛かりそうだし……グレンはいつも機嫌悪そうでクモも取れない男だけど詐欺師ではないからその点は安心。お金もあるからだまし取られることもないし身元もしっかりしてる、私と違って。
さて、レイフにばれちゃったけどどうなるのかなぁ。
もうバレたらバレたで……でもどうやって彼は私が孤児の3番だって証明するんだろ。プリシラの遺体を掘り起こすとか? 腐ってない? どうなんだろ。それ以外は……孤児院の職員連れてくるとか? でもそれなら知らない振りすればいいわけだし。あれ、案外証拠ってないかも。そんなに心配しなくっていいかな。
夜、ベッドに腰掛けて足をプラプラさせながら考える。
領地の屋敷のベッドでは飛び跳ねたり、前転したりしてたんだけど王都の屋敷でそれをやると使用人の数があちらよりは多いせいか、侍女長がすっ飛んできた。結構音が響くんだね……知らなかった、ごめん。
でも、プリシラは夜に癇癪を起こすこともあったようで侍女長以外にはそれだと思われている。「お嬢様大人しくなった?」と使用人が喋っているのをある日聞いたので、不審に思われないようにため息プラスで「とろいわね、さっさとできないの」という声かけはしておいた。
「まぁ、レイフ以外にはバレてないみたいだし」
『あんた、バカじゃないの?』
「ん?」
独り言に返事があった。今は部屋に一人きりなのに。キョロキョロ見回しても誰もいない。
『こっちよ、こっち』
「え、何? 何?」
部屋のどこかから声がする。しかも不機嫌そうな女性の声。
ふと下を見ると、床からにょきっと手が生えていた。目をこすったが、やっぱり手が生えている。何かを探すようにその手は空を何度か掴み……私の足を掴もうとして通り抜けた。冷たい空気が足元を通った気がした。
しばらくその手を注視していると、段々肘が出てきて頭も見えてきた。銀色の頭だ。
『あんた』
「はい」
『ちょっとは驚きなさいよ』
「驚いてます」
床から姿を現したのはツインテールの銀髪の女の子だ。どこかで見たことがある。しかもドレスの趣味がすごく悪い。彼女はぷかぷかと私の前に浮いている。
幽霊よりもヒステリー起こした侯爵夫人の方が怖いもんね。
『趣味悪いって何よ!』
「あぁ、口に出てましたか」
『あんたみたいなブスが私になりかわるなんて最低!』
「あ、もしかしてプリシラ?」
『そうよ、私がプリシラ・エルンストよ!』
「なら、そっくりなのであなたもブスということに……」
『うるさいわね!』
「幽霊さんですか?」
『私は死んだつもりはないわよ!』
「でも、浮いてるし透けてるし……足はありますね。あ、触れない」
プリシラの体を触ろうと手を伸ばしたが、趣味の悪いドレスさえすり抜けてしまった。そしてほんのりと冷たい。
目の前で浮いているプリシラが怒ってギャンギャンキィキィ言っている。こんな風にまくしたてられたらグレンも嫌がるだろうなぁ。
「えっと、どうして今頃現れたんですか?」
もうちょっと早く出てくれていたら楽だったのに。やっぱり侯爵夫人の語るプリシラは美化されすぎていたのだ。さっきも流れるように「ブス」って言ったもん。お兄様や侍女長の語っていたのがプリシラ・エルンストだ。
『死んだら次の誕生日過ぎないと出てこれないのよ。力が溜まんないし』
「あの世ではそういう感じなんですね」
『しかもあんた以外には認識されないし。あーあ、最悪』
「そうなんですか?」
『そうよ。グレンのとこにもお父様とお母様のとこにも行ったけど、なんならあのケチなお兄様のとこまで行ったのに誰も私を認識しないんだから』
「へぇ」
『何そのどうでもいい反応』
「いえ、不思議だなぁって。一番縁のない私だけがプリシラのことを見えているので」
『ほんとよね』
「なんでツインテールなんですか」
『これが一番可愛いからよ!』
「ちょっと趣味が残念なんですね……」
『はぁ? あんた、私になんて口きいてんの?』
すごい、これがプリシラ。
ずっと掴めなかった、彼女のイメージが。実際に会ったことがないし。でも、こんな感じの子なのね。
『まぁいいわ。ったく。あんたみたいな卑しい平民が私の代わりだなんて』
「そこはご両親に文句を」
『うっさいわね。しかも娼婦の娘ですって? 名前もない3番? 何よあんた、人生舐めてんの?』
「それ私が決めたことじゃないんですけど……」
『何よ、3番って。せめて2番でしょうが! 1番にも2番にもなれない3番! 誰からも愛されない! 嫌よ、そんなの』
「はぁ。でもプリシラさんも結構嫌われてますよ?」
『そんなの死んで分かってるわよ! ってか何その憐れむ目は!』
「いえ、死なないと分からなかったんだなって」
『あんた、キャラ変わってない? そんな性格だったの? 見てる限りじゃ、あの第二王子にもはっきり言い返しててざまあみろって感じだったのに!』
「結構見られてたんですね」
『照れるな!』
プリシラは物を掴んで投げる動作をしているが、何もかもをすり抜けるので意味がない。本当に癇癪持ちだ。
「プリシラってお貴族様とはとても思えないですね」
『あんたが貴族を語るんじゃないわよ! それよりあんた、グレンにバレたわよ』
「え?」
『グレンがあんたとレイフの第二王子の会話途中から聞いてたのよ。内容は全部理解してないっぽいけど』
「えと……じゃあ、今から逃げる準備が……」
グレンにばれたら速攻婚約解消ではないか。
『待ちなさいよ。あんた、私に体を一日貸しなさい』
「へ?」
『満月の日だけは私、あんたの体に入れるのよ』
「あの世的にそんな感じなんですか?」
『私はあの世に行ってないわよ!』
「それって結構マズいんじゃ?」
『知らないわ。階段から落ちて死んでからずっとふわふわしてたんだから』
「うーん、地縛霊とかになっちゃったんですかね」
『失礼ね! とにかく、満月の日は私があんたの体を使うわ。問答無用よ。そもそも、あんたが私の真似を完璧にやらないのがいけないんだからね! 私があんたの体に入って振舞えばいいじゃない』
「……また嫌われますよ?」
『うるさい!』
この後大きな話し声がすると侍女長が入ってきたが、プリシラのことは認識できていなかった。