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誕生日パーティーってこのくらいの規模でもできるんだ。
いいなぁ、このくらいの規模が良かったな。あんな大規模なのじゃなくて。それか家族だけでのお祝い……いやあの家族じゃ無理か。
無事に逃げたら私の誕生日……いつか正確には分かんないけどちゃんとお祝いしよう。それか逃げた日を私の誕生日にする。うん、いいかも。エビって高いのかな? 私でも買えるかな。誕生日に毎年食べたいな。
今日は、先代公爵夫人カルラ・フォルセットの誕生日パーティーにエルンスト侯爵家からは私だけが招かれていた。
「今日はエビがたくさんあるわよ。チョコレートムースも用意したわ」
私、この上品なご夫人にどれだけエビを食べる奴と思われてるんだろう。チョコレートもあるのは嬉しいけれど。
この規模ならダンスはない……わけないか。楽団が演奏してるもん。怖い、お貴族様って怖い。どうして三十人そこらのパーティーでこんな豪華なお料理と楽団がいるの。こんなにあったら余るんじゃない?
侍女長に相談して選んだお誕生日の贈り物を渡して、お祝いを述べて……あとは壁と一体化してればいいかな。グレンは親戚のご令嬢と話してるし、プリシラは嫌われているから遠巻きで誰も寄ってこないし。そのためのエビとチョコレートムースかな。食べて黙っとけってやつ? ムースってあのふわっとしたの? 何個までなら食べていいんだろう。
私が登場した時、親戚の方々驚いてたもんね。私もびっくりしたよ、すごいお上品な招待状来た時。金色でキラキラしてた。
まぁ考えても仕方がない。侯爵は狂喜していてこのパーティーに参加しない選択肢なんて私にはなかった。さて、エビでも食べよっかな。
すると会場に誰かが遅れて入って来た。
「遅れて申し訳ありません。カルラおばあ様」
「まぁ。あなたはこんな年寄りの誕生日なんて忘れたのかと思っていたわ」
「そんなご冗談を。カルラおばあ様はいつもお美しいですよ」
「まったく口ばかり達者なのだから。ほら、顔をよく見せてちょうだい。留学に行っている間は顔も見れなかったのだから」
現れたのはレイフだ。あの赤毛の第二王子。げ、あの人が来るなんて聞いてない。
彼は親し気に先代公爵夫人の両頬にキスすると、贈り物を渡す。微笑ましいやり取りを横目にエビを取りに行った。私が動くと、みんなも避けるように動いてくれるから楽だ。
エビの揚げたやつか、茹でたやつか……どうしよう、見たことない食べ物もいっぱいある。全部は食べられ……ないか。チョコレートムースは絶対に諦めたくないし、揚げたエビは美味しいけどお腹がすぐ苦しくなるし……でも小さいのなら食べても……いけるよね。だって私、揚げ物なんて初めて知ったもん。あんなに油をジャバジャバ使って揚げてるなんて!
「またエビか」
どれから食べるか頭の中で忙しく考えていると、邪魔するように横から声がした。顔を上げるとグレンがいつもの難しそうな表情で立っている。ついでに親戚のご令嬢も一緒についてきている。わざわざ私に話しかけなくていいのに。それにしても、親戚の子は可愛い。十歳くらいかな。
「レイフが行きたいらしいから俺たち四人で庭を見に行こう。大人は大人で楽しみたいらしい」
え、普通に嫌なんだけど……特にあの第二王子が。四人ってことは後ろのご令嬢も一緒か。
「以前好きだと言っていたバラも見ごろだ」
よほどこの会場から私を追い出したいのだろう。
というかプリシラ、バラが好きなの? あんなの見てもなんのお腹の足しにもならないのに。孤児院の子が見せてくれた白い花の方がよっぽど綺麗。
それにしてもバラが好きなんて聞いてない。ちょっと待ってよ、バラ、バラねぇ。
「分かったわ」
皿を近くにいた使用人に渡しながら思い出した。
そういえば、プリシラはもっと小さい頃にフォルセット公爵邸でバラを持って帰りたいって泣き喚いたって侍女長から聞いた。それを貴族的な言い回しでグレンは伝えてるのかな、怖いわぁ、お貴族様。
でもプリシラはバラが好きなわけではなかった。一輪もらえたら満足して放置だったらしいし。
そんなことを考えているとグレンからの視線を強く感じた。彼の視線は私の左手に注がれている。
「なに」
「怪我は治ったのか」
「大して痛くないって言ったでしょ。あんなの怪我じゃないわよ」
一日経ったら忘れてたよ、あんな怪我でもない怪我。
「庭に行くんでしょ。さっさと行くわよ」
ここにいてダンスを踊らされるより庭がマシかもしれない。
「ねぇねぇ、プリシラ嬢。あの二人距離が近いと思わない?」
「はぁ」
庭を歩きながら赤毛の王子がなぜか横に張り付いてくる。口元にとても楽し気な様子を乗せて。私、王子様に幻想を持っていなくって良かった。この人、絶対性格悪いもん。
私たちの前をグレンと親戚のご令嬢が歩いている。彼女はブレア・トンプソンという伯爵令嬢だそうだ。グレンのお母様の方の親戚ってやつ。よくわかんない。
幼めに見えたけど十二歳ね。さすがにプリシラのように「ブス」と罵るのは……私には無理だ。私の方が先に泣いちゃう。だってあの子可愛いもん。
「邪魔しに行かないの? いつもみたいに」
あぁ、なるほど。邪魔しに行けと。期待してるわけね。
まぁ、邪魔しに行かないとプリシラらしくないか。でも「ブス」とは言えないし……どうするか……。
「きゃあ!」
突然、ブレアというご令嬢が悲鳴をあげた。誓って私はまだ何もしていない。
「どうした?」
「おにいさま! く、クモが!」
雲? 空を見上げててから違ったわと視線を戻すと、ブレアのドレスにわりと大きめのクモが張り付いていた。これだけ花の咲いている庭を歩けば虫くらいいるだろうな。というか、あのクモなかなか栄養摂ってるよね。丸々として孤児院時代の私よりも栄養状態良い。
「と、取ってぇ」
ブレアは泣きそうな声を出している。わぁ、可愛い。
うちの孤児院ではみんなクモくらい素手で掴んでいた。あんなに可愛く「きゃあ!」なんて叫ばない。無言で掴んでぺいってして終わり。いくらでもクモいたしね。ネズミとか。
あの子、多分グレンのこと好きだよね? 私が逃げた後グレンはあの子と結婚したらいいんじゃない? さっきおにいさまって呼んでたし、きっと関係性もいいよね? 私があと二年で結婚した途端に逃げるから、そうしたらもう二年待ってあの子と結婚したらいい。我ながらいいアイディアだわ。
のほほんと見ていると、グレンは躊躇してなかなかクモを取らない。手を伸ばしかけて引っ込める動作を繰り返している。
え、何してんの?
こんなに可愛い女の子が困ってるのに。まさかクモ苦手なの? イラクサより痛くないわよ。足は八本あって動いてるだけでしょ。
あぁ、もしかしてブレアの胸あたりにクモがいるから気にしてるのかな。触るのはちょっとね。でも、早くしないと首や顔にまで上がっていくと思うけど。仕方ないなぁ。
私はブレアに近付くと、クモを掴んだ。
「ひぃ!」
ブレアの悲鳴を無視して近くの木の幹にクモをそおっと置いてあげる。さすがに私今はプリシラだから。ぺいって投げるのは良くないもんね?
「とろいわね。さっさとしなさいよ」
うふふ、決めゼリフをグレンとブレアに対して放つ。これでプリシラっぽいだろう。プリシラはこのセリフをよく言っていたらしいし。
無理矢理お兄様も巻き込み、侍女長も一緒になって「プリシラ語録」を作った甲斐があった。困ったらそれで対応しちゃう。侯爵夫人の語るプリシラは美化されすぎていて当てにならないからね。
それなのに二人はポカンと私を見ているし、レイフは明らかに笑いを堪えている。
「今の時期は虫が多いんだから。こうなるのは当たり前よ。さっさと行きましょ」
そう言うとブレアはえぐえぐ泣き出してしまった。なんで? なんで事実を言っただけで泣くの? 私はブスとも言ってないし、叩いてもないのに。
「グレン。トンプソン嬢を親のところに連れてってあげなよ。虫苦手みたいだし可哀想だ」
あぁ、虫が苦手なのか。それなら仕方がない。でも、クモで泣くんだ。
「俺はこの庭よく知ってるし。なんならバラを見とくからさ」
「うるさいから早く行って」
グレンに視線を向けられたので、素っ気なく言っておく。これもプリシラ語録。泣いて立ち止まってたら虫がまた寄って来るじゃないの。気が利かないわね、グレン。
プリシラってグレンのことは好きみたいだけど、やっぱり自分一番な子だから。好きでもグレンに尽くすとかしない子なんだよね。気に入らなかったら普通に文句を言う。
グレンがブレアを連れて戻っていく。その背中を見送ってからハタと気付いた。ニコニコ、いやニヤニヤと笑っているレイフが横にいる。二人きりになってしまった。
『下手くそ』
どこかから声が聞こえた。キョロキョロするが周囲にはレイフしかいない。でも、レイフがいる方向からではない所から聞こえたんだけど。
「君って下手くそだよね。それともバカなの?」
失礼なことを赤毛の王子は口にした。




