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いつもお読みいただきありがとうございます!

 あの子を叩いてしまった……。

 暴力だけは絶対イヤだったのに。叩かれたことは何度もある。叩かれたり蹴られたりする痛みもショックもよく分かってる。でも、私はこれまで誰かを叩いたことなどなかった。


 イラクサ。

 私のいた孤児院ではよく生えていて、新しく入ってきた子は知らずに触ってあまりの痛さに泣いた。よく分かっていたからあの子が触ってしまうのだけは防ぎたかった。だって本当に痛いから。時間が経ったらズキズキしてくるし。それなのに職員たちに掃除はちゃんとしろって怒られて治療などしてもらえない。


 イラクサの痛みに慣れ過ぎて、大して痛くない。それよりもあの小さな子を叩いてしまった方がショックだ。幼いのに、叩かれる恐怖なんて全く知らなくって良かったのに。あの明るい綺麗なお腹も心も満たされた孤児院で、白い花を見せてくれたように純粋で綺麗にすくすく育って欲しかったのに。私のせいであの子は今日のことが恐怖、あるいは嫌なこととして記憶されるだろう。


 あまりにもショックで、グレンに見られていたことも院長先生に感謝されたこともどうでも良かった。


「イラクサを知っていたのか」

「常識でしょ」


 気付いたら馬車に乗っていた。不機嫌そうに目の前で腕を組んだグレンが聞いてくる。

 なに、イラクサ知らないの? 触ると痛いやつよ。お貴族様は知らないか。触ったらかぶれるのとか痛いのとか植物にはいろいろあるのよ。


「フォルセット公爵家にちょうど医者が来ているからみせる」

「大して痛くないわ」


 お医者様だって? こんな死ぬわけでもないちょこっと腫れただけの傷でお医者様!? お貴族様はなんて大げさな。孤児院ではどんな高熱で苦しんでいても呼んでもらえなかったお医者様だって! そんなことよりもあの子は大丈夫だろうか、私はショックのあまり謝れなかった。


 あ、待ってよ。私がプリシラじゃないってお医者様にバレるなんて……そんなわけないか。見ただけで階段から落ちたことがない子だとかいくらお医者様でも分かんないよね?


 そんなことを考えていると、馬車がすでに公爵邸に到着していたらしくグレンが苛立たし気に手を掴んできた。

 職員にこんな風に手を掴まれたら大体鞭打ちだ。急に掴まれたので心の準備ができずにうっかり体が竦む。

 その様子を不審に思ったらしいグレンにものすごく見られているが、一度始まった震えはなかなか止まらない。


 プリシラの演技! 演技しなきゃ! グレンに掴まれて震えるなんてプリシラっぽくないはず。いや、でもこういう時プリシラならどうするの!? 手を振り払うべき?

 あ、もしかして「そんなに急かさなくても下りるけど」って偉そうに言うのが正解かな。頭がだんだんクリアになってきた。


 結局使用人が声をかけてくれたおかげでグレンからの凝視は終わった。しかし、使用人とグレンに挟まれて公爵邸の中に連れていかれてしまった。


 この前は堪能する時間と度胸がなかったけれど、エルンスト侯爵邸よりもフォルセット公爵邸は大変ご立派だ。


 お金の香りがプンプンする。屋敷の大きさも大きいし、そこに飾ってある小さい食器とかすっごい高そう。格っていうものが違う。


「グレン、帰ったのね。私は今終わったわ。先生がお待ちよ」


 どなたですか、こちらの上品が服を着て歩いていらっしゃるマダムは。杖をついて歩いているのに背筋はすらりと伸び、老いは彼女の気品に対しての彩りでしかない。

 すごい……美しいものを見たら自分まで美しくなった気分になる。今、私の言語能力が限界突破してたよね? 自分でも変なこと言ってたもん。


 公爵夫妻にはチラリと以前お会いしたから、この方は……。


「おばあ様、ありがとうございます」

「えぇ。早く診てもらいなさいな。傷でものこったら大変よ?」


 グレンのおばあ様ってことは……先代公爵夫人ね。

 言葉は優しいが温度のない視線を向けられ、プリシラに対してあまりいい感情は持っていないのだなと分かる。

 でも、私は平気だ。もっと蔑むような視線だって「娼婦の娘」という言葉とともに投げつけられてきたのだから。こんなのそよ風。それにしてもこのお貴族様は……とても綺麗だ。こんな風に年を取れたらいいだろうなぁ。逃げたら頑張ってみようかなぁ。


「行くぞ」


 ぼぉっと先代公爵夫人を見ていると、グレンにまた手を掴まれて引っ張られた。さっき散々過去を思い出して震えたおかげで、今回は驚くだけで済んだ。

 慌てて遠ざかる先代公爵夫人に頭を下げると、彼女はこれまた上品に口に手を当てていた。



「あらまぁ。どういう風の吹き回しかしら」


 カルラ・フォルセットは見たわよねと視線で側にいた侍女に確認すると、侍女は小さく頷いている。この侍女もグレンに起こったことを知っている特に信頼できる使用人の一人だ。


「あの子、女の子の手を掴んで平気なのね」

「この前のパーティーではダンスもされたそうですから」

「そうねぇ、でもそれでも震えていたもの」


 孫のグレンは軽い女性恐怖症になった。

 メイドに襲われかけた件はもちろん未遂に終わったが、孫の心には大きな爪痕を残してしまった。

 あのワガママで公爵家に嫁ぐには明らかに問題があるプリシラ嬢との婚約をここまで続けているのは、エルンスト侯爵に恩があるのとグレンがああなってしまったからだ。


 プリシラ嬢との婚約を解消すれば、もっとグレンには令嬢が群がるだろう。彼女はグレンの側に来るご令嬢を蹴散らしていたから。プリシラ嬢という抑止力がなくなれば……そこまで考えてカルラは目を伏せる。


 ご令嬢が側に来ただけで顔色が悪くなり震えもくるグレンにはちょうど良かった。それにプリシラ嬢に対しては怒りと呆れの方が勝っていたのか、女性ではなくマナーのなっていない野生動物と認識しているからか、側にいるだけでは症状はあまり出ていなかった。


 この前のダンスはさすがに厳しかったようだが、今そんなグレンが怪我をしたプリシラ嬢の手を無理矢理掴んで引っ張っていった。グレンの症状が落ち着いたのか、それともプリシラ嬢相手だからなのか。


 それに、先に戻って来た使いの話では今日プリシラ嬢は子供を庇って怪我したらしい。それは、フォルセット公爵家で持っているプリシラ嬢のイメージとは合わない。頭を打って療養中に少しでも変わったのかしら。


「お茶の準備をしておいてちょうだい。三人分ね。それから、お菓子も多めに用意できるかしら」


 カルラは微笑んで侍女に告げた。


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