02 アイラレイが両親に愛されなかった理由
補足として受け止めていただけたらと思います。
アイラレイを妊娠したと知った時、恐怖に打ち震えた。
ほんの出来心だったのだ。
夫が他の人に心を奪われていることに気がついてしまった。
嫡男のツルスレートが生まれ、政略の役に立つ女の子バレリアが生まれ、夫は家に帰ってくるのを少しだけ憂鬱になるようになっていた。
屋敷に居るとどこからともなく聞こえてくる子供の泣き声に、乳母達があやす声が聞こえる夜中。
気にしなければ聞こえないはずなのに、なぜかそういう音だけは耳に入ってしまう。
夫がその気になっても、遠くで聞こえる気がする赤子の声に、夫は萎えてしまって関係を持たなくなっていた。
そんな時に知り合ったのが図書館で私が何度聞いても覚えられない本を探しているアイビューだった。
他愛もない話を図書館のベンチで話をして、別れて帰る。
それが何日も続き、ベンチの上で手が触れ合ってしまった。
アイビューは身分が低いんだと言っていたけれど、勤めているのは近衛騎士団で第五席と言っていたので、位はかなり高かったのだと思う。
私は近衛騎士が何人居るのかも知らなかったけれど、夫とは全く違う頼りがいのある身体に抱きしめられることを夢想した。
あまりにも想像しすぎて、まるで現実だと勘違いしてしまうほどだった。
夫が私に気持ちがないのだから、私もかまわないわよね?と自分に言い訳をしながら、週に何度か会うアイビューに日に日に惹かれていった。
一度ベンチで触れた手の温もりを思い出し、心の浮気を楽しんでいた。
二度目に手が触れた時は握りしめられた。
互いにそっぽを向きながら、長い時間互いの手の感触を楽しんだ。
それからは早かった。
アイビューは独身だったから簡単に宿を取り、私は隠れてその宿へと入っていった。
宿の中で二人は燃え上がった。
焦れていただけ燃え上がり、何度も何度も求めあった。
何度目か解らないほど求め合ったある週、妊娠しやすい週だったことを思い出した。
私はアイビューにそのことを伝えると、アイビューは「責任は取れない」と真顔で言った。
「遊びだから燃え上がっただけだ、現実を突きつけられると興醒めだ」と言って、私を置いて出ていってしまった。
私は必死で考えて、もう夫とは三ヶ月以上触れ合っていなかった。万が一妊娠していると、誰の子だと言う話になってしまう。
私はその日、娼婦のように夫を求め、夫は私の求めに応じた。
夫にとって久しぶりに女の中で排出するのは気持ちよかったのだろう。
それから続けて求められ、本当に妊娠してしまった。
夫の子なのか、アイビューの子なのかは解らなかった。
陣痛がやってきても、この子を産みたいと思えなくて、無意識に体がこの子を産むのを拒否していたからか、今までのお産の中でも一番苦しいものになった。
産婆になんども「いきみなさい」と言われたけど、もしもアイビューの子だったらどうしようかと言う思いが、生むことを拒否した。
どれだけ生みたくないと思っていても子供は生まれ出てしまい、私にそっくりな女の子だった。
赤い髪にアイスブルーの瞳。私と同じ色だ。
私はホッとした。アイビューに似たところを探したけれど、どこにも見つけることはできなかった。
ただ、夫にも似ているところを見つけられなかった。
アイビューは薄い紫の瞳と髪色だった。
色素が薄い人だったので、私の色のほうが強く出たのか?
夫はプラチナブロンドの髪に濃いブルーの瞳。
私にだけ似た子供でホッとしたけれど、アイビューの子かもしれないと思うと、愛情を持てなかった。
私を置いて宿から出ていったその姿がこの子に重なってしまう。
アイビューの名を文字ってアイラレイと名付けてしまった。
私がアイラレイを遠ざけることで、夫もアイラレイを遠ざけるようになった。
意識してなのか、無意識なのか解らないけど、アイラレイだけは抱こうとしなかった。
私が浮気してできた子供だと気がついたのかしら?
私は夫の顔色をうかがうように暮らした。
夫が剣の手入れをして居る時に怪我をしてその血をハンカチで拭き取ったものとアイラレイの指先を斬って取った血液を鑑定したことがある。
結果を知るのが怖くて、見れないまま隠してある。
夫は何も言わないまま、私の外出にはメイドをつけるようになっていた。
疑われているのだと私は理解した。
夫は、アイラレイの後、続けて私に子を作ることを求めた。
アイビューのような思いはしたくなかったし、一人で行動できる隙もなかったので、私は夫のみを受け入れて子を作った。
四番目も五番目も夫そっくりな瞳と髪色を持った子が生まれた。
アイラレイだけが宙ぶらりんで誰からもかまわれないまま育っていった。
義父母が見かねてアイラレイを可愛がっているのを見て『もしかしたらあなた達と血は繋がっていないかもしれませんよ』と心のなかで仄暗い思いを抱いていた。
義父母はアイラレイの待遇を見かねて、自分たちの屋敷に引き取り、とても可愛がった。
私にそっくりだったアイラレイの髪は徐々に色素が薄くなっていき、薄い朱色になっていっていた。
光の反射で薄い紫に見えることもあって、ますますアイラレイを見ることが嫌になった。
その色は義母にも似ていたため、義母はアイラレイの髪をよく撫でていた。
私はアイラレイがアイビューの子だったらいいのにと思うようになっていた。
普段見かけないから、たまに見かける時は義父母に可愛がられている時だから、嫌いな義父母が実の孫でない子供に愛情を向けているのを考えて、腹の中で笑っていた。
ある日義父に「孫は全員儂と血の繋がりがあるかは検査しておるんじゃ」
と通りすがりに声を掛けられた。
通り過ぎた義父の言った言葉が私の中で理解できた時、私は震え上がった。
多分夫は、疑っているだろうけど疑うだけだ。
だが義父は全員と言った。
私を全く信用していないということなのだろう。
そして義父はアイビューのことを知っているのだと思った。
私はアイラレイが夫の子で良かったのか、良くなかったのか解らなくなった。
私は義父に「全員自分の孫だとわかっているなら、他の子達も可愛がってやってくださいよ」と負け惜しみで伝えた。
「おまえ達が可愛がっているものを可愛がる必要はあるまい?アイラレイは儂らの宝物だ。お前には手出しさせん」
普段から可愛がっている孫と、関わりのない孫とでは可愛さは違って当たり前だろうと思った。
アイラレイが刺されたと連絡が入ったのはいつだっただろうか?
義父に言われてから私はますますアイラレイに興味を持てなくなっていた。
思わず夫に「お義父様、孫たちと血の繋がりがあるか全員調べてるんですって」と言うと「アイラレイもか?!」と言って夫がアイラレイは自分の子じゃないかもしれないと疑っていたことを吐露してしまった。
「疑っていたのですか?」
「いや、まぁ・・・そうだな。アイラレイは俺の子供じゃない可能性があると思っていた。アイビューだっけ?随分楽しそうにしていたからな」
私は息が詰まる思いがした。
「知っていらしたの?」
「俺も楽しんだ。お前も楽しんだ。それでいいんじゃないか?別れたいならいつでも別れてやるよ。もっとアイラレイを可愛がってやれば良かった。親父も調べていたなら結果を教えてくれたら良かったのに!お前のせいで娘を一人なくした気分だ!!」
「わたくしに愛はありますか?」
「そんなものは互いに外を見た時になくなっただろう?」
「いいえ!!私は愛していたからその後も子を産んだんです!!」
「生活を守りたかっただけだろう?ほら」
私に向けて夫の署名入りの離婚届が用意されていて、それを差し出される。
「今までのような生活が出来ると思うな。親父がアイラレイが刺されたことで、俺達を見限ったからな」
「どういう意味です?」
「我が子を刺されて見舞いにも来ない薄情者には用はないそうだ。この家も売られた。俺にあたえられたのは領地の中でも一番小さい館だけで、それ以外は全てアイラレイに継がせるそうだ」
「そんなっ!!」
「離婚してやるが、渡せるものは何一つないと思え。不貞の代償だ」
「今すぐアイラレイのところに行って、アイラレイになんとかしてもらわなくては!!」
「本当にお前は最低だな。離婚届にサインしてくれ」
「嫌よ!!アイラレイに面倒見てもらわなくてはっ!」
アイラレイの見舞いに行って、けんもほろろに病室を追い出され、屋敷にも帰れなくなった。
使用人曰く「一日住むだけで高額な使用料がかさみます。必要な荷物は全て領地の一番小さい館に送ってあります。使用人はご一緒できませんので、ご自分たちで御者をして領地まで向かってください」
「アイラレイはどうなるんだ?!」
「今後ご結婚される方の所に行かれます。お荷物は全てもう送られていて、アイラレイ様が退院されるのを今や遅しと待っている状態です」
子供達は「同じ孫なのになんでアイラレイと僕らへの対応が違うんだ」と文句を言っていたが「お前達の母親のせいだよ」と言うと、母親を虫を見るような目で見ていた。
使用人に離婚届を渡されて「これでお荷物は全て片付きました」と言って背を向けられてしまった。
「ほら、離婚届にサインするなら早くしろよ」
「まだアイラレイに・・・」
「アイラレイにはとうの昔に見捨てられてるんだよ」「そんな事はありませんわ!私が苦しんで産んだ子供ですもの!!」
「そんなことは知ったことじゃないと思うぞ。アイラレイの婚約者の名前、知っているのか?家は?親父達の居所は?」
妻は離婚届を受け取って「一旦領地へ参ります。お父様に援助をお願いしてみます」
「本当にお前は馬鹿だな」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
甥であるグランドルが連れ帰ってきた女の子を見て、あの時遊んだ女の子供だとすぐにわかった。
髪色はアイラレイの方が色が薄かったが、赤い髪だったあの女と全く同じ顔だった。
私は数歩後ろに下がって、ここにきて自分のしたことが返ってくるとは思っていなかった。
アイラレイは私の子なのだろうか?
わたしの名前をもじったような名前をとっても私の子としか思えない。
この国では父方なら従兄弟でも結婚できるが、避けられるなら避けた方がいいと聞いたことがある。
私は兄であるデラートスに己の過去の過ちを伝えた。
「もしかしたら私の子かもしれない・・・」
「心配いらないよ。検査は済んでいるから。血縁関係は一切ない」
「本当か?!」
「ああ」
「良かった・・・グランドルになんて言えばいいのかと・・・」
「グランドルよりアイラレイ嬢に償ったほうがいいと思うぞ」
「なぜ?」
「夫婦の子じゃないかもしれないと思われて育ったそうだ。親から抱かれたこともないそうだ」
「そんなっ!!」
「祖父母が十分な愛をあたえたらしいが、兄弟の中でなぜ自分だけと思って育ってきたらしい。今回の殺人未遂事件ですら、見舞いにも来なかったそうだ。両親だけでなく兄弟までもが」
「それは酷いな・・・」
「アイビューに取っては若気の至りだったかもしれないが、そのお陰で可哀想な子が一人生まれてしまったことは、お前の責任だ」
「ああ。近衛騎士としても、対応が悪すぎると思うぞ」
「言い返す言葉もない」
「二人を叔父として温かく見守るよ」
「そうするのがいいと思うよ」
何故か、グランドルの叔父様に気に入られて、可愛がられている。
そこまでしてもらうわけにはと言いたくなるほどにグランドルと私の二人にしてくれる。
グランドルも「叔父さんがここまでしてくれるとは」と戸惑っている。
お義父様に言うと「好きにさせておけ」と笑って言うそうなので、ありがたく色々受け取っている。
私は結婚する前に見てほしいのと言って、胸を開けた。
良く生き残ったと思えるほどの傷が胸の間に付いている。
それは酷く引き攣れていて、縫い目が十付いている。
ピンク色に盛り上がっている傷は酷く醜い。
グランドルは焦りもせず、私の傷を見て唇にキスをして、傷にも唇をおとした。
私の衣服を整え「これ以上は結婚してからね」と言ってもう一度唇にキスをおとした。
両親も兄弟も参列しない結婚式に祖父が私をグランドルのところまで連れて行ってくれる。
気持ちの上では駆け出したいのを必死で抑えて、ゆっくりと歩く。
何故かアイビュー叔父様が泣いている。
クスリと笑って、私はグランドルだけを見つめた。