01 兄弟姉妹の真ん中の娘
なぜ生まれてきたのかアイラレイは考える。
こんな風に死ぬために生まれてきたはずではないと信じたいけど、私の鼓動は物凄くゆっくりになっていて、止まる寸前だった。
両親と、兄、姉、私、妹、弟に祖父、祖母の九人家族。
皆それなりに仲良くて、それなりに仲が悪い。
兄弟の真ん中に挟まれて、両親にはほったらかしにされがちだけれど、祖父と祖母が私のことを大事にしてくれていたから、拗ねずにすんでいた。
母にとっては鬱陶しい祖父母に可愛がられる私は、祖父母と同じようにどんどん鬱陶しい存在になっていき、母が私に何かをすることは殆どなかった。
父は母と私の顔色を見るばかりで、私を気にかけることはなかった。
記憶にある限り両親に抱きしめられたことがない。
兄弟を抱きしめているのを見ることはしょっちゅうあるのに、私はいろんなことを頑張っても、一人でポツンと立っていた。
母の気持ちを慮ってか、小さな頃は遊んでくれていた兄弟はだんだん私と遊んでくれなくなっていった。
兄弟は皆本邸の二階に住んでいるのに、私は離れの祖父母と同じ屋敷に住んでいた。
祖父は力とコネと金のある人で、家の中のことも未だ祖父が実権を握っていて、父には父ができそうなことを少しだけ任せているにすぎない。
私はそんな祖父に領地経営や、商売に付いて英才教育を受けていた。
どうやら私には、そちらの才能があると祖父が思い込んでいる。
祖父は、祖父と祖母が死んだ時に私がどんな風に扱われるのかとても心配していて、しょっちゅう祖父の元を訪ねてくる人たちに私のことを頼んでいた。
そして、私より一つ年上のダリュースに婚約の話を持ちかけ、ダリュースと私の気持ちの確認をしてくれた。
在学中でも、私が十六歳になると結婚することに決まり、細かい誓約書が結ばれた。
簡単に言うと、ちょっとやそっとのことでは婚約解消は出来ないし、婚約解消を申し出ると、多額の違約金を支払わなければならないという契約だった。
ダリュースが学園卒業間近に、ちょっとした心の浮気をしたことは知っていたけれど、本気じゃないなら、目を瞑ろうと思っていた。
ダリュースと観劇の帰り、私は「アーリウス様とのことは本気なの?」と聞いた。
ダリュースは驚いて「違う、何も関係はないよ」と必死で否定していたけど「アーリウス様がダリュース様と思い合っているから私と別れたがっているって、言いに来たの」
「それはアーリウス様の勘違いだよ!!私はアイラレイのことを一番に考えている!!」
「なら、明日、アーリウス様も一緒に話し合いましょう」と吐きたい溜息を呑み込んで言うと、「わ、わかった」とダリュースは瞳がゆらゆら揺れていて、目は口ほどに物を言う。そう思った。
「覚えておいて、二人が思い合っているのなら、別れてもいいの。無理に結婚したって、幸せになれないことは解っているから」
そう言ってから私はダリュースの馬車から降りて、祖父母が待つ離れへと一人で帰っていった。
翌日、二人を祖父母のいる離れへと招待して、祖父母と二人の両親を呼んで話し合いをした。
二人は想い合っているようで、私と婚約破棄、もしくは解消をしたいとアーリウス様は言うけれど、ダリュース親子はありえないと言い募った。
アーリウス様は、ダリュースに「どうして?約束したじゃない?」と言っていたけれど、それは全てアーリウス様一人の勘違いだと言うことにされてしまった。
祖父母はダリュースに「がっかりしたよ」と言って、大人の世界での制裁をすることにしたようだった。
私が知らない間に、ダリュースとの婚約は解消されていて、祖父母は私の新たな婚約者探しを楽しんでいるようだった。
私の通帳にはすごい金額が振り込まれていて、驚いてしまった。
ダリュースが学校を卒業してしまうと、会うことはなくなり、アーリウス様が時折、私と話したがり、不思議な友人関係になりつつある。
結局アーリウス様もダリュース様とは別れたそうだ。裏切った人を信じることは出来ないと言っていたけど、私からすると、婚約者がいるのに、他の女性に気をやるような人が、まともなわけがないと思っていた。
あと少しで十六歳になるという頃、ヴレイヴという十八歳の人を紹介された。
「どうしてその年まで婚約者がなかったの?」
「私は沢山の恋がしたかったからだよ」
「これからも恋をするの?」
「わからない。けれど、私も落ち着く年になったと思うようになってきたよ。今まで逃げていたことも、取り組まなくてはならない年になったからね」
「そう・・・。なら、あなたの人生はつまらないものになってしまうの?」
「どうかな?新しいことを知るのは刺激があると思っているけど」
「そうなのね」
この人のことは愛せないと思った。
祖父にそう伝えると「なら駄目だな」と言ってまた新たな人を探し始めた。
私はある日、友人達の付き合いで騎士団へと差し入れに行くのについて行った。
騎士の人たちはみな格好良く、きりりとした表情に、素敵な制服が騎士の人たちを三割増にいい男に見せていた。
皆お目当ての人がいるらしくて、バラバラと好きな人達のところへ行ってしまって、私一人がその場に残された。
こんな時の女の友情なんて言うものは、本当にあてにならないと思っていると「君はお目当ての人はいないの?」と私と同じ廊下側に、一人の騎士が現れた。
胸の勲章の数は、誰よりも多いように見えたけど、着崩れた感じが、不真面目そうに映った。
「私は付き合いで来ただけだから。皆格好良くて、誰か一人になんて決められないわ」
笑ってそう伝えた。
「君、アイラレイ嬢だろう?」
「えっ?!」
「今度の見合い相手は私だよ」
「今と同じ感じの人と出会えるのかしら?」
「胸ボタンは上まで閉じて、背筋はピンと伸びているよ。たぶんね」
「嫌なら断ればいいのに」
私の目を見て「嫌じゃないから困ってるんだ」と笑って何処かへと行ってしまった。
次の休日に、本当に騎士団で話した人が現れて、グランドルですと言って、背筋は伸びて、ボタンも全て留まっていた。
私がクスクス笑うと、ちょっとだけ気まずそうにして、お見合いの体裁を整えていた。
二人だけになると、騎士団で出会った人になってしまったので、私も肩の力を抜いて、気楽に接した。
「な?気楽な相手の方が、一緒にいて楽だろ?」と私に言った。
「まぁ、そうね」
「なぁ、話進めてもいい?」
「なに?私が気に入ったの?」
「嫌じゃないから困ってるって言ったろ?」
少し困ったような顔をして、私を見る目は嫌じゃなかった。
「フフッ。いいわ。でも条件知ってる?私来月十六になってしまうのよ」
「十六歳すぐの結婚は無理だよな」
「そうね、最低でも三ヶ月は必要になるでしょうね」
「じゃぁ、三ヶ月先を目処にまずは結婚式場だな」
「ウエディングドレスを急がせなくちゃいけないわね」
祖父のゴリ押しで、四ヶ月後に式場が決まって、四ヶ月ならと言って、ウエディングドレスも発注することが出来た。
普段ならありえない事をしてしまった。
庭を散歩しているだけのつもりだった。
一人で、何の気無しにブラブラと。
木陰から急に腕を引っ張られ、口を塞がれ、敷地の外へと連れて行かれて、引き倒されて、心の臓を狙って短刀が振り下ろされた。
それはダリュースだった。
屋敷と目と鼻の先にいるのに誰にも見つけてもらえずに死ぬのだと思った。
冷たい雨が降り出し、私の体温を奪って行く。
目を開けていられなくなり、呼ぶ声が聞こえたけれど、私は返事することが出来なかった。
目が覚め、状況が理解できなかったが、胸の痛みにダリュースに刺されたことを思い出す。
グランドルが私の目が開いたことに気が付き、誰かを呼び、私の手を握ってくれる。
グランドルに向かって「犯人はダリュース」と伝え、私はまた意識を失った。
それから何度か目が覚めて意識を失うことを繰り返したが、祖父母以外の人を見かけることはなく、やっと数分間意識を保っていられるようになった時、祖父母が泣いていた。
「しんぱいしないで・・・犯人は・・・」
「ダリュースならグランドルが捕まえたよ。今、取り調べられている」
「そう、よかった・・・おじいさまたち、もやすんで・・・」
「儂らの心配はいらん!!早く元気になってくれ!!」
私はまた意識を失い、次目覚めた時はグランドルが私の手を握っていた。
「かたづいたのね・・・?」
「ああ。後はアイラレイが治るだけだ」
「キズモノになってしまったわ・・・」
「俺はもっと傷だらけだよ。気にするな」
「ありがとう・・・」
それからは意識がある時間が長くなったけど、まだ眠っている時間のほうが長かった。
目が覚めた時、両親と兄弟は一度も見かけなかった。
祖父母は怒りより、がっかりしてしまったようで、
祖父の持っているものは全て現金化して全てを私に残すと息巻いている。商売を全て売り払ったり、閉じたりしてしまうつもりらしい。
お父様達生きていけるのかしら?とちょっとだけ思って、かなり苦労することになるわね。と目を瞑った。
祖父は祖父の持っているものを私の名義に変えている途中だと言っていて、現金も全て私名義になっているらしくて祖父母に「どうか哀れな文無しの祖父母の面倒を見ておくれ」と言って私を笑わせて、胸の痛みに生きていると感じた。
グランドルがダリュースの話をしてくれた。
祖父母がダリュースの家へと制裁をしたために家業がうまくいかなくなったらしい。その上、私への違約金を払わなくてはならなくて、私が不幸そうにしていれば、まだ許せたのに、新しい婚約者が決まって、結婚式まで決まっていると耳にして、最初はグランドルを狙っていたらしいが、騎士団のグランドルに隙はなくて、私を狙うしかなかったそうだった。
罪状は重いものになるだろうけど、それでも労役十年がいいところだろうと言っていた。
ダリュースの両親はお金に換えられるものは全てお金に換えて、私への慰謝料に当てるそうだ。
一家破産で爵位返上で祖父は納得することにしたらしい。
「ねぇ、私ちょっとありえないぐらいのお金持っているんじゃない?」
「そうかも知れないな」
「私に祖父母が付いてくるけど、大丈夫そう?」
「近くにアパートメントを借りたようだよ」
「そうなの?」
「あの本邸も、離れも全て売り払ったそうだ」
「ええっ?・・・私の荷物は?」
「俺の屋敷にある」
「荷物が先に嫁入りしたのね」
「ご両親と、兄弟は、領地の小さな屋敷を与えられたそうだ」
「そう」
そんな話をしていたら、両親と兄弟が初めて病室へとやってきた。
「アイラレイ!父さん達に屋敷を売り払うのは思い直すように言ってくれ!!」
「入院している娘に言う最初の言葉がそれなの?私って、もしかして両親の子供じゃないの?どっちかの浮気で出来た子だとか?」
「馬鹿なことを言わないで!!実の子よ!!」
「それなのに、死にかけてても気にもならないんだ?」
「そ、それは・・・無事なことは解っていたしな!!なっ?!」
父が母や兄弟を見て賛同を得ている。
「いえ、ついこないだまで本当に危なかったですよ」
「君は誰なんだ?!」
「私の婚約者のことも知らないんですか?」
「ダリュースじゃないのか?!」
「あなた達と話にならないってよく解りました。なぜ私が愛されないのか理由は解りませんが、さっさと領地に行ったほうがいいんじゃないですか?屋敷から出ていくのを一日伸ばすだけで莫大な料金を請求されるそうですよ。祖父達はもう、新しいところへ移っていますよ」
「そこをアイラレイが父さん達に・・・」
「私はお祖父様達に口を利きませんよ。私がお祖父様達に叱られてしまいますので。私の傷にも障りますので、出ていってください!!」
グランドルが病室から追い出してくれて、私はため息をついた。
「ありがとう」
「なんだか、アイラレイの周りは複雑だな」
「ここまで両親に関心を持たれていないってことは、初めて知っちゃったよ」
「なにか理由があるのか?」
「わからない・・・昔祖父母に聞いた時は、真ん中の子って上下に挟まれて両親に放置されがちだったらしいんだけど、母と、祖父母の仲が悪くて、祖父母が私を可愛がるから、母に嫌われたとか聞いたことがあるけど・・・それでここまで放置されるものかしら?私のほうが不思議だわ」
私の退院が決まって、どこに帰るんだろうかと心配していると、グランドルの家へと連れて帰られた。
夫婦の私室を与えられていて驚いた。
「俺はまだこちらには移っていない。それは結婚式の後になる」
「そ、そう・・・?」
「残念?」
「ちょっとだけ・・・」
「内緒にしてくれよ」
そう言って、唇にキスを一つ落とされた。