11月16日
意識するなという方が無理な話だろう。
私はリップの付いた唇をそっと撫でた。
昨日とは違う色のリップは普段使いしていてお気に入りの色だ。
初めて女の子とキスをした。
男の子と違うそれは柔らかくて気持ちいいんだなと思ってしまった。以前付き合っていた元彼とキスをしたことがあっても気持ちいいなどと感じたことはなかった。
涼ちゃんってキスが上手いのでは?慣れてる?
昨日のデートは手慣れた感じがした。待ち合わせの時すぐ服装や髪型を褒めてくれたり、自然と手を繋いでいたり……女の子に対する接し方が上手なのは以前彼女がいたから?いや、でもすぐ別れたらしいし……
まず涼ちゃんって女の子だからなぁ……
お客がいなくなった席のカップや食器をトレーに乗せていく。
人が少なくなったお店は私の仕事の終了時間が近いこと知らせてくれているようだった。
トレーに乗せた食器をキッチンへ運んでいくと、そこには今日も長い髪を高い位置でポニーテールにしている美月さんが洗い物をしていた。
「ありがとう凪沙ちゃん。そこに置いておいて」
「はい」
言われた通り美月さんが洗い物をしている横にトレーを置いた。
「私テーブル拭いてきます」
「昨日デートだったんでしょ?どうだった?」
瞬時に蘇ってきたのは昨日の別れ際のキスだった。
というか、昨日から何度も……仕事中も考えてた……エッチな映画も全部最後のキスでペンキを上から缶ごとぶちまけられた気分だった。
「あ!えーーっと……あ!!ご馳走様でした!涼ちゃんが美月さんからお小遣い貰ったとかで、それで飲み物とか払ってくれて……」
「それは全然気にしないで!涼のお弁当作ってくれてるんだもん。そんなの当然だから」
「映画も面白かったですけど………その――」
「?………あーー。クスクス。最後刺激的だったでしょ?まさか涼を誘うとは思わなかったなぁ」
美月さんは洗い終わったコップを拭きながら笑ってる。
「やっぱり知っててあの映画のチケット渡したんですか!?高校生が見る映画じゃないですよぉ…」
「だから彼氏誘って行っておいでって言ったじゃない」
彼氏と見るにしてもちょっとどうかと思うけど……
「楽しかった?」
「まぁ、楽しかったですけど……」
「凪沙ちゃんが楽しかったなら良かった。涼は帰ってきてからなんだか様子がおかしかったから」
「そ、それってどういう……」
「ん?んーー。部屋に引き篭もって出てこないのよねぇ。体調が悪いってわけでもなさそうなんだけど……」
涼ちゃんが部屋に引き篭ってる!?
どうしたんだろう……私何かしちゃったのかな?どちらかというと私はされた側なんだけど……
でも、お互いを恋に落とすためとはいえキスまでしてくるなんて……
好きでもない相手とキスするのって涼ちゃん的には嫌だったのかも?してきたのは涼ちゃんだとしても、がんばりすぎてる気がする。
私がちゃんと涼ちゃんの事を意識していたら、そこまでしなくてもよかったのに……
「そろそろ凪沙ちゃんも上がる時間でしょ?テーブル拭いたら上がっていいからね」
「は、はい」
すぐに思考が昨日のことにいってしまって仕事が疎かになってしまう。
それくらい衝撃的なことだったんだけど……
「涼も来る頃だと思うんだけど……遅いわね?いつもは来ててもおかしくないのに」
「そうですね」
時計を見ると終わりの時間までもうすぐだった。
いつもは私が上がる時間になる前には涼ちゃんはお店に来て着替えるのを待っていてくれるのに……
美月さんはエプロンのポケットから携帯を取り出してボタンを操作し耳に当てた。
どうやら電話をかけているみたいだ。
私はダスターを持って食器を片付けたテーブルを拭きに向かう。
「もしもし?涼?……そろそろ凪沙ちゃん上がる時間よ?何してるの?」
涼ちゃんに電話をかけていたみたいで、キッチンで話している美月さんの声がここまで聞こえてきた。
「え?何?どうしたの?……ちょっと!?涼!?―――」
どうしたんだろう?
テーブルを拭き終えてダスターを持ってキッチンへ戻ると、少し張り上げた声を出した美月さんは携帯を眺めてため息をついていた。
携帯から顔を上げた美月さんと目が合って苦笑を浮かべる。
「ごめんね凪沙ちゃん。今日は1人で帰れる?」
「それは全然問題ないですけど……涼ちゃんどうしたんですか?」
「それがよくわからないのよ。今日は送れないって言うだけで、理由も言わないし」
思い当たる節はある。
やっぱりがんばりすぎたんだろうか……恋愛感情を持った相手でもない人にキスをしたこと。
私は涼ちゃんに無理をしてまで頑張って欲しいとは思わない。
それは涼ちゃんも同じはずなのに……
球技大会の時怪我をしてしまった私が隠して試合に出てたのを涼ちゃんだって止めていた。
“無理して試合に出る方が私は嫌だ“と涼ちゃんは言っていたのに、涼ちゃんは無理をしてでもがんばろうとしているの?
私は着替えてから1人で店を出た。
「また明日って言ってたのに……」
1人ぼやく。
久しぶりに1人で帰ると思うとやっぱり少し寂しく感じてしまっているのかもしれない。
暗くなった駅までの道のりを1人で歩いていく。
冬に向けて寒くなっていく夜の道は昨日とは違って一段と寒く感じていた。
「あれ?凪沙ちゃん?」
冷たくなってきていた手を両手を合わせてさすっていると誰かに呼ばれて振り返る。
「……結ちゃん?」
見ると上下ジャージ姿で息をついている、結ちゃんが立っていた。
「わーー!!凪沙ちゃんだ!!どうしたの?バイト帰り?あれ?今1人?涼くんは!?」
出会って早々質問攻めとこんな時間でもテンション高めだ。
結ちゃんは私がバイト帰りに涼ちゃんに送っていってもらっていることを知っているらしかった。
「うん。バイト帰り。涼ちゃんはちょっと用事があるみたいで……そういう結ちゃんは?」
「私はランニングしてた!もう帰ろうかなって思ってたんだけど凪沙ちゃんに会えて嬉しい!!ね!ね!駅まで送って行っていい??勝手について行くね!」
O Kの許可をする前に結ちゃんは私の隣に並んで歩き出した。
「えらいね。こんな時間にランニングしてるなんて」
「今度練習試合があるから少しでも体力つけておきたくて……」
練習試合があるって涼ちゃんも言っていたな……
「結ちゃんと涼ちゃんも試合に出るんでしょ?見に行くから頑張ってね」
「ホントに!?うんうん!!がんばる!!凪沙ちゃんが応援してくれるならめっちゃ頑張れる!!」
あ、そうだ!お願いがあるんだけど…と結ちゃんはニコニコと私の方を振り返ってきた。
結ちゃんからのお願いを聞きながら、駅まで結ちゃんに送ってもらって、そこからまた1人で家に帰った。
読んでいただきありがとうございます。
カクヨム、アルファポリスで投稿している、ちさきと亜紀のサイドストーリー
【どさくさに紛れて触ってくる百合】もよろしくお願いします。