断罪されたので、私の過去を皆様に追体験していただきましょうか。
「オレリア・ナミュール!貴様は誇り高い公爵家の令嬢でありながら、腹違いの妹であるか弱きオロールを虐待したな!今ここに貴様の罪を断罪する!そして、貴様との婚約は破棄しオロールと婚約を結ぶことを宣言する!」
オレリアは学園のダンスパーティーの場で声高に叫ぶ婚約者、王太子トリスタン・アタナーズに対して視線を向けた。…が、何も言わない。
「…な、なんとか言ったらどうなんだ!」
「私はトリスタン殿下に信頼されていません。何を言っても無駄です。ですから…」
オレリアのオレンジの瞳が、黄金に輝く。
「私の使える最大級の魔法…今、お見せ致します」
「…!?貴様は魔法は使えないはずでは!?それにその黄金に輝く瞳はまさか!?」
「これよりこの場にいる全員に、私の過去を追体験していただきます。代償は私の四肢の自由。私はこの魔法が完遂した暁には、身体を動かせなくなります。では、皆様。私の記憶の世界にいってらっしゃいませ」
「ま、待て!待ってくれ!聞きたいことが山ほどあるんだ!…う」
トリスタンを始めとした、全員の意識は一度そこで途切れた。
ー…
「お母様、どうしてオレリアの金の瞳を魔法でオレンジにしないといけないの?」
「オレリア、良いですか?金の瞳は聖女の証。極大魔法をも使える魔力が特別に多い子だという証明なのです」
「うん」
オレリア…俺は今オレリアなのか。オレリアにお母様、と呼ばれる女性の手つきは優しい。この人がオレリアの母…。確か、婚約者のいたオレリアの父を地位を乱用して無理矢理自分に縛り付けた毒婦だとオロールから聞いたが、そんな印象は受けないな。我が子はさすがに可愛いらしい。
「貴女のお父様は、私の実家…侯爵家の資産を目当てに私の婚約者を罠に嵌め冤罪で投獄させ、その騒動に巻き込まれて大変な状況になったところに付け入って無理矢理私と結婚したのはもう話しましたね?」
…!?どういうことだ!?この毒婦の元婚約者は国庫の横領の罪で捕らえられたはず!それを暴いたのがオレリアとオロールの父であり、それによって英雄視されるようになったのだぞ!?
「うん。お父様は構ってくれないし、お母様を殴るし、お母様の大切な人にも酷いことした。嫌い」
「それでいいのですよ、オレリア。あの男は信用してはいけません。しかし、オレリア。貴女のその黄金に輝く瞳はあの男に利用される可能性があります。だから、どうか。魔法で、隠し続けて。本当に魔法を使うしか無くなる、その時まで。そしてその時には、全てを白日の下に晒すのです」
「…わかった!」
これが。もし、オレリアの追体験というのが本当だとしたら…いや、本当なのだろう。この極大魔法は、私も知っている。歴代の聖女の、神の御技。だが、それであれば。オレリアの母の言葉が本当なら。オレリアの母は、被害者だった?オレリアの父…公爵が、悪?
視界がぼやけ、場面が切り替わる。
「お母様、死なないで、お母様ぁっ!」
「オレリア、よく聞いて。私は突然の病などではなく貴女の父に毒を盛られました。貴女はまだ子供。さすがにあの人も殺したりはしないでしょうが、きっと酷い扱いを受けるでしょう。でも、嘆かないで、前を向いて。いつかこのことを聖女の力を使い公にするその日まで」
「お母様ぁっ」
俺は…何を信じればいいんだ。オレリアの母が嘘を言っているようには、見えない…。でもそれならば、オロールのいつも言っていた毒婦というのは…?
視界がぼやけ、場面が切り替わる。
「初めまして、腹違いのお姉様?私はオロール。お父様に愛された、正真正銘の公爵令嬢よ!貴女はこれから私の小間使い!わかったらその綺麗なドレスを脱いで、メイド服に着替えなさい!たっぷりと上下関係を躾けてあげる!」
…誰だ、この醜い歪んだ顔の女は。これが、オロール?
「オレリア!貴女は本当にグズね!どうしようもない悪い子だわ!何故ドレスなんて着るの!小間使いにはメイド服で十分だと言ったでしょう!」
オレリアを鞭でいたぶるオロールが信じられない。痛い。すごく痛い。やめてくれ、オロール。俺は、こんな女に騙されていたのか…。
場面が切り替わる。
「オレリア!貴様は俺の婚約者でありながら、魔法も使えないんだってな!いくら他で優秀だとしても、完璧でなければ意味がない!お前は婚約者失格だ!オロールの方が俺の婚約者にふさわしい!」
オロールと同じような醜い顔でオレリアを詰るのは、俺か。俺は、最低だ…!
場面が切り替わる。
「王太子殿下はオロールに惚れたらしいな。オレリアはもういらないな」
「ねえ、パパ。王太子殿下はダンスパーティーの場で婚約破棄するんですって!そこで私と婚約してくださるそうよ!」
「なら、それを名目にオレリアを捨てよう」
「毒を与えてあげればいいわ!自害に見せかけてね!」
「それはいいな。さすが私の娘だ」
「うふふ!」
オレリアは、こんな場面を目撃してしまったのか。どれほど辛い思いをオレリアにさせれば気が済むんだ、この親子は。だが、俺も同罪か…。オロールの美しさに目が眩んだ、愚かな俺は王太子になどふさわしくないな…。だが、もう、やめてくれ…これ以上は、見たくない…。
そして、意識を全員が取り戻した。
「…」
「お、王太子殿下!今のは違うの!」
オロールが取り繕うが、もう遅い。
「衛兵!オロールと父である公爵を捕らえよ!」
「はっ!」
哀れな親子が連れ去られる。一方で、四肢を動かせなくなったオレリアは王太子に優しく抱き抱えられる。
「すまない…俺なんかに抱えられて嫌だろうが、医務室に行くまで我慢してくれ」
声を出す力さえないオレリアは、ただ王太子を見つめていた。
その後、オレリアの父である公爵は国を騙した罪で処刑。オロールとその母も連座で処刑。公爵に罪を着せられた、オレリアの母の元婚約者は長きに渡る犯罪奴隷の責務から解放された。国から賠償金も得た彼は、彼自身とオレリアの母の名誉回復に努めている。オレリアは、父を告発し国に尽くした聖女として中央教会で保護されて、穏やかな生活を送っている。
トリスタンは王太子の地位を剥奪され、優秀な弟が新しい王太子となった。ただのトリスタンとなった彼は、中央教会に出家。自らオレリアの世話を焼く仕事を請け負った。例え人様に婚約者を悪だと決めつけた上に浮気までする酷い男だと指を指されても、今は真摯に受け止めている。
声すら出せないオレリアは、表には出せないものの憐れなトリスタンを心の中で嘲笑う。
自分は、今まで蔑ろにされてきた分まで安全で贅を尽くした幸せな生活を手に入れた。四肢が動かなくとも、全てを手にしたような生活は長年妹の小間使いにされてきたオレリアにはやはり心地よい。一方で、今まで散々馬鹿にして蔑ろにしていた女性に傅く元王太子であるトリスタンはもはや憐れだ。心の中で嗤いが止まらない。
トリスタンには、その気持ちが伝わることは最期のその日までなかったが。それはもはやオレリアへの贖罪以外何も無いトリスタンにとって救いだったかもしれない。
『ねえ、元王太子の貴方。私、むしろ貴方に感謝しているんです。真実を白日の下に晒すには絶好の舞台を用意してくださったんだもの。みんな、私とお母様とお母様の大切な人に同情してくれました。みんな、お父様とお義母様と妹を憎んでくれました。だから、ね。あとは、貴方が何もかも失って失意に暮れるその様をこれからも毎日見せてくださいね?可哀想な貴方がすごく大好きです』
彼女は果たして、本当に最期のその日まで幸せだったのだろうか?




