九話 大円盤
ボーリングの玉を投げるように、ゴーレムが自分の拳を切り離し飛ばしてきた。
巨大な岩はドッ、ドッ、と地面を跳ねて俺たちを叩き潰しに転がってくる。
「ノース」
俺は岩が俺たちを直撃する場所を指さす。そこにノースが盾を構えた。
回転する岩にノースは小盾を押し当てガァンと弾いた。岩は方向を逸らして後方へ転がっていく。
「よぉし!」
崖の傍で暴れるゴーレムへとノースを突撃させる。狂乱状態のゴーレムは無茶苦茶に腕を振るが、この状態もこれで六回目だ。
目を砕いては狂乱状態、砕いて狂乱状態と既に一時間以上戦っている。HPが減少したせいか途中からは常に狂乱状態だったし。
長引くのは小盾の攻撃力が低いせいだろうが、いい加減めんどくさい。
「パリィっと」
振り下ろされた腕を受け流しゴーレムのバランスを崩させる。
「そろそろ倒れろ!」
ゴーレムがズンと倒れ伏した直後にノースが思い切り腕を突き入れた。
するとパキンッ、と今までとは違う音が聞こえてきた。
「ん?」
『オオ、オオオオ……』
ゴーレムも雄叫びではなくか細い鳴き声を上げてふらりと立ち上がる。
「倒したか?」
そう口にしつつもノースは下がらせる。
油断したら何が来るか分かったもんじゃないからな。
『オオオオ……』
だがゴーレムは体をふらふら揺らして頭を押さえるばかりだ。
あの手を投げてくる攻撃をした直後は、今までなら回復のため崖から岩を掘っていたがそれもない。
さらに。
「……目が」
赤い目が完全に砕けている。
欠けるだけじゃない。赤く光っていた頭の空洞はいまやただの真っ暗闇だ。……これ今のうちに止めさせばいいのか?
動かないゴーレムへ少しだけノースを近寄らせた時、後ろからガッガッと音がした。何かが近づいてくるような音が。
「お⁉ あ、いやなんだあれ⁉」」
慌てて振り返ると、反対側の崖からクリーム色の物体が近寄って来ていた。
歪な丸い形に手足を生やした俺の胸ほどの背丈の……。
「ちっちゃいゴーレム⁉」
しかも一体だけじゃなく何体も迫ってくる。やばい、こんな数と戦ってられねぇ。さっさと止めを!
そう考え振り返ると、ゴーレムの残っていた腕ががごんと音を立てて落ちた。
コントのようだった。岩を適当にくっつけたような腕ががらがら分離してただの岩になる。
「……??」
わけのわからなさと情報の多さで一瞬頭が漂白される。
だが次の瞬間、分離した岩が手足を生やして動き出したことで一気に我に返った。
「ああそういうことか⁉ これゴーレムの体かよ!」
すぐさまノースに本体を攻撃する指示を出す。
だが適当に脚を攻撃してもがいんと弾かれて終わった。そこで気づいた。
「ちょ、っと待て。カウンターできない!」
ゴーレムは両手を失い蹴りすら出してこない。
パリィして目を狙うのは無理だ。
「いや待て待て待て」
近寄ってくる敵、通らない攻撃。思考がパニックに陥る。
何度投げられたかわからない岩全部が敵になったら勝ち目がない。こいつらが俺たちに近寄るまでに倒さなきゃいけない。
ゴーレムだって限界だ。あと一撃でも目に叩きこめば。
「……あっ」
ふと目に入ったのは深く抉られたゴーレムの脚だった。
そこは暴走状態になってから追加された|深い罅(弱点)だ。
「そこだそこ! ノース! そこ!」
ノースが盾を振るうイメージをしながら子供のように罅を指さす。早く早く! ミニゴーレムがもう来てるから!
ノースは多少ぎこちない動きで罅を削っていく。がしゃがしゃと砂でも掘るようにゴーレムの脚はすり減っていき。
『オオオ!』
バキリとゴーレムの脚がへし折れた。自身の腕から生まれたミニゴーレムを巻き込んでゴーレムは地面へと倒れ伏す。
「よっしゃラッキー!」
俺はガッツポーズついでにノースへ指示を出す。
もはや抵抗すらしないゴーレムの目に、ノースが左腕を振りかぶった。
「これで終われぇぇ!」
振り下ろした拳が空洞へと突き刺さり――バガ、と岩の割れる音がした。
『オ、オ、……』
僅かに身じろぎをして、ゴーレムの体はざらざらと砂のようになって崩れていく。
砂になった部分は少しずつ空中へと消えて行き、最後には風に吹かれるように何もかもが無くなった。
「終わっ、いや、待てミニゴーレム消えてない⁉」
ガッガッとまだミニゴーレムの足音がする。だが振り返ればミニゴーレムたちは俺たちが来た方の通路へと逃げ出していっていた。
その光景に安堵しつつ、ふと広場に来る直前のことを思い出す。
「……そういえばちっちゃい岩のモンスターいたな」
崖の外側に手足の映えた岩がいた。あれゴーレムの幼体みたいな感じ、なのか?
「まあ、とにかく、ようやく……終わったー」
どさ、と地面に尻をついた。
俺の挙動そのままにノースもがしゃんと座り込む。
「あー……」
俺は思い切り息を吐きだして目を閉じた。今ログアウトして眠ったらきっと気持ちいいだろう。
だが、それよりも。
「さて、大円盤に行くか」
俺はすぐさま目を開き立ち上がった。
ゴーレムを倒したのは大円盤へ到達するためだ。休んでいる暇はない。
「左腕もなくなってるな」
進む先の割れ目を見れば、崖から落ちた岩もゴーレムの左腕も無くなっていた。
ミニゴーレムになったのか消え去ったのか。
「まあいいか」
ノースを先に行かせて割れ目へと突入する。
割れ目は俺が通ってきた方と同じように坂道だった。崖の上にまで通じているのだろうか。
「大円盤にかなり近づくんじゃないか?」
心を躍らせながら俺は坂道を登っていく。崖に挟まれた通路は来たところよりも狭く、上も岩がせり出していて暗い。空すらよく見えない。つまらない。
道の先に続く景色を妄想しながら登る。登り続ける。
やがて道の先に光が差した。
「さーてどうなる」
少しずつ坂の頂上が近づいていく。
ゆっくりと日が差してきた。流れ込んでくる風は爽やかだ。
やがて坂を登りきった瞬間、視界一杯に緑が広がった。
「……草原」
坂の向こうは青々とした草花が繁茂する草原だった。
崖の高台から見下ろす形で俺は草原を眺める。
だいぶモンスターの顔触れが変わっていた。グレイゴブリンやグレイスケイルはおらず、代わりに黒い体毛に黒く輝く角の牛が草をはみ、小型の鹿が群れを成して駆けている。
雪や枯れ草のような綺麗だが寂しい光景に比べて、ここは多くの生命が溢れていた。
でもそれよりも。
「大円盤は」
俺は空を見上げた。
その先にある目標を確認するために。
そして、見た。
「――あれ、は?」
大円盤はよく見えた。
雪原のように曇っておらず崖の上の高い場所だからか。
だからこそわかった。
今までただ大円盤とだけ呼んでいて、パッケージにも背景としてしか映っていなかったその正体が。
あれは。
あれは。
「時計……?」
大円盤は地面と平行に浮いている。
地面側に向けるその面には、数字とそれを指す針が見えていた。