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四話 逃げた先に

 クラウンと別れてから五時間ほど。

 雲がかかった空の下、凍てつき枯れた茶色の草原を踏み荒らして俺は走っていた。


「うおおおおお大円盤! だいえんばんんん! はあ、はあ!」


 叫びながらちらりと後ろを見る。

 俺の少し後ろにはノース、そしてさらに後方に複数のモンスターが追いかけてきている。

 

「はあ、はあ! くそっどいつもこいつもプレイヤーより速いわスタミナもあるわ」


 プレイヤー側は数秒走っただけでも息が切れ始めるというのに。


『シャアアア!』


 モンスターの集団から灰色のトカゲが飛び出してきた。

 名前をグレイスケイル、序盤のモンスターでは最も移動が速く捕捉されたら逃げられない。


『シャアッ』

「やべっ、ノース!」


 グレイスケイルが牙をむいて跳びあがった。弾丸のように迫るグレイスケイルへ俺は咄嗟に指を鳴らす(・・・・・)

 その瞬間ノースが弾かれたように右手に握る剣を振るった。


『シュウ……⁉』


 ギシリと音を立てて振るった剣は宙を跳ぶグレイスケイルの首を正確に斬りつけ地面へと叩きつけた。

 その一撃が弱点に命中クリティカルしグレイスケイルは宙へ溶けてゆく。

 一先ずの危機は去った。

 だが。


「逃げきれなかったか……!」


 剣を振るったノースが足を止めてしまい、その隙にモンスターが追い付いてきた。


「はあ、はあ……まあ仕方ない。どっちみち逃げ切れなかったしな」


 俺は近くにあった木を背にして立ち盾のようにノースを前方に立たせる。ノースは右腕に剣、左腕に盾を装備して腰を低く構えた。

 モンスターは俺たちを囲んでその足を止める。


「様子見モーションに入ったか。ラッキー」


 息を整えながらモンスターの種類を見る。

 左からグレイゴブリン一体、グレイスケイル一体、ルストスライム一体か。

 全員が俺たちの様子を伺うように右へ左へと移動している。


「来るならグレイスケイルが一番楽なんだけどな?」


 軽口を叩いた直後に突撃してきたのはルストスライムだった。


「一番厄介な奴ぅ!」


 錆色の粘液がゴポゴポという気泡のような音を出し接近してくる。粘液だというのに草の上を滑るような素早い移動だ。


「ああもう……!」


 慌てて俺が木の後ろへ下がると同時、ルストスライムが急にその体を圧縮する。

 直後にどぽんと玉状の液体を発射してきた。


「……!」


 あれだけは避けなければならない(・・・・・・・・・・)

 俺は背筋が冷えるのを感じながら前へと踏み込むイメージを持って足を出す。

 その瞬間、ノースが前方へぐんと突撃した。姿勢は低くし液体を避けて、スライムへと剣を振るう。

 ギシリと腕を鳴らしながら剣はスライムの体を捉えて切り裂いた。

 五時間の練習によって可能になった操作の簡略、それが上手く機能している。

 だが。


「くそっ外れた!」


 剣はスライムの体から液体を飛ばしただけで終わった。

 ルストスライムは体内に核がありそれを潰せばあっさり倒せる。しかし剣で的確に潰すのはかなり難しい。

 だから嫌だったのに最初に来やがって!


「今は駄目なんだよ、今は……!」


 ノースが振り切った右腕を戻す時ギシギシと音が鳴った。


『シャアア!』


 それに気を取られた瞬間グレイスケイルが突進してきた。


「やべっ」


 ノースはまだ剣を振るえる体勢じゃない。

 グレイスケイルはその隙を縫うようにバタバタと走ってきて――ノースの横をすり抜けた。

 ノースを完全に無視したグレイスケイルは走る勢いのまま俺へ(・・)と牙をむいて跳びかかってくる。


「だああ!」


 急いで木の陰へ隠れると、グレイスケイルは木へぶつかるように牙を突き立てた。

 グレイスケイルは人形を完全無視してプレイヤーにのみ攻撃を仕掛けてくる。操作に慣れないプレイヤーをぶっ殺しに来るようなモンスターなのだ。

 木を噛み砕きながら縦長の目がこちらを睨んでいる。


「パニックホラーかよ!」


 思わず声を上げつつ、俺はノースが剣を振るう様をイメージしながら右腕を後ろまで振り切った。

 人形への命令の簡略化にはイメージが重要になる。

 俺が剣を振るうのではなくノースが振るう。その映像が鮮明に思い描けなければ人形は自由に動かせない。

 俺が想像したとおりにノースはこちらへと走り出し、木に張り付くグレイスケイルへ背後から斬りつけた。


『シャアッ⁉』


 ぼとりと木から落ちたグレイスケイルへ、俺はさらに右手を握りしめる。イメージするのはトカゲの喉に剣を突き立てるノースだ。

 ノースはぎしりと右腕を動かし、逆手に握った剣をグレイスケイルの喉へ突き刺した。

 その時、赤茶けたノースの右腕が目に入る。

その色は錆だ。一々ぎしりと鳴る不協和音はノースの腕が不調であることを示している。


「あっ⁉」


 腕から後ろに目が行く。

 ノースと木の陰になる場所でルストスライムが再び体を圧縮している。


「避けっ」


 俺は咄嗟に足を動かすがノースが避け切るよりルストスライムの液体が速かった。

 どばんと玉状の液体がノースの右腕に当たり弾ける。


「くっそ!」


 ルストスライムを指させば振り返ってノースが突撃していく。

 俺が指さすのはルストスライムの核、そこに意識を集中させノースが切り捨てる像を思い描く。

 剣は今度こそルストスライムの核を捉えて消滅させた。


「よし。いやよくねえ」


 後ろから見えるノースの腕は前よりも広く錆に覆われていた。

 状態異常、【錆】。

 ルストスライムは人形を【錆】状態にする液を吐く。【錆】はかかった部位を動かしづらくし動作に制限をかけるものだ。

 一時間ほど前にもノースは右腕に【錆】を食らっている。


「お前嫌いだ!」

『ギイイ!』


 愚痴を言う間にも更なる攻撃が来る。

 最後に残ったグレイゴブリンは一対一なら楽な相手だ。だが今のノースは剣を振るうのに相当の制限がかかる。

 ノースは攻撃する暇がない。逃げるのも無理だ。だがこれ以上の攻撃は受けたくない。

ならば。


「新しい装備を試そうか」


 俺は右手を引いて左手を前に出し、脚を開いて腰を落とす。

 簡略ではなく俺の動きそのままにノースは動いて右手に握る剣を引く。

 そして左腕の新たな武器、『黒曜石の小盾』を前面に出した。


『ギイイ!』


 グレイゴブリンは跳びかかってきて斧を振り下ろそうとしている。

 その動きをノースの後ろから見極める。

 上から下へ、振り下ろされ、斧が直撃する、その瞬間に。


 斧へ小盾を当てて受け流す。


『ギッ⁉』


 グレイゴブリンが力いっぱい地面を叩く。バランスを崩し顔が下を向いた。

 その瞬間に俺は右手を振り下ろした。


『ゲッ』


 ノースはグレイゴブリンの首を断ち切った。

 グレイゴブリンは断末魔と共に溶けるように消えて行く。


「……終わった? 終わったんだよな?」


 辺りを見回してもモンスターはいない。増援が来る様子もない。

 それを確認して俺は思い切り息を吐く。


「はああ~~~~~~」


 つ、疲れた。

 三対一、簡略操作、まだ慣れない小盾パリィ、しかも今はなるべく傷つかないようにというハンデまで。


「ふうーーーっ。……よし、進むか」


 だが休憩する暇もなくノースを畳んで俺は再び歩を進める。

 ノースのステータスを確認しつつも、隠れるように。


「これ以上ダメージ受ける前に行かなきゃな」


 急ぎながらも慎重に、姿勢を低くして俺は歩く。俺のスタミナが僅かに削れていくが構わない。

 何よりも重要なのはモンスターに出会わないことだ。


「スタミナは回復してもノースは回復できないからな……」


 人形のHPは面倒なことに頭や腕など各部品ごとに設定されている。

 ノースの部品のHPは全身ほとんどが半分以下になっていた。しかもこれは工房に戻らないと回復できない。


「五時間はやりすぎたなぁ」


 大円盤を目指して進みながら、操作練習のため道中でひたすらモンスターと戦う。

 ノースがボロボロなことに気づいたのは引き返せない程に進んでからだった。


「……」


 ゆっくり、ゆっくりと進んで行く。

 モンスターの目を掻い潜るのはあまりに遅くて面倒だ。

 でも苦じゃない。元々じっくり進むのは嫌いじゃないし、何より。


「目標が見えてるのはいいな……」


 大円盤は目に見えているし、ほんの少しだが近づいているとわかる。

 テストの点数もそうだが目に見えるというのはいいものだ。


 時々独り言を呟き、鼻歌を歌い、隠れ進んで行くうちに。

 やがて岩の崖が見えてきた。


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