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三話 目標二つ目

 声は俺のすぐ後ろから。振り返ると人形を連れたプレイヤーがいた。

 黒髪のショートヘアで黒いコートを纏うイケメンだ。名前は頭上にクラウンと表示されている。

 クラウンの後ろには黄と赤が基調の派手な姿をしたピエロのような人形が、右手を頭に左手を腰につける変なポーズで立っている。


「やあ、立てるかい?」


 クラウンは俺の傍に膝をついて手を差し出してきた。

 だがその手よりも後ろにいるピエロに俺は注目してしまう。


(動いてない)


 ピエロは膝をついたクラウンの行動を真似ることもなくニコニコ笑顔で佇んでいる。


「? あの」

「あ、すいません。どうも」


 声をかけられ我に返る。手を取ると軽く引っ張られて立たせられた。

 あれ? この人……。


「操作に苦戦してたのかな。さっきも転んでたし」

「うっ」


 ストレートな言葉に思わず顔を手で覆う。

 あの変な格好してすっころぶのを目撃されてたとは……。

 羞恥に俯いていると遠くからがしゃん、とノースの動く音がする。見ればノースはかなり離れた場所で明後日の方を向いていた。


「ああ俺が向いた方をそのまま見てるのか……どうするかあれ」

「最初は自分の動くようにしか人形も動かせないしね。とりあえず糸を切ればいいんじゃないかな」


 クラウンが俺の指輪を指して言う。


「糸? この伸びたやつです?」

「人形は糸でプレイヤーと繋がっているよね。一旦切れば同期しなくなるから」

「おお……糸って切れるんだ」

「ん? うん」


 一瞬クラウンが何を言ってるんだこいつって目をしたな。

 マジでこれチュートリアルでやるようなことだったのか。


「あのすみません。ちなみにどうすれば」

「指輪を右に回すんだよ」


 指輪は回すのに少し硬かったが力を入れれば確かに回ってぶつりと糸を切った。

 切られた糸はふわりとほどけて宙に消え、その瞬間体を巡っていた何か力のようなものも落ち着いていった。


「おお。ありがとうございま――」

「あ」


 礼を言おうとクラウンの方を見ると、何故かクラウンはノースの方を見て口を開けた。

 なんだと思って振り返れば。


『ギイ!』

『ギッ!』

『ギイイ!』


 ノースがグレイゴブリン三体によって袋叩きにされている。


「おわーっ⁉」

「リポップしたみたいだ。ごめん、タイミングが悪かった」


 ぶんぶん腕を振ってみても当然ノースは動かない。緊急時にすぐ接続する機能ぐらいあってもよくなぁい⁉

 慌てる俺の横でクラウンがヒュ、と右腕を振るった。


『ゲッ……!』


 直後ノースを殴っていたグレイゴブリンに大ぶりなナイフが突き刺さる。

 驚きで振り返ると、右手を振り切った姿勢のピエロがクラウンの後ろでぴょんぴょん跳ねていた。


『ギイイ!』


 グレイゴブリンは激昂してこっちに駆けてくる。当たった一匹だけでなく全員でだ。


「ごめんね。お詫びに引き離すよ」


 クラウンは申し訳なさそうにしながら右手の指を弾く。

 するとピエロはぎゅみっぎゅみっとおもちゃみたいな音を出して高く跳ね、俺たちからもノースからも離れた場所へと着地した。

 さっきまでこっちへ来ようとしていたゴブリンは、ぐんと曲がってピエロの方を追いかけていく。

 その操作に注目しているとクラウンから「回収してあげて」と目で言われた。


「あ、あざます」


 色々一気に起きて整理がつかないがとりあえずノースは回収しないといけない。

 ああ、でもあの動きが見たい。クラウンは一体どうやってピエロを動かしてるんだ。


『ゲッ……』


 気になって振り返ると、グレイゴブリンの一匹が既に止めを刺されていた。

 首から赤いポリゴンを吹き出し消えて行くグレイゴブリンの横で、赤い唇のピエロがぴょんぴょんと跳ねていた。


『ギイッ!』


 猟奇的な光景にも怯まずグレイゴブリンの一体がピエロへ飛びかかっていく。

 もう一体は距離を取って様子を見るようにうろうろしていた。

 それを見てクラウンが指を鳴らす。バキン、とピエロの太い指が縦に割れ中から大ぶりなナイフが現れた。

 クラウンが軽く左右に指を振ると、ピエロは飛び跳ねながら両手を振るいナイフを投擲する。


『ギッ』

『ゲッ!』


 グレイゴブリン二体の全身にナイフが突き刺さりグレイゴブリンが怯む。

 怯んだグレイゴブリンへクラウンが緩く手を向ければ、ピエロがぽんと跳び一気にグレイゴブリンへ肉薄する。


『ギッ……⁉』


 突撃していたグレイゴブリンの首へピエロは両手のナイフを突きこみ左右へ引き裂いた。

 その一撃でグレイゴブリンの体がポリゴンへ変わっていく。


『ギッ!』


 立ち直ったグレイゴブリンが今度こそピエロへ跳びかかった。

 文字通り跳んで思い切り斧を振り下ろすという単純な攻撃に、クラウンは――動かない。

 身振り手振りによる指示を出さない。腕を組んでただ見ている。


 だが斧が当たる直前、ピエロは動き出した。

 ふざけたようにぐにゃりと体を捻りピエロは振り下ろされた斧を避ける。

 同時に勢いづいたグレイゴブリンの喉へナイフを突きこんだ。


『ゲェ……』


 グレイゴブリンはカエルのような声を上げて消えて行く。


 俺はその戦闘にただ魅入っていた。



■  ■  ■



 最後まで戦闘を見届けた後、クラウンに「回収しないの?」と指摘されて俺はようやくノースを回収しに行った。


「ダメージは思ったほどじゃないな」


 人形のHPは全体的な統括じゃない。各部位にHPがそれぞれ存在し、いちいち一つ一つを確認しないといけない。これも面倒だな。

 ただノースのダメージは攻撃された腰や足に少しだけだ。耐久が高いからか?


「大丈夫だったかい?」


 安心していると横のクラウンが首を傾げていた。


「はい。色々ありがとうございました」

「私のせいで糸を切らせてしまったからね。お礼を言われることじゃない」

「いや俺が教えて貰ったことなんで! 全然! そちらが気になさることでは!」


 俺はチュートリアル飛ばして勝手にパニくってただけなのだ。これ以上謝られたら申し訳なさで死んでしまう。


「よければ操作を教えようか? 正直かなり難しいというか面倒というか……といって私もプレイ時間は一日未満なんだけれど」

「いや、大丈夫! です!」


 チュートリアル飛ばしといて人から教わるのはちょっとダサい気がしてしまうんです!


「そ、そう?」

「はい。色々ありがとうございました。今更だけど俺はサウス、こっちの人形がノース、よろしくです」

「私はクラウン、後ろのがピエロ、よろしく。ああそれとできれば敬語はやめてほしいんだ」

「はあ、敬語」

「私はロールプレイでこの口調をしているんだけど、慣れていなくてね。そちらも遠慮しないでくれるとありがたいんだけど」

「じゃあ遠慮なく。ていうかロールプレイなんだな。王子様?」

「そんなところだね。クラウンも道化じゃなく王冠の方なんだ」

「似合うなぁ」

「そう?」


 クラウンは照れたようにはにかむ。その顔にすら気品が感じられるというのは言い過ぎだろうか。人形を操ってる時でも立ち振る舞いは優雅だった。

 しかし王子様か。


「……」

「ん?」

「ああいやなんでも」


 この人女性アバター(・・・・・・)だよな? 男装女子、王子様系女子ってやつか。


「ちなみにサウス君はこれからどうするのかな」

「え、ああ。あそこに行くんだ」


 俺は彼方の大円盤を指さした。

 クラウンはそれを見上げ目を細める。


「あそこは……おっと」


 何か言いかけてクラウンは口へ手を当てた。


「え? なんか意味深?」

「ああいや、野暮なことを言ってしまいそうになっただけだ。気にしないでくれ」

「そうか。まあ色々助かった、ありがとう」

「気にしないでくれ。それじゃ」

「あ、ちょっと待って」


 手を振って去ろうとしたクラウンが足を止める。


「最後に一つ聞きたいんだけど」

「うん?」

「……あの身振り手振りとか、自分が動かずに人形操作するのって、チュートリアルでやった?」


 俺の問いに、クラウンは僅かに首を傾げて。


「いや」


 と首を横に振った。


「あれは遊んでるうちに身に着けたのと、他の人の動きを見て参考にしたんだ。チュートリアルでは基本的な動きの確認だけしかしなかったよ」

「そうか。……ありがとう」

「それでいいのかい? じゃあ、また」

「ん、また」


 ぎゅみぎゅみと跳ねるピエロと共にクラウンは去っていった。

 去って、見えなくなるまでじっと見つめる。

 あのピエロとクラウンの操作の仕方。


「よかった。チュートリアルじゃないんだな。やり直さなくていい。追いつくだけでいい」


 大円盤から遠のくような手段は取りたくなかった。よかった。


「じゃあ大円盤目指すついでに操作に慣れるか」

『シューッ』


 ちょうどモンスターが出てきた。

 少し遠い場所から、灰色のトカゲが雪をもこもこと掻き分けてくる。


「……目標二つ持つのって初めてか?」


 自分の心に疑問を抱く。

 大円盤を目指したい。あの戦い方を身に着けたい。

 それがどちらも同じ大きさで心にある。


 クラウンが軽く手を振るだけでピエロは方向転換もジャンプも行った。

 指を鳴らせばギミックのナイフが現れ、振ればそれを投擲する。しかもピエロはずっと飛び跳ねていたのにナイフはちゃんとグレイゴブリンに命中した。


「どうやってやるんだろうな。思考操作? それとも指の動きのパターンとか?」


 俺はようやくこのゲームについて考えを巡らせ始める。

『大円盤を目指す』。それだけしか考えていなかった頭が必要なことを拾い始めた。


「ストーリーもスキップしなきゃよかったかな。大円盤のヒントとかあったかもな。あーくそ! まあいいや切り替えよう!」


 グレイスケイルへ剣を向ける。

 ひとまずは憂さ晴らしに体を動かそう。とにかく試すんだ。動かし続けて感覚を掴む。

 何度でも何度でも、だ。


 この時、クラウンというプレイヤーと出会ってようやく、俺は『Dolls Revolution』というゲームを遊び始めた。


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