二話 失敗
帰ってきてすぐ俺はVRバイザーを被る。
「さて、じゃあキャラ制作から始めるか」
周りは白一色の味気ない世界だ。ゲームを起動して早速キャラメイクに入る。
「えーと、いつものでいいかな」
以前のゲームで作ったキャラをそのまま転用し映し出す。
黒髪に藍色の瞳、年齢は自分と同じぐらいの男性アバター。
「名前はサウスで、決定」
名字の南を英語にした名前だ。
次へ進む。
「おっ」
辺りの空間が渦を巻いて変わり、やがて景色が桜散る並木道に変わった。
今回は国の選択だ。
選べる国は三つ。
四季に溢れ木材製人形を扱う和風の国『りゅうず』。
雪山に囲まれ鉱石製人形を鍛える洋風の国『ペンデュラム』。
幻想的な生物が多数存在し生物の骨や皮で人形を造る中華風の国『辰針』。
「ここはりゅうずの景色か? 和風だしな。……で、これが人形か」
俺のすぐ目の前にはりゅうずの人形がいる。
腰に刀を佩き着流しを纏った侍だ。これがりゅうずで作れる基本の形らしい。
「これ、かな」
俺はとりあえず国を全部見てから雪山が映っている画面を選択した。桜並木がレンガ造りの街並みに変わる。足元には雪がうっすら積もっていた。
今選んだのはペンデュラムという西洋風の国だ。
ペンデュラムの人形は騎士のような甲冑で、雪景色に銀色の姿が良く映える。
「侍もいいけどこっちが好みだなー。辰針はちょっと不気味だし……」
辰針の人形はキョンシーだった。骨に皮が張り付いた姿がちょっと不気味で選ぶ気にはなれない。
てかなんで侍、騎士と来てキョンシーなんだ?
「ペンデュラムで決定」
国を決定すると同時に俺の服装が変わっていく。
黒いベストの上に灰色の毛皮のポンチョ、そして分厚いズボンに毛皮の帽子と雪国っぽいものになった。
「次は……」
景色が再び移り工房のような場所になる。
六畳ほどの一室の中だ。真ん中には人が寝れる大きさの台があり、その上にさっきの甲冑が仰向けに置かれていた。
「人形の制作か」
このゲームの目玉と言っていい工程だ。
台に近寄るよう指示が出て、言われた通り近寄ってみると工房内に無数のパーツが表示される。
パーツとは、人形の体を構成する部品だ。
頭や腕、体等の部品を組み合わせて人形は出来ている。
部屋の隅には小さな炉や金床、様々な道具が置いてあるがこれはまだ使わないようだ。今の作業はパーツを選んで組み立てることか。
「キャラメイクとほとんど変わらないよな」
呟きつつ俺はパーツをざっと眺めていく。
パーツにはステータスがあり、組み合わせによっても数値は上下する。最初に悩むのもあれだし、パーツは作ることもできるらしいのでさほど悩む必要はないだろう。
「騎士は耐久と器用さに特化してるのか。……人形の器用さってなんだ?」
まあ特化といっても初期パーツ。少し数値が変わるだけだ。このままでもいいか。
「決定」
人形の装備やカラーリングは特にせず俺はあっさりと決定を押す。
「まあ大円盤が目指せるならそれでいいし……」
そしてこれが最後の工程。
「名前は……どうしようか」
名づけ。
少し悩むところだ。自分の名前は他のゲームでもよく使っていたものだが。
「単純にノースでいいか」
サウスの反対と、後ペンデュラムは北国っぽいしな。
これでプレイヤーアバター、所属国、人形が決まった。
ようやくゲームを始められる。
■ ■ ■
――人類は敗北し「あ、ストーリーはスキップで」
――操作説「あ、チュートリアルもスキップ」
PVで見たストーリーと面倒そうな操作説明を飛ばして俺は目を覚ました。
「んー、っと」
軽く伸びをして立ち上がる。
ここはキャラメイクをした工房だ。目の前にはさっき組み立てた人形、ノースが台の上に横たわっている。
天井のランプが銀色の体を輝かせていた。
「おぉ……キャラメイクよりだいぶ印象が違うな」
雰囲気かゲーム内での感覚差か、より光沢を感じながら台に近寄る。
すると台上にウィンドウが現れた。
『整備/活動』
人形の操作選択だ。整備は傷ついたり壊れたパーツの修理、パーツそのものの交換や追加、活動はフィールドでのバトル等を行うため連れて行くものか。
俺が活動を選ぶと、ノースの体を折り畳む(・・・・)ように指示が出てくる。
「折り畳むってなんだ……?」
指示に従うとノースの兜が縦にばかりと開く。
「おお」
兜の中はがらんどうではなく歯車やフレームがあった。それらがギリギリと音を立て胴体、腕、足の順に畳まれていく。
最終的にノースは片腕に抱えられる程度の大きさになった。
「どうやって畳んでんだ……? ていうか連れて歩かないんだな」
PVだと普通にフィールドで歩いてた気がする。
連れ歩かない理由はもしかしてチュートリアルにあったのだろうか。
「まあ、いいか。行こう」
三十センチ四方の塊になったノースを革のカバンに入れて背負い、俺は工房の扉へ手をかける。
僅かな興奮と共に扉を押し開け外へ出た。
その瞬間に冷気が体へ吹き付けた。
「さむっ」
思わず体が硬直する。と同時に目に入ってきたのは雪の降り積もる街並みだった。
黒い土の地面はむき出しだが、端や建物の屋根には薄く雪が積もっている。よく晴れた空の下で白と黒のコントラストが映える。
建物は全て同じような外見だ。壁に木枠が埋められた三角屋根で、煙突が突き出ている。
家からは人形を連れたプレイヤーらしい人々がそこかしこで出入りしていた。ここはプレイヤーの工房が多く集まる場所らしい。
「リリース直後だけあって人集まってるなぁ」
街の景色を眺めながら外へ続く道を歩いて行く。
「とりあえず動かし心地確かめようか」
ペンデュラムの街は高い壁に守られている。外壁の門を通ってようやく俺はフィールドへと出た。
「おぉ……」
フィールドは雪原だった。どこまでも続くような雪の大地。左には居座るような山脈があり。
そして、何よりも。
「円盤」
前方の遥か先、霞むほど遠くそれでいて見上げる程の高さに巨大な円盤は地面と平行に浮いていた。雪に包まれたフィールドは空が薄く曇っていてその輪郭をはっきり捕らえることはできない。
円盤に繋がるように高い建物があるが、それは円盤よりさらに霞んで良く見えない。
「どういうのなんだろうなぁ」
何度見ても興奮する光景だ。
ただのオブジェクトだとしても全く意味がないわけじゃないだろう。
俺は見上げながらふらふらと雪原に足を踏み出した。だが何歩か歩いたところで足が何かにぶつかりつんのめる。
「うおっ」
『ギッ⁉』
俺が驚くのと、しわがれたガラガラ声が悲鳴を上げるのは同時だった。
咄嗟に目を向ければ驚いた顔のそれと至近距離で目が合う。
「……あ、敵?」
それは雪原を徘徊している敵モンスターだ。
PVで言っていた人類の敵であり、侵略者。
モンスターの身長は俺の腰ほど、頭が大きく体も手足も細い。雪のように白いが節のあるごつごつした体をしている。
モンスターの頭上にはグレイゴブリンと表記されていた。
『ギッ、ギッー!』
俺が接触したことで敵と判定したのだろう。グレイゴブリンが手に持つ石を振り回してきた。
石斧でもなく、本当に持ち手があるだけの石だ。
「おわっあぶなっ!」
がむしゃらに振り回されるそれから逃げる。
距離を確保したところで俺はカバンを背から降ろした。
「よーし、こっちでの初戦闘だ」
PVで見ただけだが操作は覚えている
太陽の下、雪原の中、輝く黒い指輪をカバンの窪みへカチリとはめ込む。
引き離すとシャッと鋭い音と共に指輪から糸が伸びた。
糸を通して何かが接続される感覚が全身に走り、同時にノースの体が折りたたんだ時の逆再生のように展開され始めた。
逆になっていた腕はガチリと元に戻り、半分に割られた鎧がくっつき合い兜のバイザーをノースはその手で降ろす。
「行くぞノース」
雪原の中に銀色の騎士ががしゃりと降り立った。
続いて俺は腰を低く構え左手で緩く右手を掴んだ。
俺の動きにノースがラグなく連動する。
腰を低くして左手に右手を近づけるノースの体から、ギリギリという歯車の動く音がかすかに聞こえた。
「ギミック:ショートソード」
ノースの手の甲が右から内部から柄が現れる。
それをノースはがしりと掴んで引き抜いた。
『ギィイ!』
その隙を狙ってかグレイゴブリンが突撃してくる。
力任せに振り下ろされる斧を俺は一歩引いて避け、同時に右手を横に振るった。
ノースは俺の動きの通り、僅かに胸の辺りを削られながらも石斧を躱し――引き出した剣が横一線。グレイゴブリンの首を掻き切った。
『ギッ……』
その一撃が致命的だったのかグレイゴブリンは力なく声を上げる。
グレイゴブリンは体のポリゴンを弾けさせ空気へ溶けるように消えていった。
「よし」
初めての戦闘はあっさりと、だが手ごたえを残して終わった。
操作方法はPVで見ただけだったけど特に問題はなかったな。
「じゃあこのまま行くか」
霞掛かった空に浮かぶ大円盤へ目を向ける。
あれだけ遠い場所だ。今すぐ辿り着けるとは思っていない。
どれだけ遠いのか、どれだけ長くなるのか。
それもまた楽しみだと俺は歩を進めていく。
が。
「あれ?」
数歩行って気づいたが、ノースが微妙に俺と別方向に行ってしまっている。
俺がまっすぐ進んでいるとすると、ノースは少し右の方にズレていた。
「向き直して……あ、ズレる」
人形は俺の動きを忠実にトレースする。
だから俺が直そうとしても向こうも普通に動くわけで。
「ちょ、この、動くな! こんの、面倒くさいな操作が!」
犬が自分の尻尾を追いかけるように、いつまでもノースの向きは直らない。
「逆にどうやってズレたんだよ⁉ ……よし、この姿勢なら!」
頭を進行方向に向けながら体を捻って斜めに歩けばズレは無くなる!
「よし、行くぞ!」
一歩目でこけた。
「難しすぎるわーーーー!」
くそっ、チュートリアル飛ばさずに見ておくべきだったか⁉ 相変わらず俺は急ぐと失敗が多くなる……!
戦闘よりよほど難しいただの歩行に地面を叩いていると。
「大丈夫?」
涼やかな声が耳に響いた。