十五話 二時間
ゴーレム戦を語るにつれクラウンの複雑そうな表情は困惑へと変わっていった。
「最後は小盾でゴーレムの脚を削り切って、どうにか目壊して倒した。あのままミニゴーレム相手してたら俺大円盤見れてなかったな」
「……なんというか」
クラウンは戸惑ったように口元へ手を当てる。
「うん、……よく倒せたね」
「多分受験前の追い込みぐらいには集中してた」
こつこつ積み上げてきた自信へ常に不安の波が打ち付けてきたあの時――いややっぱあの時ほどじゃないわ。
「受験はね、まあ大変だったけれど。それにしても左腕をそのまま投げてくるような行動があったんだね」
「そっちだとなかった感じ?」
「腕の一部を投げてくることはあったけど左腕そのものはなかったかな。ボス戦からプレイヤーが逃げようとした時専用のモーションなのかも」
「あれでノースの右腕壊されたけど、ゴーレムから左腕無くなって楽だったことの方が多かった気がする。弱体化だったのかもな。クラウンたちはどういう風に倒したんだ」
「基本的ににゃーさんという人が弓で目を狙っていたね。私はにゃーさんへターゲットが行かないよう囮を、前衛はゴーレムの脚を崩して残り二人は遊撃とにゃーさんの護衛だった」
「凄い理想的な編成だな。……あとにゃーさんはどこまで名前?」
「名前ではなくあだ名なんだ。そう呼んで欲しいと言われてね。そんな風に目を攻撃していたんだが、にゃーさんがほとんど百発百中で当ててくれて……多分様子見含めて五分もかかっていないな」
「はやっ」
俺の苦労は一体。
いやそもそもオンラインゲームで一人でボロボロで武器弱い状態でボスに挑んでんだけどさ。
でも五分。
五分か。
「……五分かぁ」
「それにしても、聞いた限りですらかなりノースが消耗していそうだね。あまり酷いとアイアン・メイデックでも直らないかもしれないよ」
「えっ」
「私達が草原で全滅した時も人形が壊れかけた人がいたんだ。HPがほとんど残っていない程の損傷だったようで彼女の工房では直せなかった」
頭に傷だらけのノースが浮かぶ。
右腕は仕方ないとして他のパーツもかなり深刻な状態だったはず。
「あれ直るかなぁ……⁉」
「見せてもらってもいいかい? 直せるかどうかはわかるし直す場所も案内ぐらいならできるよ」
「いや大丈夫、大丈夫。流石に自分で探す」
「でもすぐにまた大円盤へ行くんだろう。ここで状態を知っておいた方がいいんじゃないのかな」
「う」
純粋にこちらを心配している様子のクラウンの言葉が胸を突く。
大円盤へすぐ行く。今度は行ける。工房へ招かれる前確かに俺はそんなことを言った。
実際大円盤へ必ず辿り着くという気持ちは変わっていないのだ。いないのだが。
六人で五分って言われるとさぁ……!
これまでの時間が無駄とは言わないけどもっとこう、短時間で行く方法あるじゃんって……!
「いや」
俺はクラウンの言葉を押し留めるように手を突き出す。
「まだ、行かない」
「うん?」
「クラウンの話聞いてるとゴーレムに時間かけるのはちょっと、どころじゃなく非効率だってわかったから……一旦、一旦ノースのこと直してからにする。今は、いかない」
俺の宣言にクラウンはほんの少し目を丸くして、その表情が苦笑に変わっていく。
「はは、そんな身を切るように言わなくても」
「色々聞いといて結局行かないんかーいって感じだし……」
「それは、まあ気にしなくていいさ」
クラウンは口元を手で覆う。
「……私もサウス君の話が聞きたいから招いただけだったし」
「なんか早口で隠しといた方がいいこと言わなかったか?」
「言ってないよ」
クラウンは小首を傾げてふわりと笑った。
この人自分の顔の良さを誤魔化しに使いやがった……。
「それはそれとして人形の状態は見たいな。ゴーレム相手にどれぐらい傷ついたのかが気になるんだ。なんなら情報料ということで」
「いや見せるのはそりゃいいけど。むしろ俺のためになるし」
ずいと近寄ってくるクラウンを手で押し留める。
人形に関することでは滅茶苦茶強引だなこの人。
「人の作業台にも乗せられるか?」
「そういえば、どうだろうね。一度試してみてくれ」
ノースを取り出し作業台へと乗せる。特に弾かれることもなくノースは展開できた。
「これは、中々だな」
ノースの体を見た瞬間にクラウンは眉を寄せる。
俺も改めてノースを観察してみる。頭や腕には内部が剥き出しになるほどの噛み傷、胴体はべこりと凹み脚は表面が削られるような細かい傷が多い。
「……思ってたより傷ついてるな。やっぱりやばい?」
「そうだね……ん」
何かに気づいた様にクラウンがノースへ手をかざす。
するとクラウンの目が大きく見開かれた。
「おお……」
「え? 何?」
「ステータスが見える。他の人の人形なのに。あ、見てよかったかい?」
パッとクラウンがこちらへ顔を向けてくる。俺は焦ったようなクラウンへ思わず頷いた。
「それは、いいけど。そんな機能もあるんだな」
「私も知らなかった。修復もここで出来るようだ」
覗き込むようにクラウンはステータスを閲覧している。
その横で俺は作業台の方に目が行っていた。
人の人形でも乗せられるしそのステータスも見れる。その上修復まで。
それは、譲渡してないアイテムを他人が弄れるのと同じなんじゃないのか? いや作業台に乗せた時点で権利を渡したようなものなのか。
「……うん、なんとか大丈夫そうだ。危険域には達していないよ」
「んっ。あ、マジで」
クラウンの声で我に返る。
「うん? どうかしたかい?」
「いやなんでも」
何に引っかかっているのか自分でもわからず俺はとりあえず誤魔化した。
クラウンは「そう」と納得してノースを手で示す。
「無くなった左腕以外は直るだろうね。ただだいぶ時間はかかるだろうけど」
「おお、ありがとう。ちなみにだいぶってどれぐらい?」
「……二時間、とか?」
「おっ、あ。おお⁉」
「アイアン・メイデックで直すのってものすごく時間がかかるんだよね。ムシュフシュが回復薬を欲しがる理由の一つでもあるんだけど」
「にしても二時間は長くねぇ⁉」
クラウンはただただ苦笑を返してきた。
そりゃ発展させないといけねーわな!
「待ってそれまで何もできないってこと⁉」
「いやパーツの製造は一応できるね。こっちもそこそこ時間がかかるから合間にやるのはいいかもしれない」
「あ、そうなんだ」
じゃあ右腕造るうちに直せば……。
「ただ素材が足りるかな」
「え、多分結構あるけど」
「パーツ一つに素材数種類が百個単位で必要だね」
「足りねぇ!」
この後、俺は修復を終わらせた後に疲労でログアウトした。