十話 絶対
見間違いかともう一度目を凝らす。
大円盤は雲より高くにある。流れる雲に姿が遮られ、霞がかかるようにぼやけるためわかりづらいが。
「9……っぽく見えるな」
確かに数字は見えた。彫られているのか、描かれているのかはわからないが、
そして矢じりのように尖ったものがその数字へ被さるように向けられている。
「……時計とも言い切れないか?」
改めてみたら9に見えたものは別の模様にも見える気がする。
矢じりのような形は時計の針とは別物の気もする。
直感的には時計に見えたが……。
「ま、いいか」
思考を切り捨て俺は大円盤から目を離す。
正体が何であれ〝大円盤へ辿り着く〟目標に変わりはない。
「とりあえずここどこなんだ? 崖の上?」
後ろを見ると崖がまだまだ上に続いていた。崖というより恐ろしく高くて厚い壁のようだ。
今俺が立っている高台は崖の中間ぐらいだろうか。
左右には下の草原に降りるための階段がある。階段と言っても岩がそれっぽく削れているだけのようだが。
「なるべくモンスターとは戦いたくないけど」
高台の淵から草原を見下ろす。近くにいるのは牛や馬で、どいつも大人しそうに見えた。
あれが積極的に攻撃してこないなら楽なんだけどなぁ。
『ピュイーーー』
「んあ?」
高い鳴き声がどこかから聞こえてきた。
崖に反射して響くそれは鳥の鳴き声のようだ。
「上? うおわっ!」
上空からいきなり何かが突撃してきた。
咄嗟に横へ転がるとヒュウと風切り音を立ててそれは背後へ過ぎていく。
それは恐ろしい速度で崖に迫り、だがぶつかる直前で軽く羽ばたき崖スレスレを飛んでいった。
「鳥か」
襲ってきたのは銀灰の体毛の鳥だった。
鷲のような見た目で日に照らされた羽がきらりと光っている。
崖の上でくるりと回った鷲は再びこちらへ突撃してくる。
「プレイヤー狙いか」
グレイスケイルと同じタイプだな。
でも真正面から来るなら楽だ。途中で叩き潰せる。
「ノース」
手招きして俺の前へノースを呼び寄せる。鷲が迫ってくるがノースの方が早く……。
「ノース?」
手招きする。足踏みする。
ノースが動かない。
「どおぉええ⁉」
動かねぇ⁉ なんでぇ⁉
慌てて思い切り手を振るがやはり動かず、ふと指輪に目が行った。
指輪からノースへ伸びているはずの糸が宙に溶けて消えて行っている。
「糸切れてる⁉」
いやそれより逃げろ! 鳥が来る!
慌てて淵から走り出すが鳥はふわりと方向転換し、速度そのままに俺の腹へ嘴を突きこんできた。
「おっぇえ!」
腹に強いマッサージ器を当てたような衝撃が走って足が地面から浮いた。
ここは高台の淵だ。落ちる。
「やば……っ」
体の浮く恐怖で反射的に手が鷲の翼を掴もうとする。
それが煩わしいと言わんばかりに鷲は羽ばたき空へと昇る。俺だけが高台の下へと仰向けに落下していく。
下にはモンスターが群れている。ノースはいない。高台までまた登るのは無理だ。
そもそも落下のダメージで死ぬか。
「……」
鷲がムカつく、落ちるのが怖い、ノースがなぜ動かったのか、街へ戻されてまたここまで来なければならない。
こみ上げてくる感情全てを切り捨てて。
俺はぐんと顔を上に向けた。
「絶対行ってやる」
見上げる先には大円盤。
雲の向こうに笑いかける。
「絶対に、絶対到達する、そこまで。お前が目標だ――」
「絶対、達成してやるからな」
ゴッ、という音と共に視界が暗転した。
■ ■ ■
闇がふと開けた。
目に入ってきたのはてらてら光るランプだった。
「あー……工房か」
体を起こして狭い部屋を見回す。
すぐそばの作業台にはノースが仰向けに横たわっていた。
右腕は肩から無くなり、全身が見てわかるほど傷ついている。ゴーレムに殴られてできたへこみや、斧や牙でつけられた傷があちこちにあった。
「糸は……」
指輪を近づければ再び糸が指輪から伸びてノースへ繋がった。
「よかった、あの時だけの状態異常みたいなもんだったんだな」
ほっと一息ついて俺は立ち上がり、ノースを折り畳んだ。
「じゃあもう一回行くか」
今度はもっと早く崖まで行ける。ゴーレムへの対処も簡単にできる。
次こそ辿り着く。
俺はノースをカバンに入れドアを開き――。
「――おや」
目の前に知った顔がいた。
黒髪のショートヘアに黒いコート、後ろには派手な格好の道化師を連れた人。
クラウン。
俺が操作の手本にしたプレイヤーは、急に出てきた俺に目を丸くしていた。