インド人のオタク留学生と日本人わたし。この暑さの中クーラーの到着を待つ~インド人曰く、「インドの暑さはツンデレ系で、日本の暑さはヤンデレ系」~
絵に描いたような真夏日だった。
遙か彼方には異次元から到来した巨大生物のごとき積乱雲が、遥か彼方で蠢いている。地中からはいだしてきたアブラゼミは、脳に直接訴えてくる様な不快な鳴き声でわめき散らし、息をするのもしんどいこの灼熱地獄の体感温度をさらに上昇させている。
汗はボロボロと体から流れでて、パタパタと音を立てて畳を濡らしていく。地球上に存在する生きとし生けるものを根絶やしにしかねないその暑さの中、私はいったいなにをしていたかというと、インド人と一緒に、クーラーの無い四畳半ほどの部屋にいた。
「あっついですねえ。これは本当に人間が生活していい環境ですか?」
留学生のインド人、カミルはそんなことを言う。常夏の国の人間が言うのだから、この暑さは相当なものなのだろう。
「我慢しろよ。私みたいな貧弱日本人でもがんばって耐えているんだ。常に太陽の脅威にさらされているインド育ちが耐えられないわけないだろう」
カミルはその濃い顔を苦しみでさらに濃くさせて、常識のある成人男性がさらけ出していい肌面積の限界に挑戦していた。正直あまり彼の方面に目を向けたくない。
「インドの暑さは何というかこう、さっぱりした暑さなんですよ。日本の暑さはまとわりつくような感じです。たとえるならインドの暑さはツンデレ系で、日本の暑さはヤンデレ系です」
そんな事を言ってカミルは気持ち悪い笑い声を上げた。カミルは重度のアニメオタクで、たまに日本語で話しているのについていけないことがある。日本人は全員オタクだと思ったら大間違いだといっても聞かない。
「訳が分からん。自分の常識が他の人の常識だと思うな」
「ユーコさんはわかりやすいツンデレ系です」
わかりやすく侮辱された気がしたので、最大限の軽蔑を込め、私は舌打ちをした。
先進国であるのにもかかわらず、通じる言葉は現地言語のみという環境は、外国人にとってあまり快適な環境ではないだろう。それでいて英語で話しかけてみれば、「英語はしゃべれません」と英語で返されるのだ。
同じことを私が外国でやられたら、私はそいつをぶん殴る自信がある。それでも一部の、コイツみたいなもの好きな外国人は日本にやってこようとする。
ある人は仕事の都合で、ある人は結婚をして、またある人は文化に魅了されて。それぞれにそれぞれの理由があって、この外国人にやさしくない小さな島国にやってくる。だから隣にカミルが越してきた時は、少し優しくしてやろうなんて思ったこともあった。
しかしそんな気持ちも今はもうない。断じてこれっぽっちも一ミリもない。
「しかしユーコさん。いい加減テレビくらい見させてくださいよ。これじゃあ現代の高度情報社会から取り残される一方です」
「お前が観たいのは萌えアニメだけだろうこのペド野郎が」
「好きな子が予想以上に低年齢だったというだけでこの仕打ち。現代社会の負の側面を垣間見ました!」
存在自体が負の側面のような性癖を持ちながらなにを言う。と喉まで出かかっていた言葉を飲み込んだ。これ以上彼を刺激して、さらに室内温度を上げてもしょうがない。
「今日クーラーが届くって言っていたじゃないか。その話は一体どうしたしたんだよ。何のために私がこのむさ苦しい部屋に来たと思っているんだ」
「それは僕に会いに来てくれたからじゃないんですか?」
頬を染めるカミルを見て、軽くケリを入れる。クーラーなんぞで釣られた私も私だけれど、ケリを入れるごとに変な声を出すコイツもコイツだ。
「じゃあここにいる理由もなくなったから、私は部屋に戻るぞ」
「ちょっと待ってください、さっきのは冗談ですってば! 本当に来るんですよクーラー! あとちょっと、十分位待って下さいよ」
どうせ口からでまかせの嘘だろうし、カミルの顔は見ているだけで暑苦しいのだけれど、自分の部屋に返った所でやることもない。加えてこの部屋と同様の暑さと湿度を兼ね備えている。消去法で考え、私はしょうがないからカミルの口車に乗ることにした。
十分後、部屋に来たのは間違いなくクーラーではなかった。
東南アジアの花、ラフレシアを思わせるような巨大な容貌のそれは、コンセントをつなげると、さながらB級映画の怪獣の様に異音を鳴らして首を振り始めた。でかすぎる。あまりにでかすぎる扇風機が目の前にあった。間違いなく邪魔だった。
「ファンタスティック☆クールジャパン! 日本の最新技術にバンザイでーす!」
カミルは早速ラフレシア扇風機の前に陣取り、その恩恵にあずかっていた。
「私にはこれがレトロな扇風機にしか見えないんだけど」
「クーラーとはいいましたけど、エアコンとは一言も言っていませんよ。これも立派に部屋をクールにしてくれます。故にこれはクーラーだ!」
色々と言いたい事はあったけれど、ラフレシア扇風機はそのデカさを存分に発揮し、確かに部屋全体へ涼しい風を送ってくれた。思っていたのと大分違うけれど、まあ、待った甲斐はあったかもしれない。
「ユーコさん、あれやりましょう、あれ」
「あれってどれよ」
「扇風機で日本と言ったら、これしかないでしょうに!」
そういって、カミルは扇風機に近づいて、「ワレワレハウチユウジンダー」なんていうベタなことをはじめた。はじめは呆れてみていたのだけれど、なんだか無性に懐かしくなって、気がついたらカミルの隣に座って同じ事をしていた。
悔しいけれど、思っていたより楽しかった。




