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子供を轢き殺してみたかった。

作者: 月島 真昼


 子供を轢き殺してみたいと、男は前前から思っていた。

 きっかけは去年の秋のテレビニュースだった。繁華街近くに停まったトラックが動き出した際に、その下に隠れていた子供を轢き殺してしまった。その運転手が無罪になったのだ。運転手は充分に注意を払っておりトラック下に隠れた子供まで確認してから車を動かすことは危険予測義務の範囲を越えているとの判決が下った。遺族は控訴したが判決は覆らなかった。

 轢いてみたいと思ったことに、理由は特になかった。特定の子供に恨みを持っていたとかそういうことはない。なんらかのトラウマを抱えていたということもない。誰か子供を轢いてみたいという欲求があった。ただそれだけだった。

 男は配送業をしている。早朝から夕方にかけて街のあちこちにあるスーパーマーケットやドラッグストアを巡って荷を下ろして、取りに行って、また下ろすのが仕事だ。この仕事をしているとこんなにもあちらこちらに小売店が必要なのかと疑問に思ったが、きっとどこかの誰かにとっては必要なのだろう。

 仕事の途中で、男はトラックを止めた。次の配送まで、時間にはまだ余裕があった。側には公園がある。小学生だろうか、子供たちが遊んでいる。耳障りな高い声がする。少し先には駐車場のないコンビニがある。

 すこし考える。

 自分はここで休憩する。あのコンビニまで買い物に行って、車から目を離す。飲み物と昼食を買う。トイレにもよる。雑誌を立ち読みする。戻ってくる。車を動かす。なにも不自然な行動ではない。なぜ休憩場所をここにしたのか? 男は公園を見渡した。梅の花が咲いていたから。花でも見て心を落ち着けたかった。べつに問題はなさそうだった。

 男はコンビニに行って、コーヒーと菓子パンを買って戻ってきた。トラックの下に子供はいなかった。当たり前だ。たった一回でそんなことが起こるはずがない。あまったるいクリームパンをコーヒーで流し込んで、仕事に戻る。

 数日、それを続けた。

 数か月、それを続けた。

 数年、それを続けた。

 その日、コンビニから戻ってきたときに、ああ、いるな、と男は思った。車体の下に女の子が潜り込んでいる。おそらくは小学生で低学年。公園では塀に額をつけた男の子が大きな声で数をかぞえている。他の何人かが植え込みの中や建物の影にいる。かくれんぼの最中らしい。男は気づかないふりをしてトラックに乗り込んだ。運転席に座り、缶コーヒーをあけて手早く飲み干す。缶を置いて鍵を掴んだ。手が震えていた。差し込んで、捻る。エンジンが動き出す。シートベルトを締める。バックミラーを確かめる。後方から車はきていない。そこに子供がいればよかった。あるいはいなければよかった。祈るような気持ちで、男はアクセルを踏み込んだ。ゆっくりと重い車体が動き出した。

 水のパンパンに入った袋に乗り上げたような感触があった。ぎゃっ。短い悲鳴があがった。圧力に負けて袋が破裂し中から水が飛び出したように、乗り上げたそれが萎んだ。思いのほかつまらなかったな、と男は思った。長いため息をついた。誰かが俺の未必の故意を見抜くだろうか? この場所で休憩をしていたのは子供を轢くためだったのだと誰かが考えるだろうか。

 小さく笑いながら男はスマートフォンを手にトラックを降りた。

 そしてトラックの後輪を確認して、警察を呼んだ。



※車体の下にいた子供を轢いて運転手が無罪になったという判例は架空のものです。

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― 新着の感想 ―
[一言] こぇぇぇぇ…… 秀逸なサイコホラーですね! ぞっとしました。
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