第四話 メバル釣り
田所親子は、病院で取る夕飯を買いに、朝田島内のスーパーに向かった。一通りの食べ物を買った後、祖母の家にも戻った。祖母が茶がゆを食べたいと言ったので、家の釜に残っている茶がゆを持って行くためだ。
「もっと贅沢なものを食べたがればいいのになあ」
「おばあちゃんにとっては、一番の贅沢なんだろうよ」
病院への帰りの車中で、田所親子はそんなことを話していた。
病院へ戻ると丁度、夕飯の時刻になっていた。病院の夕飯は早い。
「おばあちゃん、茶がゆを持ってきたよ」
「ありがとう。白い御飯は飲み込み辛くてね。これが何よりだよ」
祖母は田所に礼を言うと茶がゆに手をつけ始めた。よく見てみると、病院の白米には全く手をつけていないようだった。
(そういうことか。持ってきてよかったな)
田所は茶がゆをゆっくり食べる祖母を見ながら、思い直した。
「早いが、食べようか? 守君達が色々買ってきてくれたし」
叔父の崇がそう言ったので、祖母を囲みながら皆で夕飯を取った。
部屋には空調が効いていたが、外は日がまだ残っており、セミが賑やかに鳴いていた。
皆で夕飯を済ませて数時間経った。夏の暑い盛りだが、日も落ちた。
田所は、病院の周りを散歩していたが、手持ち無沙汰になっていた。
(暇だな……)
そう思いながら歩いていると、田所の足は自然に海が見える方へ向っていた。朝田病院から海へは、すぐ行ける。
田所は海を眺めながら、
(釣りがしたいな……)
と思っていた。
しかし、昼まで危篤だった祖母の容体がまだ気にかかっている。が、
「御飯もちゃんと食べていたし、大丈夫だろう。ちょっと一言、言って釣りに行こう」
そうつぶやき、田所は祖母の病室に戻って行った。
「お前は本当に釣りが好きなんだねえ」
病室に戻り、近所で釣りをしたい旨を言うと、母親がやや呆れたようにそう答えた。
「いいんだよ、初江。守ちゃんは昔っから釣りが好きだったからね。行って来るといいよ」
そう優しく言ったのは病床の祖母だった。
「いいのかい? おばあちゃん?」
「ああ、いいよ。ここにずっと居ると退屈だろう?」
田所は祖母のこの優しさが好きだった。
「ありがとう。ちょっと行ってくるよ」
「気をつけるんだよ」
病院からすぐの釣り場に移動すると、田所は釣り支度も早々に釣りを開始した。
「メバルを狙ってみるか……」
そう一人つぶやき、海に仕掛けを投じた。夜釣りなので、電気浮きを使っている。釣り糸を垂らしていると、そう待たずにアタリがあった。
「よし! 来た!」
田所はアタリを合わせて、竿を上げた。中々の型のメバルが掛かっていた。
「うん! いいな」
田所はそうつぶやき、再び釣り糸を垂らした。その後、立て続けに三匹程メバルが釣れた。
「……」
しかし、調子が良かったのはそこまでで、その後はしばらくアタリが無かった。
「また、会ったね。兄さん」
釣りに集中していた田所は、不意に声をかけられたのでびっくりした。よく見てみると、サヨリ釣りの時に会った中年の釣り人だった。
「あっ! あなたは、あの時の!」
「久しぶりだね」
「あの時の仕掛けはまだ持ってます。ありがとうございました」
「いやいや、そうかしこまって礼を言われる程のことはしてないよ。それはそうと……」
そう言うと、釣り人は夜の海を見た。
「今日は海が悪いな」
釣り人はそう言ったが、田所には意味が分からなかった。
「潮は悪くないですよ」
「いや、そういうことじゃないんだ」
「?」
よく分からない田所の横で、釣り人は自分の釣り道具から仕掛けを一本取りだした。
「今日はこれを使ってみなさい」
田所は仕掛けを見て考えた。
「しかし……。そんなに頂いてばかりでは……」
「気にすることはないよ。これでやってみなさい」
「……分かりました」
田所は、釣り人から貰った仕掛けを付け、再び海に投じた。すぐアタリがあり、いい型のメバルが釣れた。田所はそれに驚き礼を言おうとして振りかえった。
「今日は早めに切り上げた方がいいよ」
しかし、釣り人はそう声を残し、その場から消えていた。何時いなくなったのか分からない、田所はしばし呆然となった。