表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

99/109

第46話 バッカニアの血

「さあて、敵は陸から来るだか、それとも海きゃ?」

「うーん……」

「はっきりせえ! 今更おみゃーさがそげんことでどーする。さっさと言わんかい」

「はぁ、軍勢がざっと2万、300艘の船に分乗してだそうで」

「ほーお、少しは手応えが有りそうじゃにゃーか。そーか、海かい。それで、こっちゃに着くのはいつ頃きゃ?」

「おそらく今日の午後早くには」

「そっじゃあ、ちんたらと飯など食っとる暇はにゃーな。なあに、1食ぐらい抜いたって死にゃーせんでなも。それに、少し腹が減っとる位が戦いには向いとるけんの。おお、たまるかあ! 腕が鳴るくさ」

「えっ、腕が臭いの? じゃあ、お風呂にでも入って……」

「そうじゃにゃー! 戦いが待ち遠しいと言っとるんじゃあ」

「げっ。もしかしてお爺さんも戦いに」

「あったりみゃーじゃ。このルイジ様が戦場に立って皆を指揮せんでどないする。この街の長だでな」


 あらあら、こういうのって確か、「年寄りの死に水」とか言うんじゃ?


(「冷や水」だ!)


 そうだっけ。

 失礼しました。


 で、そのルイジ爺さん(マリオ…はもういいか)は、周囲に残った数人の従者っぽい若者を呼んで命じた。


「おみゃーたち、手分けして伝達じゃ。()()()()()()()()()。準備が整い次第、港に集合するよーに。それから特に海賊衆には、急ぎ戦闘船の用意をするよーに伝えい」


 言われた若者たちは鋭敏な、それでいて明るい声音こわねの返答を残し、すぐさま四方に駆けて行く。


「海賊衆!?」(わ・た・し・談)

「おおよ。おみゃーさんも髑髏の旗を見たじゃろうが。この地の民には、遥か昔に海々を思うがままに暴れまわった海賊、かの有名な《《バッカニア》》たちの血が流れとる。海の戦いなら尚更こっちゃのもんよ。他の者も皆、海戦の達者じゃけん。任せんかい!」


 バッカニアの子孫!

 強そうで自由そうで、何となくカッコイイぞ。(「海賊」には夢があるのに、「山賊」はそうじゃないのはなぜだろう?)

 お爺さんはひとつ胸を叩き、すたすたと歩き出す。


「あ、どこへ?」

「ワシも支度したくじゃあ。ここで待っちょれ」


 足早に、背は真っ直ぐに、とても老人とは思えない歩きぶり。

 どうやら、脳内興奮物質《アドレナリンとか?》が大量に分泌されたらしい。

 そして、立ち並ぶ似たような家の一軒に入って行った…… って、あれっ、あれあれ?


(やっと気付いたか)


 う、うん。

 似たような、どころじゃない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 これじゃあ中の構造まで同一っぽい。

 どういうことだ?


(シッダ様とやらの指示だろう)


 えっ、そうなの?


(ああ、間違いない。いいか、人間には常に他者より優越しようとする、他人より良い暮らしをしたいという欲がある。なのに、街の皆が同じ造りの家に住むなど我慢できると思うか?)


 無理だねぇ。


(その通りだ。普通はすぐに不満が出たり、家を勝手に改造しようとするだろう)


 うんうん、そりゃそうだ。


(ところが、これらの家々の様子を見てみろ。察するに、建ってから数百年は経ておるぞ。そんな長きに渡って代々同じ、しかも全く同一の家に住民を満足して住まわせ続けるなど、尋常の統治能力ではない。

 超古代のインド文明の遺跡に、かつてモヘンジョ・ダロ(死者の丘なんて意味?)と呼ばれるものがあったが、この街は少し、あれに似ているな)


 おお、モヘンジョ・ダロですか。

 どこかの遺跡で見た映像にあったよね。

 確か、クベーラとかいう神(後の毘沙門天らしい)が統治していた都市だったとか。


(そうだ。1000年ものあいだ、街の構造が全く変化しなかったという謎の都市だな。絶対的な統治者が住民を心服させていたのだ。ここと同じく全く同一の造りの家が密集し、上下水道も完備していたぞ。あれは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、あっ、い、いや、今の話は、むにゃむにゃ……)


 この間も、手に手に短い幅広の剣や斧を持ち、短銃を腰に差した人々が海の方角へ駆けて行く。

 ほとんどが鎧も付けない軽装だ。

 あれで戦えるのか?


(|海戦ではあれでいいのだ《安心したらしい》。重い鎧など着込めば、狭い船上では動きが制限されるし、だいいち、海に落ちるなどしたら溺れてしまうではないか)


 そうか。

 じゃあ、ここの人たちは海の戦いを良く知ってるんだ。


(そういう事だ。あの短い剣は確かカトラスといって、古代の海賊に愛用されていたもので……)


 あ、もう、ウンチクはいいです!

 それで、そのモヘンジョ・ダロはどうなったの?


外敵の侵略を受け(ちょっとシュンとして)、あっけなく滅んだ)


 やっぱりね。

 家畜みたいな生活だもの。

 それが1000年も続けば住民は、すっかり気力も萎えるよねえ。

 暮らしは楽で便利でも、それじゃあ人間の生活とは言えないよ。


(その通りだ。絶対君主を崇め奉って、その指示に従うばかりの柔弱になり切った民など、侵略を受ければひとたまりもない。()()は失敗、あっ、いや、コホン。

 と、ところがだ(慌てるなって(笑))! この地はどうだ。長い年月、一人の統治者の下にありながら、それでいて自分たちの街を守ろうとする気概に溢れておる。これは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 えっ、なんでそう思うの?

 教えてちょ。説明求む。


(人間の統治者ならば、長いあいだ頂点にあれば、他者への共感や思いやりは失われ、怠惰や自制心の弛緩ちかん、権力者の傲慢が噴出する。これは逃れられぬ人間のごうだ。つい自らの富を増そうと考えたり、自分の一族の繁栄を第一に考えたり)


 やっぱり人間って、そんなものかあ……


(お前も知っているだろう。人間の歴史は、そんな支配者の話で溢れておる。およそ例外は存在しない。何十年もの賢明な統治を謳われた王や皇帝でさえ、最後には自らが選んだ後継者と相争って晩節を汚したり。全ては権力への妄執と我欲による帰結だ)


 悲しいねえ。

 ()()()()()()()()()()()()()()


(そうだな。悲しいな。そして民の信頼を失い、不満はつのり、統治は崩壊する。それが常だ。

 なのに、この地では平和な統治が永続し、ということは民の信頼もかちえたままではないか。それだけでも、およそ人間の統治者の成し得るところではない。だから「人外の者に違いない」と言ったのだ。人間でなければ欲も傲慢も、したがって権力の堕落も生じまい。

 だが…… しかも彼らの英気も失わせぬとか、驚きだ! 訂正だな。「人外の者」どころか、()()()()()()()()()()()()()()()()()


 あれ? ()()()()()()()()()()()()()()()

 あの人も魔族皆に信頼されたまま、民全体の活気を保って300年……


 と、ここで


 意気揚々とこちらへ歩いて来るあの姿は、襟が高く裾の長い黒地に赤の紋様の上着、黒皮のブーツ、腰の剣、ベルトに差した拳銃や腕に抱えた三角帽まで、絵から抜け出してきたような古風な海賊船長スタイル。


 あれは、もしかして


「待たせたにゃーも」


 この爺さん、年甲斐もなく「()()()()()()()()」だったらしい。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ