第34話 伯陽様って?
「やはりそうでしたか」
(ほう。念じただけで話が通じるか。かなりの修業を積んだようだな)
「まあ、実のところは、大口を開けてゴロゴロ寝そべっていただけですが」
(なぜ我と分かったのだ)
「先程の能力の波動ですよ。あのようなものは伯陽様の他には有り得ませんでしょう」
え、えっ、伯陽様とか白額とか、どういうこと?
説明求む!
(つまり先程の話の伯陽とは、我の昔の姿という事だ。そうだな、あれは受肉・転生を始めてから1500年ほど経った頃になるか。そして白額とは我が付けたこの虎の名前。白い顔の虎だから白額虎という訳だ)
ちょっと安直じゃね?
(そうか? ナントカ001号よりはマシだと思うぞ)
「あのー、お話し中に済みませんが……」
「あ、はい、何でしょう」
「伯陽様に御伺いしたいのですが、あれからずっと転生を繰り返してこられたので?」
(そうだな。お前には悪い事をした。崑崙に誘っておきながら、我だけがさっさと下山してしまって)
「それは良いのです。人にはそれぞれ違う目的が有りますから。伯陽様は、そもそも不老不死などには興味が無かったのでしょう? でないと、無為自然を旨としておられた師父ともあろうお方が山を離れられた説明がつかない」
(師父などと呼ぶな。我は仙人ではないのだぞ)
「しかし、貧道にとっては修行を始めるきっかけを与えてくれた御方ですから」
(うーむ、相も変わらず頑固な奴だな。とにかく、「無為自然」とはつまり、智者の真似をせず、虚飾や余計な技巧を捨てて、ありのままを良しとする、ありのままに生きるべしという意味なのだ。
だから仙人の修業が「全く何もせぬ」に尽きると知った時に、興味を失ってしまったのよ。不老不死などは最初から求めてはおらぬ。人間達の中で生き、死に、また転生する事によって彼らを知る。そうでなくては、そもそも受肉の道を選んだ甲斐がないわ。
人が人である限り、「何もせぬ」など、ましてや不老不死など却って不自然の極みであろう。お前は猫科だから、また話が違うがな)
「それは私が仙人などになってしまった事への肯定のお言葉と取って宜しいのでしょうか」
(ああ良いぞ。お前には我と違う、お前らしい道があるだろう)
…… とか何とか、ひとしきり昔話に花が咲く。
私はすっかり置いてきぼりだ。
え、ちょっと待てよ。
心の声さんが転生を繰り返してきたのが確か8000年以上。それからこの虎さんに会ったのが初めて受肉(?)して1500年後っていうことは、虎さんの年齢は当年とって六千ウン百歳ってことか。ひえ~!
「ところで師父……」
(その呼び方はやめろと言ったではないか)
「ではやはり伯陽様と?」
(あれは昔の名だ。暮らした国が国だったから、そう号したに過ぎん)
「それではもしかして、李聃様とでも? さすがに諱をお呼びするのは、いささか憚られますが」
(その名だけはやめろ! 我はその後はもっぱら、本来の名であるルシフェルで通しておる。この名も決して好きではないがな。何と言うか、名前などとという代物によって、自分の全てが規定されてしまうような、相手にそう思わせてしまうような所が好かぬのだ)
「ではとりあえずですが、ルシフェル様、今も無為自然の道をお求めになっておられるので?」
(あれは止めた)
「なんと!?」
(つまらぬではないか。世の中には色々と面白い文物がある。それらを楽しみ尽くす事こそ、むしろ自然であろう)
「はあ……」
(此度ここに居るのも、その為なのだ。実はこの娘、おっと紹介が遅れたがアスラという。お前も分った通り、我の転生体でありながら別個に自己の人格も持っているという、ちょっと面白い娘でな、それがヒト族なのに先日ついに魔王などになってしまって……」
心の声さんは簡単にこれまでの経緯と、私が美味しいものが大好きなこと、魔王就任の祝典のこと、それから祝典の料理のために私自らがスパイスを求めて目的地の集落へ向かう途中であることを話す。
すると虎さんは微妙な表情(虎に表情なんてあるのかって? あります!)を浮かべて
「そうでしたか。しかし、あの地は今、少々面倒な事になっておりまして」
なんて言う。
なんでも、その土地にはマヤとかアステカとかいう超古代の文化の多神教と、旧文明の聖書とかいう聖典を奉じる一神教が混交した、風変わりな宗教を信じる人々が住んでいたのだそうだ。
ところがそこに例のインド文化に傾倒した人々が移住して来る。
最初は何とか穏便に共存していたが、魔導大戦を生き延びた後、ついに周辺からの物資が欠乏し、全くの自給自足の生活になる。
そうするとお決まりの領土争いだ。水源や農地の所有権をめぐって両派が争い、更には人種、宗教の違いも絡んで一触即発。
おまけに大戦の後、荒廃した故郷を逃れてやって来た集団まで加わって、その人々がまた「ブードゥー教」だとか、「アマテラス」だとかの異国の太陽神を祀る人たちだったからもう大変。
今では手の付けられない争乱状態にあるらしい。
以上、千里眼や順風耳とかいう便利な能力を持つ虎さん情報でした。
「ですから正直言って、今訪れるのは、あまりお勧めできないのです」
(だそうだ。どうする?)
私はもちろん即答だ。
当然、行ってみるでしょ!
(ほう。面倒は嫌いではなかったのか?)
うーん、でも、実際に行ってみなくちゃ詳しい状況は分からないし、何か解決の手段があるかも。人種とか宗教戦争なんて聞いて放っておく訳にはいかないよ。
(とか言って、旨いカレーが食べたいだけではないのか?)
う! それもあるけど……
これを聞いて虎さんは笑った(虎が笑うか? 笑います!)
「ははは。まあしかし、ルシフェル様達ならば何とかなるでしょう」
と言って立ち上がる。
「では、随分と長居をしましたので、この辺で。今日はお話しできて真に楽しかったです。また近い内にお会いしましょう」
「あ、今から食事を作るので、ご一緒に」
「いえいえ、仙人は霊気を身体に取り入れるので、食事は必要ないのです」
そして白い虎さんは、消えた。
あれ? 「また近い内に」って、どういう意味?




