第27話 フェンリ「ル」のオスカ「ル」、それにベリア「ル」とイシュタ「ル」
「あのお、フェンリルって、種族名じゃなくて個体名じゃ?」
「神話では確かにそうです。北欧神話でロキが女巨人アングルボザとの間にもうけた三兄弟の長子がフェンリル、次兄が大蛇ヨルムンガンド、末妹が冥府の女神となるヘルでしたか。特に長兄フェンリルはラグナロクにおいて、主神オーディンを飲み込んで倒してしまったとかで有名ですな」
「はあ」
「ただし、この世界では違う。旧世界の生物科学が創り出した種族の名前ですから、当然に、個体それぞれが名前を持っております。ほら、折角アスラ様に紹介申し上げたのだから、御挨拶をしなさい」
ゼブルさんが促すと、そのフェンリル(君? さん?)は逞しい巨体には似合わない、か細い震えるような声で
「…… ォ、ォ、オスカルと申します。は、初めて御目にかかります。ぃ、以後、宜しく、ぉ、ぉ、お願い致しますぅぅぅ……」
と、言った。
う~ん。この性格といい名前といい、ちょっと頭が痛くなってきたような気がするぞ。
だってねえ、「オスカル」って言えば、やっぱり(!)どうしても、あの有名な男装の麗人を考えるじゃない?
ほら、少女漫画の古典的名作とかで、アニメはもちろん、ミュージカルにもなって大人気で、超・超ロングランを続けたという物語の中心人物。
実は女なのに貴族の跡継ぎの男として育てられて、近衛騎士団の隊長だったかな? で、幼馴染の従者と最後には妖しい関係に、っていうあの人。
で、そんな人と同じ名前で、しかもフェンリルの強者だっていうのに、こんな内気な性格なんて、ついつい私の脳内に複雑な妄想が次々と湧いてくるのも無理はない…… 筈だ。
ゼブルさんは澄ました顔で話を続ける。
「フェンリルの雄には代々このような者が多いのです。過度の遺伝子操作の故でしょうか」
「え、雄なの?」
「はい。雄ですが、それが何か?」
「あ、いや、別に」
「ふむ、とにかくそういう訳で、人(?)見知りのせいであまり雌に近付くことも出来ず、当然に生まれる子供も少なく、数は減っていくばかり。現在では全くの絶滅危惧種です」
もしかして赤面症? いや、毛が生えてるから顔色はわかんないか。
でも、うつむいて、いかにも恥ずかし気にしているその様は、ちょっと大型犬や狼にはない可愛らしさ…… ではなくて、やっぱり少し気色悪い。
「ただし、能力は折り紙付きですぞ。神々の脅威となったフェンリルの名を冠した一族ですから、それにふさわしい優秀さです。まず、その走る速さですが、これはまさに疾風の如し。今回の旅の目的地までの森林や高地でも、一昼夜もあれば楽に駆け抜けてしまうでしょう。しかも、魔力を用いての疾走ではない、純粋な肉体的能力ですから、ヒト族の教会に探知されることもない」
おお、それはとても魅力的。
「次に、やはり聴覚と嗅覚ですな。犬族や狼のそれは人間の数万倍と言われておりますが、フェンリルはその程度ではない。はるか数百マイルの彼方に居る敵の足音や臭いまで感知してしまう程です。ならば、仮に危険が迫っても、ずっと早い段階で知り、方策を講じる事が出来るでありましょう」
さすがフェンリル。
私の感知の能力だって、そんな遠くまでには及ばないからねえ。
「そして三つめは、身体の大きさを自由に出来る事です。小さくなれば小型犬以下のサイズですから、様々な場所に忍び込むのも自由自在。逆に巨大化すれば、その戦闘能力は上位のドラゴン族に匹敵する程です。ヒト族の軍の大隊など、2つや3つは軽く蹴散らしてしまうでしょう」
ああ、それは何となくわかる気がする。
普段はオトナシイ人ほど、いったんキレると怖いって言うからねえ。
「ということで、バベルさんのような空間使いでこそないものの、今回の旅にはうってつけの能力持ちではないかと」
「うん、そうみたいだね」
「この者を旅の御供に連れて行って頂くという事で宜しいですな。これが2つ目の条件です」
「わかりました」
「では次です」
「はあ?」
「だから『幾つか』と申したではありませんか。『幾つか』が2つの筈はない。最低3つはあるのが常識ですぞ。とにかく次が3つめで、これで終わりです」
「…………」
そしてまた、ゼブルさんはドアの方に声を掛けた。
「ベリアルにイシュタル、入りなさい」
すると2人の同年輩の子供が行儀良く落ち着いて部屋に入って来た。
10歳に届かないぐらいかな。1人は男の子で、もう1人は女の子のようだ。
「まずはアスラ様に御挨拶を」
と言われて、最初に男の子が一礼して顔を上げ
「宰相ゼブルの息子、ベリアルと申します。お目にかかれて光栄でございます。アスラ様の御力になるよう、父に言われて参りました」
うんうん、礼儀正しい子供だね。こういう子供は、お姉さん大好きだよ。前髪ぱっつんの坊ちゃん刈りも清潔感があって、君には良く似合って好感度アップだよ。
…… って、待て! 何か聞き捨てならないこと、サラサラっと言わなかったか?
「息子ぉ?」
「はい。わたくしの息子と娘で、双子でございます」
「ゼブルさんって、結婚して家庭あったの?」
「はい。私的な事ですから、今までとりたててアスラ様には申し上げなかっただけで。ガイア様は勿論ご存知ですぞ」
「そうなの?」
「当たり前じゃ。結婚する時も子供が生まれた時も、ゼブルは真っ先に妾に知らせてきたからな。どうじゃ可愛い子供たちじゃろうが。奥さんも優しそうな美人じゃぞ。今度いつか会うと良い」
「わたくしが家族持ちだと何か不都合が?」
「い、いや、そんなことは全然ないけど、ただちょっとビックリしただけで…… そ、そうだ、そんなことより、確か『アスラ様の御力に』とか言わなかったっけ?」
「はい、私が言うように命じたのです。この2人も、今回の旅の御供ですから」
「子供がお供ぉ?」
「見た目は子供ですが、私の息子と娘、つまり悪魔ですからな。アスラ様よりもずっと経験を積んでおります。魔法の訓練も充分です。ちなみに、ベリアルは回復と支援魔法の名手なので、アスラ様の戦いのお役に立つ事は間違い無いかと」
え? 子供もだけど、ゼブルさんって、いったい何歳なんだ?
ガイアさんとずっと一緒に居たのなら、最低300歳以上ってことか。
あ、でも、心の声さんの古くからの知り合いで、旧文明のことにも詳しいから、もしかするとウン千歳?
それとも悪魔に年齢は関係ない?
それに、ベリアルってのも有名な悪魔の名前だよね。
確かあの悪魔は、お話の中では酷く性格が悪くって、「邪悪と罪を振りまく」とか「悪徳のために悪徳を愛する」とか言われてる、人を騙したり堕落させたりするのが生き甲斐みたいな、とんでもないヤツじゃなかったか?
でも、目の前のベリアル君は大人しそうで賢そうで、うーん、この凄まじいギャップは何なんだろう。
で、またベリア「ル」かあ……
「そしてもう1人、娘のイシュタルでございます。さあ御挨拶を」
「イシュタルと申します。宜しくお願い致します」
あーあ、こうなるともう予想通り。
イシュタルかあ、また「ル」が来たよ。
あれ、スカートを両手の指先で軽くつまんで一礼する、その「ゴスロリ」風ドレスは……
そして、その子が俯いていた顔を上げると
「あーっ! キミは、あの時の失礼なガキンチョ」
「あーっ! アンタは、このあいだのクソババア」




