第12話 紛争勃発? ☆
翌朝、私が朝食を摂りに行こうと部屋を出た時、ゼブルさんが廊下を息せき切って駆けて来た。
何だろう、この人がこんなに慌てるなんて?
あの飛蝗の時でさえ変に落ち着いてたぐらいなのに。
「アスラ様。大事出来です!」
(ほう。ゼブルが慌てるとは珍しいな)
うん、そうだね。でも、「大事」はわかるけど、シュッタイって何だ?
ああ、そう言えば夢でソフィアさんが「シュクダイ」とか言ってたけど、あれと同じで何かの食べ物の名前か…… じゃないよねえ。だって顔が切迫してるもの。
とか、ぼんやり思ってると、ゼブルさんはそれには構わず
「とにかく急いで執務室に参りましょう。1秒たりとも惜しいので、アスラ様の転移で!」
ということで、ゼブルさんも一緒に、私の瞬間転移で魔王の執務室にひとっ跳び。
机の上には地図が広げてあって、その1点を指差してゼブルさんが言う。
「事件が起こったのはこの場所です。アスラ様は、ここがどういう所か御存じの筈」
ああ、シュッタイって、つまり何かが「起こる」とか「起こった」っていうことなのね。だったら、わざわざ難しい言い回しにしないで、簡単にそう言えばいいのに、全くこの人は。
(おい、この場所は……)
はいはい。あの場所だね。
で、「御存じの筈」ってことは、私たちが以前ここの遺跡を攻略したのも、この人は知ってるって訳だ。
きっとまた使い魔の報告だろうけど、少しは少女のプライバシーを尊重して欲しいなあ。今更言っても遅いけどさ。あ~あ。
それにしても、何でこんなに食事どき近くに限って事件が起こるかなあ。
今日もまた朝食抜きかよ。
それどころか、この分じゃあ昼食もどうかなあ……
「のんびり構えている場合ではございません! もしもガイア様がこの場所で大規模な爆裂魔法などを使われたら、一体どうなります?」
え? それはヤバいぞ!
「大事出来と私より先に聞かれて、飛翔魔法で急行されたのです。詳しい事情を説明したり供の者を揃えている暇はないので、申し訳ありませんが、アスラ様お一人でこの地に向かって頂きたいのです。今ならまだ間に合う筈! 事態の詳細は先方でお聞き下さい」
と、ここでドアにノックの音がして、ファフニール君(うん,私も人の名前を覚えられるようになってきたぞ!)が紙袋に入れた何かを持ってきた。これはもしかして
「朝食代わりのサンドイッチです。行先でお食べ下さい」
やったー! 気が利くなあ。
これで私は気分一転、元気一杯にゼブルさんに言った。
「わかりました!」
「正確な場所はお分かりでしょうから、瞬間転移が可能ですな」
「大丈夫です。行って来まーす」
私がそう答えると、ゼブルさんは、やっと力が抜けたかのように執務室のソファーに座り込んだ。
「ふぅ――――」
という、まだ少し不安そうな溜息を聞きながら、私は現地へ跳ぶ。
その赤茶けた荒野には多くの兵士さんが集まっていて、最前線に大きなテントが張ってある。良かった。間に合ったみたいだ。
でも、魔族軍だけじゃなくて、エルフやドワーフの完全武装の兵士も大勢いるぞ。
しかも、その2隊は何だか睨み合ってるみたいな険悪な雰囲気だ。
(ここは、魔族とエルフ、そしてドワーフ3国の国境が接している場所なのだ)
え、そうなの?
(ああ。必要が無かったので、以前来た時は言わなかったがな。言わば、3つの勢力の均衡地帯だ)
ふーん。魔王領の内情も、けっこう複雑なんだねえ。
(しかも、魔族はともかく、エルフとドワーフは昔から仲が悪い。その勢力の接点に、あのような危険な地下遺跡があるのが問題だ。簡単に紛争の種になる。その遺跡に何かが起こったという事だろうが……)
もちろん、この時、私は既に袋を開いてサンドイッチを食べていた。
この際、歩きながら食べる行儀の悪さは許してもらおう。
薄切りのベーコンとレタス、それにトマトのサンドイッチ。古代文化で言うBLTだ。
いつも通り、新鮮なレタスのシャキシャキ感と、トマトの皮と果肉を噛んで果汁が弾ける瞬間の甘酸っぱい美味しさは、 あっはっは! やっぱり、思わず笑えてくるぐらいの絶品だ。
ベーコンは昨日のカルボナーラに使ったのと同じ物だろう。それをサンドイッチにはちょうどいい、カリカリと柔らかめの中間に焼いてある。
パンはトウモロコシを入れて焼いたコーン・ブレッドのトーストだ。うん、コーンのほのかな甘味と、ぷっちんぷつぷつの食感がいいねえ。
ソースはケチャップとマヨネーズを混ぜたオーロラソース。最後に軽く塩と粗挽きの黒胡椒を振ってある。
この繊細複雑かつ,ちょっぴり刺激的な大胆な味わい。今朝もファフニール君,やるなあ!
ゆっくりと味わいながら兵士さんたちの間を歩いてたら、あらら、もうテントの前だ! 残念。
急いで残りを食べ終えて、ごっくんと飲み込んだ。うっ、ちょっとむせそう。
中に入ると3つの机と椅子が据えてあり、その三角形の一番奥の頂点にガイアさんが座っていた。
右の机には顎までの長い髭を生やした、いかにも頑丈そうな鎧を着た、でも小柄なドワーフらしき男性。ん? チャウチャウ犬に似てるぞ。
左には見るからにエルフっぽい、色の真っ白な尖り耳の少女。こちらも軽武装ではあるが鎧を着けている。こっちは、そうだ! ちょっとぽっちゃりめのチワワみたい。
(おい……)
それぞれが種族のお偉方、代表なのか?
2人ともこちらをちらっと見ただけで、それどころではない、いかにも不機嫌そうな表情だ。
ガイアさんだけが私を見て表情を緩め
「おお、来たか! さすがに早かったな」
なんて、場違いな明るい声で言う。
それを聞いて、チャウチャウ犬、ではない、たぶんドワーフ族の偉い人が尋ねた。
「ガイア様、この娘御は?」
「おお、紹介しよう。この娘こそが妾が新たに選んだ魔王、アスラじゃ」
すると
「何ぃ!」(チャウチャウ・談)
「何じゃと!」(チワワ・談)
あーあ、2人揃って大声で。
なーんか、また面倒臭いことになりそう。
今度は ぽっちゃりチワワ が立ち上がり、勢い込んで言う。
「私はまだ新たな魔王など認めておらぬ! しかもこんな年端もいかぬヒト族の少女など、もっての外じゃ」
いやいやいや、ヒト族はともかく、年端もいかぬ少女はそっちでしょう。
私の方がずっと背も高いし、顔だってクールビューティーで大人っぽいじゃん。
しかも、ガキンちょの癖に大人ぶって「私」とか。生意気だなあ。
子供はもっと可愛らしく、自分のことは名前で呼んで、「アスラね~♡」とか言おうよ。あ、でも私も一人称は「私」か……
(エルフの年齢を見かけで判断せぬ方が良いぞ。長命だからな。おそらくお前の何倍も長く生きている筈だ)
え~、そうかなあ。怪しいなあ。
と、ここでガイアさんが
「認めるか認めぬかなど、どうでも良い。妾が選んだのだからな。それだけで既に魔王じゃ! それに、魔王云々より、緊急の問題は眼前の遺跡の件ではないか」
と言う。そうか、それが問題だったね。
で、私はここで初めて口を開いた。
「遺跡ですけど、あれは古代の兵器研究所と工廠ですよ」
「何じゃと!」(旧魔王兼現顧問・談)
「!」(チャウチャウ氏・談(?))
「!」(チワワ嬢・談(?))




