第20話 今日のメニューは(ロブスターのビスク、サーモンの変わりパイ包み焼き、トナカイのステーキ・ブルーベリーソースなどなど) ☆☆☆
実はメニューは最初からほぼ決まってる。
ティアお婆さんから食材の自慢を聞き、次のこのキッチンの充実ぶりを見て、改めて方針の正しさが確認できたということだ。
普段から美味しいものを食べてるに違いないから、普通に焼いたり煮たりしただけのものではダメだ。そんなもの食べ飽きてるだろうから。
目先を変えて、ここの皆さんが普段は食べつけていないような調理法と味付けで行こう。
でも言わない。厨士さんたちの緊張感が失せるだろうから。
本当は前もってメニューを知らせて、全体の中での自分の作る一皿の位置付けを考えてもらうべきなんだろう。
そうした方が一連の調和の取れたメニューになるのは当たり前だ。
でも、ここの厨士さんたちと私は今日が初対面だ。それに、料理もたぶん彼らが普段作っている品々とは違う。
メニューを教えたって、私の意図をしっかり汲み取ってくれることは期待薄。
逆に、みんな経験のある厨士さんっぽいから、自分の担当する一品に集中させれば、きっと相応の仕事をしてくれる筈だ。
今日の私のやり方は邪道かもしれないけど、ひと品の料理をしている時の厨士さんの緊張感の方を選ぼう。
さて、私の頭の中にあるメニューはというと、
オードブルは一つは牛肉のタタキに薄切りにしたレモンとタマネギ、すりおろしたショウガを添えて、秘密のソースで。もう一つは生ウニを乗せた小ぶりのバタートースト。
スープはロブスターのビスク。
サラダは季節の野菜に、カニミソをまぶしたスクランブルエッグ風カニ玉を少々乗せて。
口直しに生ハムを乗せたメロンを少し甘口の白ワイン風味で。
魚料理はサーモンのパイ包み、秘密のもう一品を添えて。
肉料理はトナカイ肉のステーキをブルーべリー・ジャムのソースで、マッシュポテトを添えて。
チーズ。
フルーツ。
コーヒーまたは紅茶をお好みで。
(なかなか考えたではないか。少し意外性もあって、旨そうだぞ)
でしょう!
身体を使って働く人が多いので、少しコッテリめにしてみました。
え、秘密のソースと一品は何かって?
ふふふ、私はさっきから、この鋭敏な嗅覚で気付いていたのだよ。
調理場の目立たない所に、ある物が置いてあるではないか。
あれは間違いなく「じゃぱにーず・ソイ・ビーン・ペースト」だ。
ソイ・ソースは見当たらないが、逆に考えればそれは未体験の調味料ということ。
そして、味噌の上澄みは「たまり・ソイ・ソース」の前身みたいなものだ。
これで代用して秘密のソースとアレを作ろう。
アレならば材料がこの北の海には生息していないし、きっとみんなビックリするだろう。
そのためには食材を仕入れに行かなくてはなるまい。
私はまず、魚、肉、野菜など各料理ごとに、それぞれのシェフと厨士さんに、担当してもらう料理の作り方と特に気をつけるべきポイントを説明した。
例えば
牛肉のタタキは周りを焦げ目の付くぐらいに焼き、その後で暫く寝かせて中までしっかり余熱を通すこと。
ただし焼き過ぎはダメで、中が赤みに寄せた肌色になる程度に火の強さと焼く時間を加減すること。
こうすれば牛肉に含まれる脂分が溶け出して、食べた時に口の中にベタベタくる嫌な感じがなくなり、旨味として感じられる。
魚と違って牛肉の脂は人体の温度では溶けないから、旧文化によくある「牛のサシミ」よりも、ローストビーフと生の中間程度の「タタキ」の方が本当は美味しいと私は思うのだよ。
ロブスターのビスクは、まず良く洗ったロブスターをオーブンで焼く。
焼けたら身は取り出して殻と別にし、小さめに刻んでおく。
熱した鍋(人数が多いので、もちろん超大鍋)にたっぷりのバターを入れ、ロブスターの殻を投入。縦に半分割にした頭も投入。ここから特にいい濃厚なダシが出る。
塩胡椒をして焦がさないように軽く炒める。
バターと殻のいい香りがしてきたら、ぶつ切りにしておいた玉ねぎ、ニンジン、セロリを投入。ロブスターの風味に負けないようにセロリは多めでね。
全体を軽く混ぜる程度に炒める
水をひたひたに入れ、ローリエを加え、中火で沸騰させないように、あまりどろどろにならないように煮詰める。
途中で何度か底からすくい上げるように混ぜる。
ふつう3時間ぐらいかかるので、ここで先程猫ちゃんに聞いた話の応用で、素粒子の運動を加速させ時の流れを速める魔法を鍋にかけて、所要時間短縮。
並行してトマトペーストを作る。
ここには完熟のいいトマトがあるから、それをスープストックで程よく煮詰めて作りましょう。こっちは40分位で出来るので、時間魔法は不要。
ロブスターのスープが煮詰まったらザルで濾しましょう。
別の超大鍋を火にかけ、生クリームをたっぷりと入れる。普通はホワイトソースなんだけど、今日は牧場直送の新鮮極上の生クリームが唸るほどあるので、そっちを使用。
そこにトマトペーストを入れ、濾したロブスタースープで伸ばしていきます。
シェリー酒か適度な甘さの白ワインを混ぜ、最後に味を確認、必要なら塩胡椒などで味を整えて出来上がり。
スープ皿によそって供する直前に、刻んでおいたロブスターの身を軽く散らしましょう。
サラダは畑から取れたばかりの良さそうな野菜でいいけれど、それに乗せるスクランブルエッグ風カニ玉は、空気を入れて、なるべくふんわりと仕上げたい。
コクのある料理が二品続いたので、ここで舌を引き締めるためにカニ味噌を加える。
ミルクと混ぜた卵を炒める時に最後に軽くまぶす程度に混ぜましょう。
目先を変えるために塩ベースのちゃいにーず風あんかけをかけたいところですが、別のスープを取っている暇はないので、今日はあっさりと塩胡椒味で。
メロンに生ハムは両方とも上質のものがあるし、簡単かつ定番なので問題なし。
ただ、三日月形に切ったメロンの中央を少しくり抜いて、甘口だけど甘過ぎないワインをかけまわすのが、ちょっと工夫といえば工夫かな。
ここにはハムもソーセージも素敵なのがいろいろあるんだよねえ。
サーモンのパイ包みは、以前にスズキのパイ包みを作ったことがあるらしく、まずまずの出来だったそうなので、これはまあ安心。
ただし、ティアお婆さん自慢のサーモンが今日はいかにも良さそうなのが入ってるので、これを使う。
ていうか、お婆さんの話を聞いている時にはもう既に「芸術的牛肉」「旬のロブスター、カニ、サーモン」「最高のトナカイ肉」を使うことは決めてたんだけど。
ただし1匹まるごとは使わない。面白くないから。
おろしたサーモンの身に軽く塩をして水切りをし、その後で胡椒をふる。
それを更に3枚に薄切りする。
一番下にサーモンを敷き、その上に適量のマッシュルームの薄切りと軽くボイルしたホウレンソウを挟んで、もう1枚のサーモンを置く。
その上に赤と黄のパプリカの薄切りを挟み、最後にもう1枚のサーモンを置く。
これをパイ生地で包み魚の形に成形する。やっぱりこの工程は必要でしょう。
つまり、1匹のサーモンの片身でパイ包みがひとつずつ、計2個を作る。切身の間に挟み物をしたり、パイ生地の厚みもあるので、これで丁度良い大きさになる。
あとはスズキと同じ要領で、卵の白身と少しの白ワインを混ぜたものを塗ってオーブンで焼く。
ソースはトマト味の酸味の効いたものも考えたけど、ビスクと味が被るので、やはり生クリームをたっぷり使うとしてもホワイトソース仕立てにしよう。
トナカイの肉は野趣が味わえるように、やっぱりシンプルなステーキにしよう。
塩胡椒はあまり前もって振りかけておくと肉汁が逃げてしまうので、焼く直前にする。これ、意外と重要なポイントです。
くれぐれも焼き過ぎないようにミディアムレアで。
ソースはいつものステーキソースの要領で作ればいいんだけど、ジャムを上に乗せるのは忘れずに。
コケモモのジャムがあればよかったんだけど、さすがにそれは無かったのでブルーベリーで代用。
デザートは、まずチーズはプレートにしてお好みのものを。
果物はティアお婆さんの自慢の逸品が揃ってるので問題なしと。
ただ、飲み物は私の弱点なんだよねえ。特にワインと料理の「マリアージュ」とかいうものがわからない。
だって未成年ですから、お酒飲まないもの。まあ料理に使うお酒の味見ぐらいはできるけど。
そういうことで、揃えてあるワイン、ビールやエール、蒸留酒などの中から、お客さんそれぞれのリクエストに合わせて、メイドさんたちに適切なものを選んで出してもらいましょう。
ただ、飲み過ぎになりそうな場合は給仕する側で上手くコントロールすること。特にドワーフさんたちは料理の味もわからなくなるほど、べろんべろんになるまで飲み過ぎる傾向があるので注意が必要です。
パンは焼きたての見るからに良さそうなものがあるので、それを使う。バターとオリーブオイルを添えて、どちらをつけるかはお好みで。
最後にコーヒーか紅茶を、これもお好みで。
以上です。
これらの指示を各担当のシェフと厨士さんたちにそれぞれ伝え、順調に進んでいることを確認し、必要な部分は注意を与えた後、私は秘密の食材を手に入れに向かうことにした。
例の竜人さんは私の補助に回ってもらうことにしたので、帰って来るまで、「タタキ」につける秘密のソース、実は味噌の上澄み液を使った即席溜り醤油を作りながら、ちょっとのあいだ留守番だ。
さあ、行くぞ。
今から100人分の食材を手に入れにって、間に合うんですかね?
まあ、アスラは魔法が使えるから、それで何とかなるんでしょう。
行き当たりばったりとか、ご都合主義とか、いえいえ決してそんなことは……




