第15話 まさか!(ワイルド・ボアのサンドイッチ) ☆☆
「ま、まさかこんな展開になるとは、さすがのわたくしにも完全に予想外!」
「吾輩にとっても近年稀にみる『さぷらいず』である!」
「稀には見たのですか?」
「些細な言葉尻をとらえるなである。尻尾の毛が逆立ち、四本足でその場で飛び上がりそうなほど驚いたという意味を伝える、猫業界では当然の表現ではないか。逆に聞きたいのである。ゼブルこそ、どのように予想し、どのように事を収拾するつもりだったのか?」
「業務上の秘密なので黙秘致します」
「あのバカ、今になって謝るとか、どーいうつもりだ? これこそ『ありえねー』だろーよ!」
「ん、ん、ん!」
ウルサイなあ。それに「バカ」とか。
バカって言う人こそバカなんだぞ。
こういう時は素直に自分の非を認めて謝るべきなんだよ。
先生に習わなかったかなあ。
「決してこんなつもりじゃなかったんです。でも、ついやり過ぎちゃって」
「…………」
「まさか大切なお城まで壊しちゃうとは、本当に、ごめんなさい」
「…………」
「あのお、何て言っていいか……」
「…………」
嫌ーな沈黙が続く。
折角こっちが素直に謝ってるのに、これはないんじゃないの。
(…………)
「おい」
やった!
ガイアさんが、やっと口を開いてくれた。
「(我ながら、いきなり喜色満面で)はい、何でしょう!」
「さっきの料理の件の続きを言ってみよ。聞いてやろうではないか」
「え、言っていいんですか?」
「構わん。妾に二言はない」
えーっ、でもさっきは「怒らない」って言ったくせに激怒したもんなあ。
(言え。ただし最後にはきっと泣くぞ。覚悟しておけ)
泣くって、まさかぁ。
(信じられないならそれで良い。とにかく先程の続きを言うのだ)
「本当にいいんですか」
「くどい!」
(…………)
「(おそるおそる)では言わせてもらいますけど… 羊はまず選び方が間違っているのではないかと」
「…………」
「成長した羊には大抵は臭みが出てくるんです。食用にするなら生後7ヵ月程度までの母乳で育った仔羊でないと。微妙な乳臭さはありますけど、それが却って独特の風味として感じられて美味しいですよ」
「…………」
「群れのボスは体格は立派で食卓を豪華には見せるでしょうけど、やっぱり臭いがちょっと、ええと、聞いてます?」
「続けろ!」
「(早くも少しムッとして)あとはやっぱり焼き方です。長時間かけて丁寧っていうのはわかるけど、あれはやっぱり焼き過ぎです。羊の肉には寄生虫の心配がないので、火の通し加減は控えめで、身がほんのりピンク色ぐらいが食べ頃ですね。今日のあれではさすがに固すぎるし、パサパサなだけで旨味もない」
「………… それから!」
「(だんだん調子に乗って)それに料理を最初から、みんな食卓に並べて置くっていうのもダメ。これも豪華さの演出でしょうけど、折角の温かい料理が実際に食べる頃には冷え切ってしまう。やはり一品ごとに、できたてを出さないと」
「…………」
「(もはや絶好調で)要するに全て食べる側の立場になって考えないと。こういう場合、旧文化では、ある決め台詞を客の側から放っていいことになっている」
ここで私は背筋を伸ばし、ガイアさんをビシッと指さして言った。
「人の心がわからぬ者に、客をもてなす資格などない!」
(…………)
思いっきりスッキリした。
するとガイアさんの顔が少しずつ歪んで
「う」
「え?!」
「ううう」
「おろろ?!」
「うううう」
「まさか!」
「うわわわわわわぁ――――――ん!!!」
そう、そのまさかのまさか。
ガイアさんが泣いた。
しかも大号泣。
えっ、えっ? こんなのあり?
聞いてないけど?
(言ったぞ。最後には泣くから覚悟しておけと)
それは確かに聞いた。
いやー、でも、まさか魔王が泣くなんて、何かの冗談と思うでしょう、普通。
(我が冗談など言う筈がない)
いやいや、頻繁におっしゃいますが。
(う…… 仮にそうだとしても、この様な際に決して言うものか)
似たような会話、確かさっきもありましたよねえ。
それで私は100tハンマーを……
(さっきはさっき、今は今だ)
ふーん、それで言い逃れになると思ってるんだ。
(論点がずれておる。問題は、この号泣をどうするかだろう)
あ、それはそうだね。
長いこと魔王とかやってるから、周りの人は誰も厳しいことは言わないだろうし、ああ見えて意外と精神的に打たれ弱いのかも。
古い知り合いなんでしょ。
性格わかってるんじゃないの?
お聞きしますが、どうすればいい?
(方法はひとつだな。昨日作っておいた、ワイルド・ボアの蒸し焼きを挟んだサンドイッチがあるだろう。あれをガイアに食べさせてみろ)
えーっ! 夜食にでも食べようと楽しみに取っておいたのに。
(ケチ臭い事を言うな。肉は残っておるし、また作れば良いではないか)
そんなあ。
あ、そ、そうだよ、子供や犬じゃないんだから、食べ物なんかじゃ泣き止まないって。
うん、きっとそうだ。
(つべこべ言うんじゃない。忘れるな、お前の味覚は我にも共有されておる。あのサンドイッチは、パンは小麦粉に混ぜたライ麦粉の素朴な風味が効いておったし、薄切り肉の塩胡椒の加減も絶妙、新鮮な野菜の味や食感も最高であった。だからこそだ)
ううう、そうだよ、自信作だったのに。
こっちが泣きそう。
(お前まで泣いてどうする! それに今、お前も言ったではないか。ガイアの性格は我が分かっておる。きっと効果てきめんの筈だ)
くそお。
(飲み物も忘れるなよ。ガイアはコーヒーよりも紅茶派だぞ)
で、私は仕方なく、今は地面に座り込み顔を押さえて泣いているガイアさんに近づき、亜空間に収納してあったサンドイッチを取り出して、その2枚のうちの1枚を差し出した。
「はい、これ、良かったらどうぞ」
ガイアさんは少しびっくりした様子で私の顔を見上げた。
あーあ、整った顔が涙でぐしゃぐしゃだ。
でも、口を微かに開けて、なんだか可愛くもあるぞ。
「半分こだけど」
隣に座って先に食べ始めると、ガイアさんも思い出したようにサンドイッチを頬張った。
私は火炎魔法で小さな火を起こし、これも作っておいた紅茶を温める。
この紅茶も、今は失われた製法で自作した自慢の逸品だ。
作り置きを温めたにしてはまずまずの、いい香りが漂ってきた。
ガイアさんはまたサンドイッチを一口。
私もまた一口。
紅茶を差し出して、つい言ってしまった。
「一緒に食べると美味しいねえ」
私を見るガイアさんの瞳孔が真ん丸に開いた。
そして、とり憑かれたようにサンドイッチを食べ、紅茶を飲み、ふう、と息を吐きだす。
この人、本当に子供みたいに美味しそうに食べるなあ。
またサンドイッチを頬張り、紅茶を飲む。
食べ終わると私に向かって呟いた。
「やはりルシフェルか」
またかよ。
美味しいサンドイッチ食べたい!
あ、でも、セ〇ン・イレ〇ンのシャキシャキ・レタス・サンドは、あれはあれで……