第12話 こんなはずでは(いよいよ物語冒頭の場面へ) ☆☆
「良く来てくれた。妾が魔王じゃ。名をガイアという」
おお、落ち着いた綺麗なアルトの声だ。
これで衣装の勘違いさえなければなあ。
「招待に応じてくれて嬉しく思う。そなたたちを呼んだのは他でもない。聞けば、ヒト族の教会の教えでは美食を禁じているとか。それ故、美味を感じる器官も退化してしまったのであろう?」
うーん、最後はちょっと、よくある誤認かも。
「退化」したんじゃなくて、本当かどうかわからないけど、少なくとも教会の教えでは、最初から「与えられなかった」んだよね。
でも稀に、私みたいに最初から美味しいもの好きだったり、連れの二人みたいにだんだん味覚が開発されたりする人間が出てくる。
これは魔王さんから見れば「先祖返り」ってことになるのかな。それとも遺伝子の突然変異なのか、表立っては誰も言わないだろうけど魔族との混血なのか、何か別に理由があるのか、その辺は私にもよくわからないんだよね。
「しかし、そなたたちは旅をしながら美味を求め、つまり数千年前の情報を今に残す遺跡において、失われた料理のレシピの発見、入手に余念がないという。これは使い魔からの報告で知ったのじゃ」
ああ、使い魔さんたちにずっと見張られてたわけね。
全然、気付いてなかったなあ。
(まさか、感知していなかったのか?)
うん。だって気にしてなかったから。
別に、魔族に知られて困るようなことでもないしね。
(うーむ、しかし、教会に知られたらどうするつもりだったのだ)
決まってるじゃん。その時は得意の出たとこしょーぶ。
「遺跡に残された文明、文化の遺物は魔族の先祖が残したもの。その中でも料理に関するものは最重要である。何しろ全ての文明も文化も、そもそも美味を求めんが為の工夫と進歩から始まるのじゃからな。国民の盛衰はその食べ方のいかんによる、とは全く至言じゃな」
うんうん、良くおわかりじゃないですか。
料理の必要から火を応用することを知って、その火によって初めて自然を御し、更なる美食と利便を求めて技術を開発し……
でも、それこそが教会の最も嫌うところ、禁忌なんだけどね。
(くくく、だから、それにしてはこの料理は、という話でもあるがな)
「誤解しないで貰いたいが、妾は何も、それらの情報を魔族に返せと言っている訳ではないぞ。そなたたちには我等と通じるところがある、分かり合えるのではないかと思うのじゃ。
美味なものは一人で食べるより皆で楽しむ方が、より美味に感ずるではないか。美食の文化も同様であろう? 誰かが独占するより異種族間で共有することによって、その恩恵を更に享受できるのではないか? そうすれば魔族とヒト族の長年の不毛の争いに、いずれは終止符を打つ事も可能であろう。故に妾は、まずはそなたたちに妾の料理を供し、友好のきっかけとしたいと思ったのじゃ。
とまあ、堅苦しい話はこの位にしておこうか。あれこれ言ったが、大切なのはやはり料理を楽しんで貰う事じゃ。
ふふふ、妾が自ら腕を振るった料理の味は如何かな?」
来た!
来たーっ!!
来たあ――――っ!!!
どうする? 何て答えよう。
(正直に言えばあ?)
言えるわけないじゃん!
え、心の声さん、話し方変わってる?
ここにきてキャラ変?
「厨房にいる間も、ずっと楽しみにしておったのじゃ。そなたらの感想を聞くのをな。何しろ妾の初めてのお客様じゃからな。ゼブルやメイドたちに問うても、何やら早口で絶賛するばかりで、至極つまらんのじゃ」
あ、食べさせたんだ。
そりゃあ絶賛するよねえ。
魔王さん相手に、はっきりとダメ出しはできないよねえ。
で、「初めてのお客様」って、最初の犠牲者ってことかあ。
エライことになってしまった。
「今回、特に苦心したのは魚料理でな、一品は『カラシメンタイコ』、もう一品は『シオカラ』といって、いずれも古の『二ホン』という島国で秘蔵されていた、高貴の者しか食すことができなかった珍味を再現したのだ」
ああやっぱり。
確かに「珍味」ではあるよねえ。
でも、「再現」ねえ……、残念。
「肉料理に用いた羊も逸品であろう? 200頭以上の群れを率いる近隣でも屈指の長を、そなたたちのために特別に捕らえ、たっぷりと時間をかけて調理したのじゃ」
群れのリーダーかあ。それでこんな立派な体格なんだ。
でも、それで却って臭いが……
魔王さんの料理の説明が続きそうな勢いに少したじろいでると、ここで
「ガイア様」
お、ずっと沈黙を守ってた執事さん登場。
やった、話を逸らしてくれるかな、と期待すると
「いずれの御料理も、おっしゃる通り絶品かと存じます。これならばかつて料理の御師匠であられたルシフェル様も、さぞや感心なさるかと」
(ぶっ!)
ん? 心の声さん、どうかした?
執事さんも、そこでこっちをチラっとか見るんじゃない!
(ゼブルめ(怒)、我がこのクソ不味い料理の師匠だとお(怒・怒)、この料理に感心だとお(怒・怒・怒))
「料理の師匠というのは少し違うがな。妾は出来た料理を共に食べておっただけじゃ。まあそれで見様見真似で覚えたとは言えるが。しかしルシフェルか、懐かしい名前じゃ」
あれ? 魔王さんがなにか遠くを見る目になったぞ。
(…………)
「それはそれとして、さあガイア様、御料理の感想をお聞きせねば」
「おお、その通りじゃ。危うく忘れるところであったわ」
執事! 煽るんじゃない!
魔王さんも、思い出さなくていい!
(企みおって。相変わらず食えぬ男よ。ならばそれで良し。折角の企みに乗ってやろうではないか)
え、え? こっちも、なんかその気になってます?
私、すっかり置いていかれてる気分なんですけど。
「どうした? 正直に言って良いのだぞ。たとえ辛辣に批評されたとて、決して怒ったりはせぬと約束しよう。妾はそんな狭量な魔王ではないからな」
「…………………」
「…………………」
戦士と賢者、拒否権発動。完全に沈黙。
「ガイア様、こちらのお二人は遠慮されておられるのでしょう。どうですかな、本日の主賓である勇者様にまずお聞きしては」
「成程、それもそうだな。では勇者殿、妾の料理の味は如何であった?」
執事い―――っ!
よりによってこっちに振るんじゃな―――いっ!
やっぱりコイツ、超イヤな奴だ。
(今頃分かったか。人を見る目のないお前が悪い。もう手遅れだ。ガイアの質問に答えるしかあるまいよ)
な、な、何ですとぉ。
はっきり言える筈ないじゃないですかあ。
(相手は「正直に」と言っておるではないか。思ったままを言えば良いのだ)
いやいや、言葉にしなくったって、テーブルの上を見れば一目瞭然じゃね?
料理がほとんど減ってないのを見て、ふつう察するんじゃね?
(無理だな。そんな気の回る奴だったら、最初から、客を招待しようなど思うものか。自分の料理の腕を考えれば、恥ずかしくて手料理などふるまえる筈がなかろうて)
そんな空気の読めない魔王さんだったなんて。
ありえねー。
(あり得るのだ、ガイアだからな。最初に尋ねたであろう、「いいのか」と)
だってそれは、騙し討ちとかはないと思ったからで。
心の声さんだって、そこは認めてたじゃない。
(料理は別だ。ガイアの料理の腕がどれほど酷いものかは、我が他の誰よりも承知しておるからな。それをお前が「楽しみだなあ」などと楽観するから)
だって言ってくれなかったじゃない。
(言ったぞ。お前がまともに聞かず、軽く流してしまったのだ)
うう、だったら、なんでもっと強く言ってくれなかったんだあー!
(はあ、まるで子供だな)
はい、まだ14歳、しっかり子供です。
そんでもって儚げな美少女!
忘れないように、ここは強く言っておく。
(はいはい、そうですか。都合の良い時だけ子供ぶりおって。とにかく、ここは逃げられんぞ。ゼブルの奴はお前を嵌めにきたのだ)
嵌めにきたって、どういう意味よ?
(言葉そのままだ。全て知った上で、お前とガイアを衝突させようとしておるのだ)
はあ?
そんなことして執事さんに何の得が?
(損得ではない。しかし奴の計画の為には、どうしても必要な過程なのだろうよ)
計画って、まさか勇者と魔王を正面切って戦わせて、それをきっかけに人間と魔族の全面戦争にするとか?
(さあ、それはどうかな。我にもある程度、奴の計画が見えてきた。必ずしも、即、全面戦争とはなるまいよ。だが面白くはなってきた。仕掛けに乗ってやれ。まずは正直に料理の感想を言うのだ。簡単な事ではないか。ほーら言え、そーれそれ)
遊ぶな!
だから、言うのは簡単だけど、その後が…
(得意の出たとこ勝負で良いではないか。お前が言えぬなら、我がお前の口を借りて、はっきり言ってやっても良いのだぞ。幼い頃や冒険の旅に出てすぐの頃には、よくお前の口や身体を借りてそうしてやったではないか。悪戯をした後に上手い弁解をしてやったり、まだ経験の浅いお前に代わって魔物を一蹴したり。なかなか楽しかったな)
いや、思い出話なんてしてる場合じゃないって。
(はっきりせぬ奴だな。こんな煮え切らぬ勇者など、それこそ「ありえねー」ではないか。そもそもお前は、あの料理を美味いと思ったのか? だとすれば相当のバカ舌だぞ)
バカ舌? 失礼な!
そ、そりゃあ当然不味いでしょうよ。しかも壮絶に。
(聞こえぬ! もっと大きな声で!)
「不味い! それも壮絶に!」
あ、しまった、声に出た。
「「「な!」」」
部屋の空気、一瞬にして凍り付く。
とうとう物語冒頭の場面に至りました。
次回は急展開!
初めての投稿です。
面白そう、続きが読みたいと思われたら、ブックマーク登録や評価ポイントなど、よろしくお願いします。