8)大蒜
誤字のお知らせ、ありがとうございます~(*´∀`*)
「あら? 珍しい、先客?」
いつものようにお忍びでやってきた、人の国で最大版図を誇る国の第11王女、エミリアとその侍女レイア。
狭くて薄暗い店内のカウンターには、一人の初老の男性が座っている。
こちらを振り向いた先客は簡単に会釈をしてから、自身の手元に置かれた飲み物に向き直った。
エミリアも簡単に会釈を返すと、先客から1つ席を離してカウンターへ着席。
「あら? 先日雇った可愛らしい店員さんはお休みなの?」
エミリアが厨房で鍋の中に油を注ぐ店主に話しかけると「ちょっとお使いだ。海までな」という返事が返ってきた。
「へえ、店長も冗談なんて言うのね」
「冗談?」
「海なんてここから何日かかると思っているのよ」とコロコロと笑う。
それを聞いた店主は「、、、、そうか」とだけ答えた。
「、、、、おい、カーヴ、まだか?」そんな2人の会話に割り込むように、初老の男が店主をせっつく。
「まだ、始めたばかりだろう」と店主は呆れたような声を出す。
「む、しかし、、、、」初老が続けて何かを言おうとしたが
「ここではただの客だ、そう言う約束のはずだ」と言う店主の言葉でおとなしくなった。
なんだか訳ありの客なのだなと侍女のレイアが様子を窺っている横で、エミリアが店主へカウンターを少し乗り出しながら
「ねえ、カーヴって店長の名前!? 私もカーヴさんって呼んでいい!?」と無邪気に聞く。
店長は少し片眉を上げたが「、、、好きにしろ」と言った。
そうこうしているうちに、鍋の油に熱が入ったのを確認した店主は白い皮に包まれた、下だけが妙に膨らんだ見慣れぬ野菜を取り出すと、身の背の部分に何回か切れ目を入れて、皮も剥かずにそのままそっと鍋の中へ滑り込ませた。
「えっ!? それは皮も食べることができるの?」
いつものように興味津々で厨房を覗き込むエミリア。
「いや、皮は食べない。ただ、皮ごと揚げてやると、良い感じに火が通る」
「そもそも、”それ”は何なの?」
「大蒜、だ」
「にんにく? 聞きなれない名前ね? 、、、、そんな見た目なのに、肉なの?」
「肉ではない。野菜だ。。。ああ、そろそろだな」
頃合いにからりと揚がった大蒜を取り出し、皿に置く。
身を乗り出しているエミリアの鼻腔をくすぐる、食欲を刺激する香り。
にんにく自らが「私は美味しいですよ」と主張しているようだ。エミリアも、隣にいたレイアも思わずゴクリと喉を鳴らす。
「ね、私もその、、、」「お嬢ちゃんはやめたほうがいい」
エミリアの言葉を遮るように、初老の客が強い口調で言った。
その調子にいささかムッとしながらも、王族として教育された感情を表に出さない技術を駆使して、なるべく優雅に「なぜでしょう?」とその客へ問いかける。
初老の客はエミリアの感情など全く気にしていない風に「それは大人の食い物だ」とだけ言った。
「失礼ね! 私だってもう立派な大人よ! カーヴさん! 私にもそれを出して!」感情を隠すのも忘れてプリプリしながらにんにくを注文するも、店主も少々困惑顔。
「あー、エミリアさん、そちらのお客さんのいう通りだが、、、ちょっとこの料理は香りが強いんだ」
「もう! カーヴさんまで何よ! 何が出てきたって文句は言わないわ! 絶対食べるんだから!」
と一歩も引かない気概のエミリア。それをみた店主は侍女のレイアに視線を移し
「えーっと、今日はこの後、人と会う約束とかあるか? 例えばそうだな、、、恋人とか、そう言った大切な相手と」
唐突な質問にレイアは少々戸惑いつつも、「いいえ、そう言った予定はありません」と答える。
それを聞いた店主は「分かった、じゃあ、もしそういう約束ができたら、日を改めるようにしてくれ。それだけ約束してくれたら”にんにくの丸揚げ”を出そう」
という妙な条件をつけた。
さらに初老の男も「忠告したぞ」と添える。
それでもここまで来たらエミリアは引かない、「大丈夫よ! 約束するわ!」と高らかに宣言し、隣でレイアが小さくため息を吐くのだった。
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「はい、にんにくの丸揚げだ。ここの切れ目にこの串を刺せば、中の身が出てくる。それを塩につけて食べると良い。熱いから気をつけてな」
目の前に置かれたにんにくの丸揚げからは、えも言われぬ蠱惑的な香りが漂っている。
エミリアは店主の説明もそこそこに、にんにくの先端部をつまんで「あっつい!」と声をあげて、少し恥ずかしそうにした。
改めて慎重ににんにくを押さえて、言われた通りに皮の切れ目に添えてあった串を刺すと、ほっこりとした感触があって、つるんと白くてツヤツヤした身が飛び出て来た。
塩をちょん、ちょん、と付けて、口へと運ぶ。
歯で噛むより先に、先ほどから鼻腔をくすぐり続けた香りが口の中で爆発する!
とても暴力的で、抗いがたい香りの爆弾だ。
その勢いに押されて身を噛み砕くと、ホクホクとした身は抵抗なく崩れ、柔らかな甘みが舌を包む。
にんにくの一欠片があっという間にほろほろと口の中から消え去った後は、再び鼻を抜ける強烈な、だが至福の香りの余韻。
「美味しい。何よ、脅かしちゃって。すごく美味しいじゃない!」
そういって、パクパクと丸ごと1個分のにんにくは、エミリアのお腹に収まって行ったのだった。
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その夜。
宮中でも数少ない、エミリアを慕っている腹違いの弟、ウィンストンがエミリアを見つけて嬉しそうに走り寄って来たものの、突然急停止して鼻に手を当てながらちょっと涙目で
「エミー姉様、、、、、何かおかしな香水でもかけられましたか、、、、?」
と言われたことで、エミリアは店主たちの助言が正しかったことを痛感するのだった。