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7)魔王軍幹部の部下と氷結魔法


「カーヴァイン様が氷結魔法の使い手を探している!?」


ここは魔王城の一角。魔王城に詰めている部下たちが休憩や詰め所として利用している部屋だ。


その部屋で大きな声をあげたのは、ウィザードのリリン。

周辺で休憩していた別の魔族達が一瞬ちらりとこちらに視線を向けるが、さして興味なさそうに元の会話に戻る。


「しぃっ! 声が大きいよ。噂だって、う、わ、さ。何でも口の固い良い人材はいないかってレクター様に聞いていたらしいよ」


同僚の口から出たレクターとはウィザードを統括する部署を統括している魔族、つまりリリンの上司である。


「わ、私が立候補する、絶対に立候補する!」


リリンが力強く宣言するも、同僚のウィザードは呆れた顔でリリンを見ながら嘆息


「だから噂だって。それに、カーヴァイン様が探しているってことは、生半端な実力じゃ歯牙にもかけてもらえないんじゃないの」


そのように言われて、リリンは「ぐぬぬ」と呻く。確かにリリンの実力はそれなりではあるが、逆に言えばそれなりでしかない。


「でもカーヴァイン様のお手伝い、、、」


「あんたカーヴァイン様好きだものね」同僚に茶化されて


「すっ、好きとかそんなんじゃ、、、」と慌てる。


リリンにとってカーヴァインは憧れの人だ。その実力は魔王ですら恐れるとされるが、今までの功績より魔王もある程度の自由を認めており、普段はどこで何をしているかすら分からない。謎多きミステリアスな幹部。一説には王国中枢部に入り込んで壮大な計画を遂行中とも言われている。


「でも、、そうだよね、、、私なんかじゃ、、、」しょぼんと耳を伏せたリリンに


「さぁ、そろそろ休憩終わり。行くよ」と同僚が声をかけた。




同時刻。


昨日は料理の研究に熱中してしまい遅くまで起きていたカーヴァインは、自前の農場の片隅にある小屋からもそもそと起きてきた。


「もうこんな時間か、、、」


今日も日差しが強い。麦わら帽子を被った魔王軍最高幹部の一柱は、あくびをしながらお目当の作物の収穫に勤しむのだった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



リリンにとっては衝撃的な宣言であった。


「あの、、、レクター様? ほんとですか? 本当に私でいいのですか?」


「うん? 嫌なら別の人材を推挙するが?」


「とんでもない!! やります! 是非やらせてください!」


まさかお昼に話していた、カーヴァイン様の件が自分に回ってくるとは思っていなかった。


「では、カーヴァイン様は3日後魔王城に立ち寄られるそうだ。その時に面談して気に入れば手伝ってもらうと言っていたのでそのつもりで。カーヴァイン様が使うのであればリリンはしばらくカーヴァイン様の傘下に入ることになるから、動けるように準備しておきなさい」


「はいっ分かりました!!」


元気よく返事をして退室していくリリン、レクターはそれを見送ってから


「しかし変わった依頼だ」と、カーヴァインからきた依頼書を眺める。そこには人材候補として


・氷を作れるもの

・凍らせない程度に冷やせる魔法を使えるもの

・高威力の魔法は不可

・口の固いもの

・見た目が優しげなもの

上記全ての条件を満たしているウィザードをお借りしたい。


アルヴァルト=カーヴァイン


とあった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



3日後、憧れの人物を目の前にしたリリンは緊張でガチガチである。


「そんなに緊張しなくてもいい」そのようにカーヴァインに言われても


「は、はひ!」と答えるのが精一杯だ。


「、、、まぁいい。それで、リリン、君は低出力の氷結魔法は問題なく使えるのだな。ある程度の時間可能か」


「はひ! 大丈夫れす!」噛み噛みではあるが、リリンにとっては朝飯前だ。高威力の氷結魔法は使えないが、意外にコントロールの難しい、低出力の氷結魔法を長く使用できることには同僚からも定評がある。尤も、今の所夏場にお弁当を悪くさせない程度にしか役には立っていないが。


包み隠さずそのように説明すると、カーヴァインから返ってきたのは「素晴らしい」という意外な言葉だった。


思わぬ言葉にリリンがちょっとキョトンとしていると、


「もう一つの重要事項、君は何があっても、何を見ても絶対に黙っていることは可能か?」


「はい! それは約束できます!」リリンは拳をぐっと握りしめる。


そんなリリンをしばらく見つめていたカーヴァインは


「よかろう。では君に手伝ってもらうことにする。出発は、、、明日で」


「今日すぐにでも出発できます!」勢い込んで前のめりになるリリンにカーヴァインはちょっと苦笑して、「そうか。じゃあ今から出かける。ついてこい」と言った。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



やる気満々でカーヴァインと出発したリリンは今、薄暗い室内の一角で、カーヴァインのしている事をぼんやりと眺めている。

頭には先ほどカーヴァインから渡された三角巾。ここが敵の本拠地、王都である以上リリンのピンと立った狐耳を隠すのはわかる。言われた通りに三角巾を頭につけた。それはいい。しかし、これは何をしているのだろう?


リリンにはどう見てもカーヴァインが料理をしているようにしか見えなかった。



カーヴァインは卵を割ると卵黄だけ分けて、同じ容器に大量の砂糖を入れて丁寧にしかし素早くかき混ぜてゆく。

店の中にはカーヴァインが卵を攪拌するカツカツカツという音だけが響いている。


程よくふんわりとしたら、今度は鍋に牛乳を入れて温め始める。

と。そこでリリンに向き直ると「あの箱の中を長時間冷やせる魔法を使って欲しい」と指示を出す。


リリンは言われた通りに箱全体に氷結魔法を発動させる。

それが終わると、またカーヴァインの作業を眺めるだけだ。



「あの、、これは一体、、、?」


「まぁ待っていろ、今いいものを作ってやる。ひとまず座っていろ」


そのように促されてカウンターの椅子へとちょこんと座る。


その間もカーヴァインは温めている牛乳から目を離さずに、時折かき混ぜながら煮立たぬように様子を見ている。


「しまった、忘れるところだった」


カーヴァインがそのように呟くと、持ってきた袋から干からびた木の皮のようなものを取り出し、それを少し切って細かく刻むと牛乳の中へと投入した。


「それは、、、?」


思わず聞いてしまったリリンにカーヴァインは


「バニラビーンズだ」と答える。


「ばにらびー、、、、?」カーヴァインが鍋に集中しているので、それ以上質問を重ねるのは憚られた。


牛乳が温まってきたら、先ほどかき混ぜた卵黄を少しずつ加えてゆっくりとかき混ぜる。


それからしばらく、くつくつと、静かな時間がすぎてゆく。リリンの職場であった魔王城は常に人が行き交い非常に騒がしかったため、こんな静かな時間は実に久しぶりな気がする。



鍋の中がとろりとしてきたら、火から離して網で漉して、粗熱をとる。


それから少ししたら、適当な容器に移し替えて、先ほどリリンが魔法をかけた箱の中へ。



「さて、ここからはたまに様子を見てかき混ぜるだけだ」


そう言いながら手を洗い調理器具を洗い始めるカーヴァインにリリンは思い切って聞いてみた。


「あの、ここはなんなのですか?」


「ここか? 飯屋だ」


「はぁ、いや、ではなくてなんでカーヴァイン様が料理を?」


「うん。ここが飯屋だからだな。ああ、それからここでは名前ではなくて店長と呼べ」


全く要領を得ない答えが返ってくるも、リリンは考える。

まさか只の料理屋ではないはずだ。何かの計画の一環で、私には教えられないことがあるのだろう。だから、「口の固い者」を選んだのだと思う。


そんな風にあれこれ考えている間も、カーヴァインは時折箱から容器を取り出してはかき混ぜて、箱へと戻す。


どれくらい時間が経ったろう、この小さな空間の扉を開ける者が現れた。


「こんにちは、今日もやってる?」


「ああ、今日は随分と遅い時間だな」


リリンがそちらに目をやるとまだ少女と言っていい身なりのいい年頃の女性と、そのお付きに見える清楚な女性が入ってきた。その気さくな言葉使いからカーヴァイン様とは面識がある事をうかがわせる。と、少女がこちらに気づいて


「そうなの。ちょっと外せない用事があって。暑いわね、今日も。あら? 先客? 珍しいわね」とリリンに声をかけてくる


なんと返していいかわからずに、ぺこりとお辞儀をするリリン。


「うちの店で雇おうかと思っているんだが、今日は半分客だな。しかし、いいところに来た。ちょうど出来上がったところだ」


カーヴァインはそのように言いながらエミリアとレイアに座るように促した。



小さなお皿に盛り付けられたのは半円になった、優しい白さの何か。

リリンのみならず、エミリアとレイアも自分の前に配られたそれを、きょとんと眺めている。


「アイスクリーム、だ。暑い日にはぴったりだな」


カーヴァインがそのように言うと、エミリアとレイアはためらう事もなく未知の食べ物を口に運ぶ。

そして「んんん〜♪」と声にならない歓喜の声を上げた。


その様子を見たリリンは恐る恐るアイスクリームを口へ。


「あっ」ひんやりとした甘い物が舌の中で溶けてゆく。そして余韻とももに鼻を抜ける甘さを引き立てる香り。


喉を通り、お腹に落ちるまでに身体をひんやりとしてくれる。


「なにこれ、、、美味しい、、、」


「ね、このお店、変なものしか出さないけれど、美味しいのよね」



隣に座った身なりのいい少女に笑いかけられて、リリンは思わず笑みを返すのだった。





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