6)舌の上で踊る。かぼちゃのポタージュ
人の住まう世界では最大の王国である巨大な国の、権力という名の特等席に座る15人の子供。
もっとも一番上は齢30を越えて、もはや子供と呼ぶには無理があるが、とにかく王の15人の子息はいずれ世界の運命さえも握りかねぬ可能性を持っている。
ゆえに兄弟といえど、王宮内は力の誇示や足の引っ張り合いに終始しており、あまり兄弟間の交流というものはない。
11番目の娘であるエミリアは、早い段階で権力には興味がないことをアピールし、こういった争いからは距離を置いていた。
エミリアの母は市井の者である。有力貴族とのつながりもなく味方にしてもこれといった役には立たず、さりとて敵対するほどの脅威もないエミリアのことを、権力争いに勤しむ多くの兄弟は「いないもの」と見なして相手にしていない。
正直エミリアにしてもこれは望むところなので、全く気にしたこともなかった。
ただ、そんな王宮内のつまはじき者であるエミリアに対して、少人数ではあるが親しげに話しかけてくる奇特な兄弟もまた、いないでもなかった。
いつものように居心地の悪い王宮を早々に抜け出して、あの、不思議な食事を提供する食事処へと足を運ぶ。
最近は侍女のレイアも来訪を楽しみにしているようで、何も言わずに黙ってついてくる。
ちなみにレイアの思惑は少し違う。無論、レイアとしても楽しみなのは否定はしないが、どこで何をするかわからない子犬みたいな姫が大人しくしてくれているこの食事処は大変助かる存在であった。
歩き慣れた道だからか、今日はどんな不思議なものが出てくるか楽しみにしていたからであろうか。
レイアも警戒心が散漫だったのは否めない。
巨大都市サルーンの端の端、城壁にへばりつくような街並みの一角のさらに路地裏の窓もない薄暗い食事処。
その扉に手をかけたところで初めて後ををつけられたことに気づいたのは、レイアにとっても一生の不覚であった。
「こんなところでお食事なんてできるのですか? エミー姉様!」
後ろから声をかけられて飛び上がりそうになりながら振り向いたエミリアの目には、小柄の少年の姿が。
エミリアもよく知っている相手だ。少年の名は、ウィンストン。人々は彼を第13王子と呼ぶ。
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扉が開けられてそちらに視線を移した、この店の店主にて魔王軍最高幹部の1人カーヴァインは、いつもの女性の2人客以外にさらに2人の連れがいたため、少しおやと思ったが表情に出すことはなく「どうぞ」とカウンターの席を勧める。
新顔の2人はまだ10歳そこらであろう少年と、いかにも武人然とした佇まいの初老の男性だ。
「、、、、弟なの。名前はウィンストン」カーヴァインの気持ちを汲んでか、エミリアが簡単に紹介する。
「そうですか。初めまして」
それ以上詮索するつもりはないので、カーヴァインは短く答えた。この店にいる限りはカーヴァインはただの定食屋の店主であり、それ以下でもそれ以上でもない。そのように自分を定めていた。
「なんていうか、、、雰囲気のあるお店ですね」
あどけなさの残る顔をキラキラさせながら店内を見回しているウィンストン。その隣に座った初老の男性は逆にカーヴァインから全く視線を逸らそうとはしない。睨みつけているのではない。ただ、見ている。こういう人間は、怖い。
「それでウィンストン、どうしてここに?」
改めて聞くエミリアに、ウィンストンはいたずらが見つかった子供のように少し首を縮めて
「だって、この間エミー姉様とレイアが喋っているの聞いたんだもん。街で2人で美味しいもの食べたって。今度また行こうって。エミー姉様が嬉しそうに話していたお店、僕、気になったんだ」
エミリアは少し渋い顔をする。王宮内でこの店の話をすることはあまりない。よりによって数少ないタイミングの会話を聞かれていたのか。
「でも、ウィンストンが外でお食事をしたらお母様に怒られるのでは?」
ウィンストンの母は、この国でも有数の貴族の娘だ。年少とはいえエミリアとは比べものにならぬほど、影響力の強い後援者を持っている。本来、護衛1人連れて街をうろついて良い子供ではない。
「エミー姉様が内緒にしてくれれば大丈夫。ね、バクート?」
ずっとカーヴァインから視線を逸らさなかったバクートと呼ばれた初老の男性は、初めてその視線を外してウィンストンに「は。」と短く答えた。
小さくため息を吐くエミリアを見ながらカーヴァインが聞く
「それで、今日は4人分用意するで、いいんだな」
付いてきてしまったものはしょうがないと気持ちを割り切ったエミリアは
「そうね、、、それで、今日はどんなものが出てくるのかしら」
と、食事を楽しむことに専念することにした。
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「今日は、これだ」
カーヴァインがカウンターに”ごとり”といかにも重そうに置かれた、ゴツゴツとした濃い緑色、ともすれば黒くも見える物体。
「岩?」エミリアが指先でコンコンとその物体を叩くと、そのままコンコンと硬質な音が返ってきた。
「僕、石は食べられないよ?」ウィンストンが困った顔をする。
「岩ではない。かぼちゃ、という立派な野菜だ」
「かぼちゃ、、、でも、こんな硬くては食べられないわ」
「そのままでは食べない。今、仕込んでいる最中だ。ちょっと待っていろ」
見れば、このかぼちゃなる野菜を切り分けたのであろう、ブロック状のものが皿の上にまとめられていた。
外見はかなり厳ついかぼちゃだったが、中身は淡い橙色で少し美味しそうだ。
「これはもう茹でてある」
そう言いながら、カーヴァインが器具でブロック状のかぼちゃを押すと、かぼちゃは簡単にぺしゃんと潰れる。
「すごい!? そんなに柔らかくなるの!?」エミリアがいつもの調子を取り戻して興味津々にカウンターを覗き込む。
「ああ、そして、このままでも美味い。食べてみるか?」
「もちろん!」
エミリアの元気良い返事にカーヴァインは苦笑しながら小皿に4つ。茹でたかぼちゃをそれぞれの眼前に並べた。
「いただきます」慣れたものであるエミリアとレイアは躊躇なくかぼちゃを口に運ぶ。一方、ウィンストンとバクートはその様を見ながら逡巡していた。
エミリアの口に放り込まれたかぼちゃ、最初にきたのは驚くほどの甘み。先ほどの岩からこんな甘みが出るとは思ってもみなかった。嬉しい驚きである。そしてこの食感も面白い。外側がホクホクとしたかと思えば、内側はねっとりと甘みが舌に絡みついてくる。これだけでも上等なお菓子のような味わいだ。
「あまぁい」エミリアが大きな目を細めて呟き、レイアは黙って手を頬に添えている。
そんな様子を見たウィンストンは、意を決してかぼちゃを口の中に放り込むと、少しもぐもぐしてから「美味しい」とつぶやいた。
エミリアたちが素のままのかぼちゃを堪能している間にカーヴァインの作業は続く。
しっかりと潰したかぼちゃを入れた鍋に牛乳も入れて、馴染むまでかき混ぜる。
それから鍋に火をかけて、ゆっくりと温めながらバターをひとかけら。
さらに別の鍋に用意しておいた透明なスープを加え、塩で味を整えながらかき混ぜてゆく。
小さなスプーンで味を見て
「よし。できた」
というと、火を止めて器へと盛り付けていった。
「かぼちゃのポタージュだ。どうぞ」
出されたものにはあのゴツゴツとした姿を連想されるものは一つもない。
むしろ、たおやかさや気品すら感じる美しさである。
スプーンで少し掬って口へ運ぶ。
先ほどの茹でたかぼちゃは、予想していなかったこともあり強烈な甘さを感じたが、牛乳と混ざり合い優しい甘さへと変貌を遂げている。そこに、ほんの少しの塩味と、複雑な旨みのスープが絡まり、ぐっと深みのある味わいとなっていた。
それにこの舌触り。普通のスープとは違い、とろりどころか、どろりという感じだが、全く不快なことはない。
むしろこの食感が楽しい。
気がつけば皆、夢中でポタージュをすすっていた。
今回も大変満足したエミリアだったが、その後王宮で度々「次はあの店、いつ行くのですか!?」と、子犬のようにじゃれついてくるウィンストンに困惑することになる。