5)アスパラベーコンの…
「まったく! ガイゼルったら!」
巨大都市サルーンの端の端、城壁にへばりつくような街並みの一角のさらに路地裏の窓もない薄暗い食事処。
その店のカウンターに仕立ての良い洋服を着た年頃の少女と、少女に付き従う女性が座っている。
今日は少女の方は何やらプリプリと怒っており、侍女がなだめていた。
「まぁまぁ、ガイゼルも悪気があって言っている訳ではないと思いますよ、、」
ガイゼルはエミリアの幼い頃の教育係の1人であった。カウンターで不機嫌さを隠そうともしないこの国の第11王女のことである。
それゆえか、今では放置気味となっているエミリアの自由奔放な行動を咎める数少ない人間の1人で、エミリアを見かけるとお小言が始まるのだ。
「でも私は兄様、姉様とは違って関係ないのに」
流石に王宮内以外で継承権に関する話をするのはまずいと言う判断が働き、言葉をぼかしながらなのでエミリアの歯切れも悪い。
ガイゼルは「王位継承権を持つものとして、それなりの行動を」とか、「継承権が低くとも、せめて上位継承権を持つ兄姉との交流を」とか色々うるさいのだ。
エミリアは継承権や、その争いとは距離を置いて過ごしている。それは、良い事もあれば悪い事もある。
良い事としては、よほどの物好きでなければ自ら首を突っ込みたいとは思わないであろう、次期王位を巡る水面下の争いに関わる事なく過ごせる事。悪い事としてはどの兄姉ともさしたる交流を持たないエミリアは、王が変わったあとの先行きが不透明なところか。
王になった者の器にもよるが、良くて政略結婚の駒。最悪は粛清対象までないとは言えない。
「でもあんなに口を酸っぱくしながら言うことないじゃない」
エミリアがそう言ったとき、カウンター越しにクスリと笑い声が聞こえた。
声の主はこの店の主人である。
「あら、何がおかしいのかしら? と言うか、それは何?」
店主にも若干の八つ当たりをしながらも、エミリアの目は厨房のまな板に置かれた小さな赤い実を興味津々で見つめる。
赤い実にはハリがなく、クッタリと力なく横たわっているように見える。果実としての旬はとうに過ぎてしまっているようだ、と言うか、、
「、、、その実、悪くなっているんじゃないの?」
エミリアが思ったことを素直に口にすると、店主、カーヴァインはニヤリと笑って
「まずはこのままで食べてみるか?」
と聞いてきた。店主がこの様に言うのならそのままで美味しいのだろうと、エミリアはこくりと頷く。
小皿に1つずつ置かれた赤く萎れた実がエミリアと侍女のレイアの前に置かれる。
「フォークはいるか?」
「箸の練習しているから、大丈夫」
カーヴァインから教わった箸の使い方を復唱しながら、おぼつかない手つきではあるが赤い実を掴む。
「あ、それと、少しずつ食べた方がいい。それと、タネは吐き出してくれ」
店主の言葉を聞くと同時くらいに、エミリアはその実を丸ごとパクリと口へ。
「!!!!????」
口の中に広がるのは強烈な塩味と酸味、口内にとめどなく唾が溢れてくる。
口がすぼまることを、目がぎゅっとなることを止まられない。
王女と侍女、マナーについてそれなりの教育を受けてきた2人ゆえ、かろうじて吐き出すことはとどまったが、代わりに
「酸っぱい!!!!!!!」
大声が飛び出した。
「それは梅干しという。”口を酸っぱく”なんて会話をしていたからタイミングがいいなと思ってな」
未だ強烈な余韻冷めやらぬエミリアは水をごくごくと飲んで、プハッと息をつく。
「もう! こんなに酸っぱいなら先に言ってください!」
「いや、すまんすまん」
ちっとも申し訳なさそうに見えない謝罪を口にしながら、カーヴァインは愉快そうに笑った。
「それにしても、きょうの料理にこれを使うのですが? 私はちょっと食べられそうにありませんが」
侍女のレイアが困惑の表情で、口から出したタネを見つめる。
「もちろんそのままでは使わない。もっとも、量を加減すればそのままでも充分にうまいのだがな」
言いながら、梅干しからタネを取り出し、包丁で叩く。
それを器に入れると、蜂蜜や、何やらタレの様なものを入れて良く馴染む様に混ぜてゆく。
それが終わると、緑の鮮やかな棒状の野菜を取り出し、それにベーコンを巻いていった。
「その緑のものは?」
先程までのイライラは梅干しのインパクトで忘れてしまった様に、カーヴァインの作業をカウンター越しに見つめるエミリア。
「アスパラガスという野菜だ。熱を通すと穂先は柔らかくて下の方は程よい食感が残る。風味もいい」
喋りながらもベーコンを巻いたアスパラをフライパンに並べて熱を通してゆく。
弱火でゆっくりと火を通すとベーコンから出る油で、自然ときつね色の焦げ目が付いてゆき、すでに美味しそうだ。
「そろそろだな」
スライパンから取り出すと、2本のアスパラを十字に重ねる様に皿に盛り付け、その上に先程の梅干しのソースをかける。
「アスパラベーコンの梅肉ソースだ」
エミリアとレイアの眼前に差し出されたアスパラベーコンは、しっかりと巻かれたベーコンの先端からひょっこりと顔を出す鮮やかな緑と、先程よりも若干落ち着いた梅肉ソースの赤のコントラストも美しい。
しかし、先程の衝撃もあるので、少し警戒しながら口へと運ぶ。
ベーコンの弾力を越えると、アスパラガスは驚くほど抵抗なく噛み切られる。
ベーコンの程よい塩味とアスパラガスの風味が心地よい。さらに、梅肉ソースの存在感である。
蜂蜜の甘みなどが加えられた梅肉ソースは先ほどとは打って変わって、優しい味わいとなっている。
そうなると爽やかな風味は、驚くほどアスパラガスに合う。というか、どんな料理にでも合わせられそうな器の大きさを感じるソースだ。
「はぁ〜」レイアから思わずこぼれ出るため息。手は頬に添えられている。
酸っぱいものでも、料理すれば美味しくなる。
エミリアはなんとなくガイゼルの顔を思い出しながらアスパラベーコンを齧る。
今度は、ほんのちょっとだけ、カイゼルの話も聞いてあげようかしら。
そんな風に思いながら、アスパラベーコンの続きを楽しむのだった。