2)王国第11王女と、大葉の天ぷら
この世界を二分するといっても過言ではない巨大王国の王都、サルーン。
もはや街一つで周辺にある小国程度の規模ともされ、人間の住まう街では最大のものだ。
そんな国を背負う国王には多くの子息がいる。その数実に15名。第1王子が齢30を越えると言うのに、第15王女は未だ赤子という幅広さである。
様々な才を持つ数多の妃との間に授けられた多数いる王子、王女は、実に個性的な者が多く、良くも悪くもこの国の強大さを見せつけてた。
一応、全ての王子王女に王位継承権があるが、現実的に時代の王を争っているのは精々が第6王女か、第7王子辺りまでで、それ以降の子息は、政治に口を出さなければほぼ好きに生きてゆけば良いという気楽な立場にあった。
そんなお気楽な立場の中に、第11王女エミリアがいた。
彼女は常に暇であった。これといってやることもない。なので”視察”と称して頻繁に街へと繰り出している。
最初の頃は苦言を呈するものもいたり、密かに警護に出た者が予測不能な行動に右往左往させられていた。だが王の意向もあり、最近ではもはやほぼ放っておかれているという王女とは思えぬ扱いを受けているのだ。
本人もいささか危ないところに行くときはちゃんと警護を依頼するし、常に侍っている侍女が1人いる。
今日エミリアが”視察”を予定していたのは、王都の端、城壁沿いの区画だ。
その区画に興味があるというよりは、近々街の拡張のために一旦破壊される予定の城壁の作業を眺めに行くのが主目的。
「それじゃあ、レイア、行きましょう!」エミリアの半身と認めるほどに信頼をおいている侍女に声をかけて、今日も今日とて彼女は街へと元気に遊びに出かけるのだった。
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その店をエミリアが発見したのは偶然だ。
古い民家が立ち並ぶだけのつまらない区画の更に横道に入った先、そんな場所にポツンと「食事」という簡素な看板を掲げている店。
大通りとは遠く離れ、到底お客さんが来るとは思えない。
興味津々に店の中を覗こうとするエミリア。
「まさか、お入りになるつもりで?」
「うーん、そうね。こんな所に食べ物屋さんなんて、不思議じゃない?」
「不思議ではありますが、、、おやめになられたほうがよろしいかと。とても美味しい物が出て来るとは思えませんし、何か犯罪の符丁かもしれません」
レイアは無駄であろうなと思いながらもエミリアの気持ちを翻そうとする。
結果は無駄。
「そうね。じゃあ、扉は少し開けておいて私だけ入るわ。何かあれば大声を出すから、人を呼んでちょうだい」
「いえ、それは流石に、、、」
「大丈夫よ、ほら、すぐそこで城壁の作業を見守っている衛兵もいるじゃない。あの人を呼べばいいのよ。じゃあちょっとだけ待っていてね」
そのように言うと、止める間も無く扉を開けて店に滑り込んでしまった。
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店内は窓がないため薄暗く、ちょっと変わった明かりが厨房とカウンターを照らすのみ。
向かい合わせのテーブル席が2つ、壁に張り付くように据えてある以外はカウンター席しかない。
「おや、いらっしゃい」
挨拶をしたのは店の店主と思しき男だ。
「さ、遠慮なさらずに、どうぞ」
カウンター越しに席を勧められ、エミリアは警戒しつつも席へと座る。
「メニューはあるの?」エミリアが聞くも、店主は少々困ったように首をふった。
「いずれ用意したいのですが、あいにくとメニューにできるほどの品数もありませんで」
「メニューもないのに、こんなところでお店を? そもそもお客なんか来るの?」
「そうですね、変わり者のお客様がたまに。まぁ、ここは趣味みたいな物ですので」
ズバズバと言いたいことを言うエミリアに、店主は苦笑しながらそのように説明した。
「そう、それじゃあ、今日は何が出せるの?」
「今日は天ぷらの研究をしていましてね。やっと”あの世界”の大葉によく似た葉っぱを見つけたのですよ」
「テンプラ? オオバ? 王国では聞き慣れない言葉だけど、、、店主はどこかの小国の出なのかしら?」
「や、まぁ、そのようなものです。先ほどやっと満足のできる仕上がりになりましたので、ぜひ食べていただけませんか?」
「そうね。じゃあ、そのテンプラのオオバを頂こうかしら」
「はい。大葉の天ぷらですね。お待ちを」
店主は鍋に火にかけると、ギザギザした薄っぺらい葉っぱに何やら仕込みを始めた。
片面にのみ衣を纏った葉っぱが1枚づつ、優しく鍋へと滑り込んでゆく。
パチパチ、プチプチ
小気味良い音をててて、纏った衣がサクッとした物へと変わってゆく。
わずかな時間でさっと鍋から取り出され、そのうちの3枚が意匠を凝らした皿へと飾り付けられた。
「大葉の天ぷらです。どうぞ」
差し出された物はどう見てもただの葉っぱだ。正直美味しいかどうか以前に食べられるかどうかと言うレベルのものだ。
だが、見た目はピンと張って美しい。
「塩をつけて、どうぞ」
キョロキョロとナイフかフォークを探すが、カウンターには細い謎の木の棒が置かれているのみ。
置いていないと言うことは、ナイフやフォークは不要の食べ物ということか?
ちょっとはしたないが、葉っぱの枝の方をつまんで、先にそっと塩をつける。
それを恐る恐る口に運び、噛むと「サクリ」と焼き菓子よりも軽やかな食感で口の中へと入ってゆく。
「!?」
噛み締めると鼻を抜ける清涼な香り。なるほど、これは味というよりは食感と香りを楽しむ食べ物なのか。
「あ、美味しい」
思わずこぼれ出た言葉に店主は口元を綻ばせる。
「でしょう」
その後しばらくは、サクサクと女性客が衣を噛みしめる音だけが、店の中に響いた。