1)魔王軍で最も恐れられる男と、大葉の天ぷら
緑も鮮やかな小ぶりな葉っぱの両面に薄力粉がまぶされる。
よく熱せられた油が揺蕩っている鍋に、何滴かの天ぷら衣が振り落とされ、瞬く間に天かすへと変化するのを見て、片面にのみ衣を纏った葉っぱが1枚づつ、優しく鍋へと滑り込んでゆく。
パチパチ、プチプチ
小気味良い音。しばし。
頃合いを見てさっと鍋から取り出され、そのうちの3枚が意匠を凝らした皿へと飾り付けられた。
「大葉の天ぷらです。どうぞ」
「大葉? この葉っぱのこと?」
もともとさして大きくない店には、店主と女性の一人客がカウンターに座るのみ。
「これ、食べられるの?」
「冷めないうちにどうぞ」
店主に勧められ、女性客は訝しげにその薄っぺらい緑の葉っぱを掴むと、先っぽにほんの少し塩をつけて口へと運ぶ。
さくり。
わずかな力で噛み切られた大葉。噛んだ瞬間はただの衣の味かと少しがっかり。そしてその直後にやってくる、鼻から抜ける清涼な風味。
一歩間違えば青臭い葉っぱの香りだが、嫌な余韻を残すことなく風味はすうっと消える。
「あ、美味しい」
思わずこぼれ出た言葉に店主は口元を綻ばせる。
「でしょう」
その後しばらくは、サクサクと女性客が衣を噛みしめる音だけが、店の中に響いた。
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「おい、あれ、、、」
ここは魔王軍の本拠地、魔王城だ。
玉座に座るのは無論、魔族の頂点に立つ魔王。
魔王城に出入りする魔族であっても、魔王の姿はおいそれと目にすることはできない、圧倒的存在である。
その魔王に対して臆することなく意見を言う、魔王から信任厚い魔王軍幹部、人はそれを魔王十将と呼び、敵である王国軍のみならず味方からも畏怖の対象となっていた。
たった今その魔王城の通路をすれ違った相手が、その魔王十将の一柱だと気づいた魔王軍の兵士は、思わずその後ろ姿を指差す。
その男は滅多に魔王城に来る事がない十将の1人であり、十将の中でも最も恐ろしいとされる次元の眼を持っていた。
「魔王様。失礼、遅れました」
「ああ、よく来たなカーヴァイン。まぁ、楽にせよ」
仮面の下から底篭る声を響かせる魔王。
「それで本日はどのような御用で?」
「うむ。それで王都の探りはどうであるか?」
「は、まだ少々時間がかかりますな」
「ほぉ、次元の眼を持つお主でも時間がかかると?」
「お言葉ですが、次元の眼はこの世界とは異なる次元の世界を垣間見る事ができる力。千里眼ではございません」
「そうであったな、、、まぁよい、では、引き続き任務に励むがよい」
「はっ」
カーヴァインと呼ばれた男は一礼して玉座の間を後にした。
カーヴァインの特殊能力、次元の眼はこの世界ではないどこか世界を垣間見る事ができる。
あくまで見るだけ、そこから何かを取り出したりすることはできないが、この世界には存在しなかった発想や技術、あるいは戦術などを垣間見る事ができる。使いようによっては魔王よりも恐ろしい存在となりうる可能性がある能力だ。
カーヴァインは日々、異なる世界を覗き見て、あたらな知識をその頭脳へと叩き込んでいた。
ただし、彼が日々飽きる事なく眺めているのは、この世界にはない”美味そうなもの”の数々であった。




