王子が婚約破棄するそうですが、私には関係ない。──えっ?私が王子の婚約者?……。またまた~ご冗談を。
青の国の王子が婚約破棄するそうだ…と言うか、噂で聞かされた私──侍女ですが。それも王太子の筆頭専属侍女。
銀髪碧眼に吊り上がった眼、高くもなく低くもない鼻梁、紅を引かなくとも赤い小粒のさくらんぼのような唇、156㎝と小柄な身長…胸は普通。可もなく不可もない…そんな感じ。
幸い?にして私は美形両親の血を引いており、齢16歳でありながら王太子──ユリウス・カエサル・ブルー王太子殿下直々の推薦で筆頭侍女となったのは6年前の事です。僅か10歳で王太子殿下に仕事ぶりを見初められ、筆頭侍女の役職に就けたのは……僥倖でした。
この国青の国で王城務めに在る者、取り分け私のような下働き──侍女、メイド、下男、下女等と言った身分の──は下になればなるほど務める者の身分が緩くなってきます。
…私?私は“筆頭侍女”なので身分もそれなりです。この場では申しません。
両親は政略結婚ですが…とても幸せな結婚生活だと…未だ家の中限定だが──イチャイチャイチャイチャと鬱陶し──とても仲睦まじく過ごしてらして御座いますね。ウザったいです。はい。
…まあ、そんなラブラブ(?)な両親は私達の事をとても愛して下さりますし、私もその愛情を疑った事は御座いません。
一応貴族令嬢として産まれた訳ですが──、私…“ユリア”が一冊の本を自宅の図書室で出会った事で人生は一変しました。
題名──『侍女が踊る大捜査線!~大捕物は王城で~』。
この本の主人公はその題名の通り、侍女のイブがお城を舞台に起きた殺人事件やら盗難事件やらを侍女の立場で伯爵殺害を何故か(?)疑われている己の主(第2王女)の疑いを晴らすべく脳筋騎士団長の尻を蹴り上げ、幼馴染みの魔導師団長ヘイリーを味方に着け、閉ざされた王城を上に下にへと駆け、賭け、懸けていく…。
そうして出てくる真実…盗難事件に殺人事件…繋がる点と点。
涙あり、ポロリあり、主従あり、微百合ありの友情、幼馴染みとの恋愛模様…と、まあよく一冊で纏めたな!?と言わないでもない大ボリュームの10万字ハードカバーミステリー小説。
その中に結構出てくるのが“侍女”の仕事描写ですね、私はそれを見て『カッコいい!!』と思ったのでした。
…や、現実問題、“あのような”展開は現実にはない、と思っていましたよ?
王城で殺人事件とか──それ、城の警備大丈夫?
そんな国…もう、他国に情報も暗殺も抜き放題&し放題なのではないのか?
小説は小説。現実は現実。
割り切ってないと…どんな仕事もしてられませんよ。
王太子殿下──ユリウス様は散々この話になると私を揶揄って来ますが…まあ、多少苦笑する程度に留めますね。
憧れはイブ様ですが──私の〝侍女〟としての教育係は侍女長、アマンダさんです。
6歳侍女見習いの頃から厳しくも優しく懇切丁寧に指導して頂きました。
「ユリア、知ってる?今度あの馬鹿王子が婚約破棄するらしいよ」
「…ふぅ~ん」
「ふぅ~んって……あんたに関係する話なんだけど。」
同僚の侍女、ミサが何か言ってます。そんな、そんな訳…
「いやいや。私の担当知ってるでしょ?」
「第1王女殿下でしょ?知っているわよ。」
…同僚のミサ──第1王女殿下の筆頭侍女に白けた眼を向け私は言った。
「私が第1王子?の婚約者とでも言うの?あっはっはっはっ!ない、ないわ。だってそんな話両親から一切聞いてないもの」
「──へ?」
「──ん?」
……どうやら、見解の違いがあるようですねぇ~?
…。
調べてみよ。…まあ、それは兎も角。
「…ミサ、あなた、何を、知って、いるの?」
私は笑っていない眼で同僚を見た。
「ひぇ…っ!?言葉を区切らないで!瞳のハイライトを消さないで…!?すーーっごく恐いから…ッ!!」
そしてーー王立学園卒業式後の学園講堂での卒業記念パーティーの時に──婚約破棄は起きた…と言うか、起こしたと言うか。
「ユリア・ユナイテッド子爵令嬢!貴様との婚約を破棄する!!」
「はい、喜んで。」
秒で返答。カーテシーをして、くるり。
王子…ハロルド・フィン・ブルー第1王子は金髪碧眼の絵本に出てくるような王子様然とした思考能力の持ち主だ。
…つまり、単純。思い込みが激しく、一途で頑固。ハロルドこそ既得権益の塊。身分関係なく仲良くしよう、と言った口で事あるごとに学園で第1王子(俺)に逆らうのか?!と言ったり、側近や護衛、侍従にも楯突く始末…付け加えるならばメイド以外は──国王陛下が直々に任命し、第1王子に着けたお目付け役兼教育係だ。彼等は身の回りの世話から護衛…“ちょっとした”お使いまでをこなすが……その心は全て国王陛下に捧げている。
故に第1王子如きがどうにかできる者ではない。
可哀想な…その単純思考、差別意識、平民と見るや『賎しい下浅の者共が…』等と言っては度々諫められていた…どこを好きになれと?解せぬ。
「な──は、はあ……っ!?」
「そもそも私は存じてません。」
「な、なにが…っ!」
「全て。何もかも。あなたのような(お馬鹿な)第1王子如きと私が婚約していることそのものです!…そもそも城で何度も逢っているのに……貴方が私に気付いた事がありまして!?加えて言うなら、──そちらの娼婦は一体何方です?」
畳み掛けるように言います。ここ、躊躇ってはいけません。
敵が戸惑っている内に本陣まで攻め入ります!そう、彼のイブのように!!
「…は?は?えっ?ええ…っ??」
…本当は知っている──が、敢えて知らないフリだ。基本は押さえます。出来る侍女ですから。
それよりも、この…どうなんでしょうねぇ?
いや、娼婦でも──こんなあからさまに破廉恥な格好、しますかね?
ハロルド第1王子の左腕にぶら下がった女…淑女ーーではないですね、どー見ても庶民上がりの平民ですッ!と主張した学のない──んんっ!おつむの足りない…んんっ!──無能な露出狂痴女。
パステルピンクの胸元の…乳輪部分から臍、また反対側の乳輪部分をV字に切り抜いたかのようなザックリ空いたドレス…いや、これ、本当にドレス…?最早、全裸より恥ずかしいのではなくて??
「あぅ~ハロルドぉ~♡私、恐いですぅ~♡さっきから…睨んでくるのぅ~」
ゆるふわピンクローズの髪、赤目の童顔、整った顔立ちはなるほどどうして庇護欲そそる可愛いらしい。
…だが。そのドレスのセンスはなんだ!?もっと合う物があるだろうに…っ!!ああ、勿体無い!!
甘ったるいような此方(主に女性方)の神経を逆撫でするような…甲高い声で……王族を呼び捨てだと!?常識がなっていない…!
「おお…大丈夫か。ミミィ?俺が守ってやるからな、」
見詰め合っていたハロルドとミミィ…?
……。
ああ、あのパレット男爵の庶子、隠し子、妾の娘……とまあ色々、いろいろと話題に欠かない男爵家の娘。
そうかー、これが。あの──ねぇ?いや、うん。ビックリです。
…言葉の途中で止まっている王子…止めたのは、護衛か。
……。
…いいの?王族に時間停止魔法を使って。
「ご心配なく。陛下の采配ですので。」
「あ、そうですの……いや、いやいや!?陛下何考えてるのですの!?」
時空魔法は…適性者が少ないと言われる…我が国固有の魔法属性。
その規模は国内で1億人に1人という狭き門──個々によって魔法の範囲、威力、規模は異なるが──使えたらどんな犯罪も思うがまま。
「…ふふ、存外ユナイテッド子爵令嬢は揶揄い概のある──おっと失礼。」
「…喧嘩売ってますの?言い値で買いますわよ?」
“ぁあん!?”とガン着け──護衛の男を睨み付ける。
因みに止まっているのは馬鹿と娼婦だけだ。
実際、この男爵令嬢…学園でも「有名な」阿波擦れであった。
なんせあちこちでこの男爵令嬢のあんあん言う声と同レベルの高位貴族の令息がそこかしこで“交わって”いたと言う音を聞いた…、実際重なった姿を目撃した…、放課後“連れ込み宿”に男性教師と二人仲睦まじく消える姿を見た…、とか言う話は良く聞く。
実際集めようとしなくても入ってくるんだから。どうしようもない。
「この二人はこのまま回収しますので。皆様、どうか卒業記念パーティーを引き続きお楽しみ下さい。」
…ユリウス王太子殿下がそうしれっと澄まし顔で場を仕切り直した。
……。
……ほ~ぅ?
なるほどなるほど。
そうかそうか~。
そんなに暇なのですね?
王・太・子・殿・下・?
ギロッ、睨み付けてもどこ吹く風…フン、と鼻で笑われた。
く…っ!あの方は……ッ!!
「──何かな、ユナイテッド子爵令嬢?」
「…なん、でもありませんわ。王太子殿下」
チッ。
覚・え・て・い・ろ・よ・?
と言う心境です、私。
──情報が入っていかないの、何でだろ~?と思っていたのですよ、ずっと。
いくら我が愛しの両親が黙っていても──…周囲まで隠せますか?
答えは“否”でしょう。
私は自身に婚約者がいるなどつい先日ミサに知らされるまで知りませんでしたから…。
両親は政略結婚だったけど最後は恋愛関係を育めましたからね。
ですから私は何度も尋ねたのです、私に縁談は来ていませんか?と。
『来ているよ…けど、父様としてはお前には“ちゃんと”自分から好きになった相手と一緒になって欲しいかな』
『そうよ、ユリア…私達貴族令嬢は政略結婚が常だけれど──貴女まで私達に合わせなくてもいいの。…自分が心から好きになれる、尊敬出来るような殿方と恋をしてちょうだい』
『母様…』
……。
等と言った会話をふと思い出した。
始まった楽団の演奏、“仕切り直し”と王太子殿下の鶴の一声で場は一気に卒業記念パーティーの有り様に元通りとまでは行かないが──少しは明るく華やいだ宴の雰囲気を取り戻していた。
卒業記念パーティー…そんな大袈裟なものではない。精々が学園の講堂で行う立食パーティーとそれにダンスパーティーを掛け合わせたようなもの。
形式に拘らず、ドレスを持っていない下位貴族の子女向けに学園で貸し出されているシンプルデザインのドレスや礼服が用意されているし、卒業式を終わらせたばかりの卒業生や在校生の為に着替えの時間も設けられている。
卒業式が終わるのが大体午前11時。朝9時から始まって卒業生が入場、王家祝辞代読で王太子代読、学園長祝辞、卒業証書授与、在校生代表祝辞、卒業生代表答辞からの一旦卒業式会場講堂からの退出、教室に戻ってそれぞれ恩師と友人達と別れを惜しみ語らい最後の時間を過ごすのだ…、と記念品を貰ってからこの後の卒業記念パーティーの為のドレスアップを貴族はそれぞれ家の者が随伴してきた馬車へと戻って馬車内で着替えるのだ。
下位貴族や平民の子女はそれぞれ教室で事前に決めていたレンタルドレスを受け取って男女別で隣の教室へと移動して着替える。
因みにレンタルドレスはほぼワンピースのようになっているので上から被せるだけでいい。これは男子の礼服も基本ブレザーの制服と大差ない感じの、カジュアルなものだ。
色も黒か紺、女子のドレスでもカラーのみでデザインはほぼ同じであり、色は赤黒白黄…とそこまで多くもないが一応選べる。
型落ちした何せ代か前の流行をドレスワンピースの形にしたのが、この“レンタルドレス”である。
自前で用意するのが面倒、と思わない限りは高位貴族の皆は家族が乗った、或いは代理で来た親戚の馬車にお気に入りのドレスを積む。
……因みに“出来る侍女”ユリアのドレスはその『レンタルドレス』だ。色はイエロー。
王太子殿下が贈ってくれたドレスは“勿体無いから”とクローゼットに仕舞ったまま、一度も袖を通していない。
王妃陛下からも贈られたピンクの可愛らしい花柄のドレスがあるのだが…。
此方もやはり、クローゼットの肥やしになっているようだ。
いや、着れよ。
「…レンタルドレスが悪い訳ではないのだけれどねぇ」
王太子殿下はやや不満のようだ。
「学園の制度ですわ。…それにいくら型落ちしたものでもあの有名なアンナ女史の仕立て屋『ワルキューレ』のドレスワンピースですわよ?これだって今は売られていない幻の品なんですのよ。オークションに出したら金貨100万枚は下らないと言うのに…!
殿方はもっと淑女のドレスに感心を持って下さいませ」
ムッとしたように窘めるユリアに王太子殿下は投げやりだ。
「あー、うん…ハイハイ。そうだねー、古典なんて言って悪かった」
…絵に描いたような棒読みだが。
「…棒読みですわね?」
銀髪碧眼にライトイエローのシンプルデザイン、レンタルドレス…。
ワンピースタイプのこのドレスはオフショルダーのごくあり触れたデザインながらも何処となく気品を漂わせる逸品。
刺繍も装飾も何もない──…ごく一般的なドレスコードを保ちつつも“1人でも着られるドレス”をコンセプトにしたアンナ女史渾身のドレスワンピース。
学園へと毎年貸し出しているドレスは全てアンナ女史の手掛けた作品だ…まあ、型落ちしたものなのだけれども。
……。
「…王太子殿下はその礼服、良くお似合いですね」
「……君のドレスと合わせたのだけれど…、ねぇ?」
「?青の国で「青」は禁色でしてよ?私が気軽に着れるものでは無いですわ。…と言っても全てが全てが駄目と言う訳では御座いませんけど。」
この世界には青赤紫黄緑黒白の七つの色の国がある。
それぞれ青の国だと青…それも古代の青の国で用いられた藍染めの色。次縹。この色が──青の国の──王家を象徴する色。少し渋い青色。
公爵家はこれに次ぐ中縹…少し暗い青色。同じく古代の青の国で用いられた藍染めの色。
公式にはこの色を纏う者=次代の王、と言う図式になる。
…王位から遠ざかるほどにこの青からは程遠くなる。
まあ、それ以外の色を纏ったからと言って咎められたりとかしない。
事実禁色以外は──皆夜会や茶会、個人的な集まり…演劇や歌劇を観に行く時は皆女性達のドレスはカラフルで華やか。
着飾った貴婦人の装いは高貴でありながらも、花が宜しい。
そのドレスを着る者、その手伝いを行う侍女、メイド…髪を整える者からピアスやイヤリング、ネックレス…時にはドレスに合わせる手袋や指輪なんかも侍女の仕事となる。
王家に嫁ぐ事が決まった貴族女性でないと禁色を纏えない…ユリウス王太子殿下──齢18歳の王子様…。
……ん?年齢が合わない…って…?
…………
……
…それを説明する前に私が仕える王女殿下の国の王位継承順位に関して説明する必要がありますね…。
前国王陛下──つまり、ハロルド第1王子殿下からすれば、祖父に当たる方です──のご長男で現在国王陛下で在らせられる“アドルバート国王陛下”の正妃であったジュリアンヌ王妃様の嫡男がハロルド第1王子殿下、と言う訳です。
そして、ユリウス王太子殿下は……その前国王陛下で在らせられる御方の末息子が──ユリウス王太子殿下、と言う訳です、ハイ。
…前国王陛下の王妃…王太后で在らせられた方は残念ながら……20年前にお亡くなりにーーあ、普通に老衰ですよ?結構なお歳でしたし。享年84歳。…高齢も高齢です。
その後に後妻を娶られ適当な領地の一角に屋敷を構え王室からも王城からも退かれた方…そのような御方に嫁いだ花も羨むその当時18歳のマツィリカ伯爵令嬢。や、驚きですよ?
王家──既に王位を退かれた方ですけれど──に嫁ぐギリギリの家格…、野心のない、ごく普通に忠義もあり、此方を立て彼方でその者達を見下し蔑まず貶さない…昔から在る“真面な”貴族家。
それでいてそれなりの美貌、器量、立ち振舞い…どれも申し分なく──何故今まで婚約者の一人も居なかったのか…?
それを疑問視した王家の“暗部”が何度も何度も調べたが──出たのは、「庶子であること」だけ。
マツィリカ・ギュンターヴ伯爵令嬢…その父であるアリオス・ギュンターヴ伯爵は元々このマツィリカ伯爵令嬢の母──故ミュリアーナ夫人──現ギュンターヴ伯爵夫人であるカッサンドラ夫人はその前妻の実妹である。
…ミュリアーナ夫人もカッサンドラ夫人も元は子爵位を賜ってまだ10年も経っていない頃に王都の噴水広場で知り合い恋に落ちる……。
そうして、庶民でありながらも商売一本で子爵位を賜るほどになった姉妹の父…エドガー・クワトロ子爵は当初の予定通り娘(この場合は恋仲でもあるミュリアーナ)が好いている相手だし、子爵である自分達ならば先方も断らないだろう──と言うか、婚約の打診は伯爵からだった…。
ミュリアーナ夫人とその妹、カッサンドラ夫人は非常に仲の良い姉妹で…公私ともに知られた存在で。
…男性の趣味は真逆であった。
ギュンターヴ伯爵(その当時はただの伯爵令息)はミュリアーナ子爵令嬢を婚約者となってからもそれまで以上に溺愛していた…婚約の段階で囲い込み──子を設けるほどの溺愛ぶり。互いに互いしか目に入れない、目に入らない…それほどの溢れる愛を周囲に見せ付けていた。
待望の長女。「マツィリカ」が産まれて2年も経つと──ミュリアーナは夜な夜な何者かの〝声〟を聞いたそうだ…。
そしてーー、 声に従う形で家に【招いてしまった】。
ヴァンパイアだ──伯爵家の使用人の世間話からもその名が出た。
因みにこの世界でヴァンパイアは不死魔物…、即ち魔物である。実態を持たない…、あくまでも【招いた】と言う実績がなければ人間をエルフを、獣人を、ドワーフを、精霊種を襲えない霊魂に近しい。物理攻撃はほぼ無効で光属性の属性攻撃以外無効化されてしまう、指定討伐難易度最低でもAランクの魔物。
人類共通の敵。
人間、エルフ、獣人、ドワーフを人類、天使と悪魔が精霊種の──…共通敵!!
彼等は総じて見目麗しい対象の理想そのものの異性となり、蕩けるような笑顔と〝声〟で惑わし、家に【招いた】者の生き血を吸う──対象である者の全身の血を啜り、奪うのだ…干からびるまで。
会話が出来るからと言ってこの世界の『ヴァンパイア』は甘くない。
それは全て“獲物”を油断させ、惑わし、その血を食らうためだ。
…ミュリアーナ夫人はそのヴァンパイアに血を吸い取られ、翌日干からびた状態で私室のベッドで横たわって亡くなっていた…。
後日、ミュリアーナ夫人の血を吸い取り殺したヴァンパイアの討伐依頼が出された──が、未だそのヴァンパイアが討伐された、とか見掛けた、とか…そう言った話は聞かない。
その事からもかなり高位な爵位持ちの『ヴァンパイア』がミュリアーナ夫人を殺めたのではないのか──?
そんな噂が真実として今も時折社交界で流れる。
……。
…この事件…、“不慮の魔物被害”が原因で過剰なギュンターヴ伯爵の『情報統制』かもしれない。
彼の家の不幸──それは未だに未解決で終わっていないのだから。
それでもギュンターヴ伯爵は現在のカッサンドラ夫人と結婚したーー。
……………………
…………
……。
閑話休題。
…何故私がそんな事を知っているのか…って?
ギンッ!
私は目の前の王太子殿下を睨み付ける。
「…いやぁ~、偶然“たまたま”Sランク冒険者パーティー【風の旅団】が討伐したエルダーヴァンパイアがミュリアーナ夫人を殺めた犯人だったとは…いやはや。世間は狭いね?」
「…チッ、鋤けこましめ…ッ!王女殿下に迫る不埒者。…隙さえ見えたら潰せるのに…っ!!」
…社会的に抹殺したい。有能で優秀でなければ……ッッ!!
ポツリ、呟いた怨嗟の声…唸り声をあげるのはユリアである。
偶然なものか。
何を隠そう、この男ユリウス王太子殿下は──その【風の旅団】のリーダー、“アガレスト”であるからだ…正体を知ったのは、実際に冒険者ギルドで魔力暴走の緊急召集に応じた時、だが。
そこでぎょっとしたのは今でも覚えている…髪色や瞳の色は変えても──その身に纏う高貴なる魔力の波動は隠せない。
ユリアには他人の魔力の質を見破る異能、【慧眼】がある。
他人の魔力の質、形、魔力量、属性、濃度を即座に見抜く。
…どれだけ外見を偽ろうが、ステータスを偽装しようが──ユリアはそれら偽装、変装、擬態は通用しない。対峙すれば即座に見抜く。
加えて鑑定眼と言う世にも稀なスキルまで持っているユリアの瞳から誤魔化せる筈がないのだ…それをこの目の前の男は。
「白々しい…【風の旅団】リーダー、アガレスト様。畏れ多くも高貴なる御方──…貴方、何遣ってやがるのです?」
「何、とは?」
「全てですわ、王太子殿下。冒険者をしていること、公務の合間に城から抜けていつも何処に居られるのか…まさか王都の冒険者ギルドに緊急召集に応じられていた、とは……誰も思わないですわよ!……はあ。私、この仕事辞めようかしら。私、王女殿下の侍女ですのに…。」
マーティア第1王女殿下、貴方様が唯一の癒しです。……主をチェンジしたい。切実に。
「優秀だから無理じゃないかな♪」
はっはっはっ!
快活に笑う王太子殿下…はあ、本当に辞めようかしら。無理じゃない…、きっとっっ!
「…こんなにも口説いているのに、ユリアはいつ私の気持ちに気付くのかな?」
とろり、と蕩ける極上の笑み──いや、いやいやいや!!
あの馬鹿との婚約の情報を私には報せず、知られず、秘密にしていた上司…と言うか「主」が何を言う……ッッ!!
やはり、からかっているのだろうか。そうか。それなら──
「からかってない」
「!」
グイッとイケメンに顎クイされましたね……どうしましょう…!?
前国王陛下の第六王子殿下でもあったユリウス王太子殿下──まさか。この御方が……私を?
「なら、どうして…」
「あいつらを纏めて処分したかったからだよ。
──俺の母であるマツィリカ……その母であるミュリアーナ夫人は夫に化けたカンドレット伯爵に性的暴行を受けた…ッ!その際至る所を殴られ嬲られ、惨めな思いのまま亡くなった──」
カンドレット伯爵──
その名は、今、ハロルド第1王子の浮気相手──いや、私はあんなのの婚約者であったとは断じて認めない!──の、ミミィ・パレット男爵令嬢の母、アリエラ夫人の父の名前ではなかったか、確か。
…その【噂】は確か……聞いたことが…。だいぶ前の話で、私もハロルド第1王子も産まれていないし、王太子殿下も産まれていない頃の話だ……。
オスカー・カンドレット伯爵──その当時はただの“令息”であった頃の話…。
ミュリアーナとアリオス・ギュンターヴ伯爵令息…二人は親同士が決めた許嫁ではあったが、昔からの幼馴染み関係でもあった。
お互いに人となりは良く知っていたし、おっとり美人にしっかり者のアリオスは良く似合っていた…そこに横恋慕したのがオスカーだ。
行く先々で待ち伏せては進路を妨害する、物は隠す、終いには路地裏に連れ込もうとする…そんな学園の問題児。
「…決定的になったのは、祖母のミュリアーナが亡くなられた祖母(俺にとっては曾祖母だな)の形見の手鏡をオスカーの糞野郎が壊した事だな。祖母はもうそれはもう泣いて泣いて…哀しんだ…お婆様は本当に大切にしていたのだ。…まだ曾爺様が商売を軌道に乗せる前だったから…誕生日のプレゼントなんてとてもとても遅れる状態になかった。…そんな中で唯一手作りして贈ったのがその手鏡なんだよ」
「…美談ですよね、私お二人の馴れ初めを綴られた“恋の花”が大好きです。」
「…何でもかんでも本にしてないか?お前ん所の小説家」
「──あら。伯母様の本、お好きでしょう?自室にデビュー本から何まで置いてますものね?」
「……ちょっと待て。」
「……おや、どうかされましたか~?因みに伯母様のサイン入り新作本、私の無限収納にあったり…」
「──寄越せ!!」
「あら。あらあら~?それが人にモノを頼む態度では御座いませんよね~?ねぇ、殿下♪」
クスクスと笑って私はサッと王太子殿下の前から離れます。危ないですからね。
「……。」
「……。」
「……。」
「……はぁ、分かった。分かりました!」
やっと話してくれる気になったようだ。
私は満足気にニヤッと嗤いました。
まあ、予想通り…と言うか、完全に王太子殿下の都合でしたね。
ユリウス王太子殿下…彼の初恋、私なのですよ。私?私は──
「…マーガレット・ディア・グノーチェス=レッド皇太女殿下、入来!」
絢爛に豪華な調度品、キラキラと陽光を弾くような大理石の輝き、着飾った紳士淑女のお歴々…玉座の前には──国王陛下と王妃様。私のマブダチです。
「おお…!なんとお美しい…!!」
嘘を吐け、“単なる”伯爵令嬢だった時には見もしなかった癖に。
お前の脳ミソガタガタ言わせてストローでチューチュー吸うたろか?ぁあんっ!?
「……(にこっ)」
「…ひいっ!?んっんん…っ!?!?」
悪寒…いや、間違いなく殺気を感じたのか…バーコード頭の小太り男は青ざめ怯えました。…よしっ。私、出来る侍女ですから。
…。
「マーガレット皇太女殿下、ようこそお越し下さいました。」
「いえ、ユリウス王太子殿下に居られましては誠に健やかにお過ごしのほど、喜ばしく思います。」
あ~あ、硬い硬い。こんな回りくどい言い回し…やだやだ!侍女に戻りた~い!!
歓待の挨拶に応対の挨拶。…それから──国王陛下から「楽にしてくれ」の合図。ふぅ~~ッッ!!疲れる、疲れるわ~。
尚この間笑顔は常にキープ。表情筋が例え死滅しても止めるなー?とは教育係のメアリーの言。因みに守らなければ七日七晩皇城のトイレ掃除です、魔封じの腕輪を着けた状態で。つまり、浄化の魔法使用禁止で、です。鬼です。悪夢です。血も涙も御座いません!!
──はあ、ユリア・ユナイテッド子爵令嬢に戻りたあ~い~~。
僥倖:思わぬ幸運を手にすること。偶然に得る幸運。




