にじいろのつばさ
龍は人を治めるもの。
龍は人に治められるもの。
それは圧倒的な力を持って人を支配するもの。
それは圧倒的な力を時に人に分け与えるもの。
それは大いなる生物の王である。
虹翼竜、という種類の龍がいる。それらは、鱗が太陽の下できらきらと色々な色に光るからそういう名前になったらしい。
その僕ら虹翼竜は、昔から人に仕えてきた珍しい龍だ。それはご先祖さまが大昔に人に助けて貰ったためだ、と母様にずっと教えられてきた。
しかし昔はたくさんの仲間が居たらしいが、もう今は各地に小さな虹翼竜の家があるくらいになってしまっている。僕の家もそのひとつだった。
虹翼竜は昔から人間仕える習わしで、一人主と決めた人間にその人間が死ぬ時まで仕えてきた。
大抵はこどものうちにその習わしを終わらせるのだが、僕はおとなと呼ばれる歳になってもそういう人間を見つけられなかった。
主はその龍が直感で「この人に仕えたい」と思った人のことだから、まぁ見つけられないのならそれも仕方ない、というのが我が家の方針でもあったし、僕自身もそこまで気にしていなかった。
けれどその時の年頃の気後れも後押しして、僕は一度お節介を焼かれただけの人間に仕えることにした。
しかしそれはとんでもない人間だった。
あれをしたい、これを見たい、と言いながらあちこちへ駆け回る。いつも笑っていると思いきや、たまに大泣きして何も出来ない日があったりする。正直、僕の苦手な自分の姉と同じようなタイプだった。
それでも、なんだか憎めなかった。
色んなところに目移りしているのに、瞳の奥は何か据わっている感じがして、ひとつの所しか見ていない感じがして。そんな主に、仕えていた。
すごい大変で終わりにしたい、と思っても楽しいからこんな日がずっと続いて欲しい、なんてアンニュイな気持ちで過ごしていたある日、相手が人間であることを思い出した。
あぁ、あと70年くらいしか主と一緒にいれないのか。
そう思ったらなんだか悲しくなってきて、初めて主の前で泣いた。
すると主は「ごめん私、簡単に死ねるからだじゃないんだ〜」なんて、寿命で死なない魔女であることを明かした。あの日ほど恥ずかしさで地面に埋まりたいと思った日はなかった。
そんな主は、頑張り屋だった。
朝も働き、昼も働き、夜も寝ずひたすらに走り続けていた。時々泣き出すのは、日頃行うべきものを行っていないツケらしい。
そんな働き者の主が大好きだから、たまにこういう暇な日が来ると、退屈してしまう。
立つ鳥跡を濁さず、なんて言葉をひどく気に入っていた主は僕の知らないところで姿を消していた。
なんで僕の見えないところで居なくなってるんだ、って最初は怒っていた。けれどよく考えているうちに、なぜかどうせすぐ帰ってくるんだと思っていた。そんな気がしていた。
僕の予想の斜め上をついて、ひたすらに笑いながら世界を見て回っていた主だったから、いやでもそう思えてしまっていた。
だから。
「はやく帰ってこないかなぁ」
主の前では絶対言えない台詞を溜息に混ぜながら吐き出す。
机上のブラックコーヒーを飲み干した。