表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/18

第2回 先輩は簡単に入部を認めない

 旧校舎の一室を根城にしている謎多き美女の噂は、入学直後からクラスで耳にしていた。うちの学園は中高一貫で、中等部からの持ち上がり生徒は高等部の事情にもあるていど詳しいので、僕のような高等部からの編入生に(頼んでもいないのに)色々教えてくれるのだ。


「旧校舎って、むかし死人が出たとかで今は使われてないんだよ」


 入学式の翌日、休み時間にクラスメイトがそんな話を始めた。


「雰囲気怖いし。んで、女の幽霊が棲み着いてるっていう」


「幽霊じゃないって」とべつの男子が口を挟んでくる。「おれ実際に行ったもん。あそこ電気も水道もまだ通ってるんだよ。そんで部室として使ってる人がいて」


「女?」

「女。引くぐらい可愛い」

「マジで。俺も行く」

「入部する」


 急に食いつきがよくなる男子たちだった。


「無理だって。入部試験があって、もう全然意味わかんないの。おれも前から内容聞いてたから答え用意してったのに不合格だった」


 入部試験? 高校の部活に?


「もう何人もその試験で爆死してんだよ。みんな同じ問題出されるらしいんだけど」とその爆死したクラスメイトは言う。


「どういう問題なの?」

 僕は興味をそそられて訊いてみた。


「『クイーンで一番好きなのはどれ?』って訊かれるんだよ。だいたいみんな『ボヘミアン・ラプソディ』って答えるらしいんだけど」


「あ、映画観た? 俺も観た」

「最高だった」


「でも映画で知ったにわかだって思われたくないじゃん? 一番有名な曲答えるとかさ。そんでおれは通っぽく『ウィ・ウィル・ロック・ユー』って答えたんだけど」


 それ二番目くらいに有名な曲じゃない? ぜんぜん通っぽくないよ。


「やっぱり不合格だった。論外、だってさ」


「その人の好きな曲を当てなきゃだめってことか?」

「洋楽にめっちゃ詳しい先輩も挑戦したけど不合格だってよ」

「じゃあ絶対無理じゃん」


 雰囲気の怖い旧校舎だの美人の先輩だの不可解な試験問題だの怪情報が目白押しなせいでごく基本的な情報がまったく気にされていなかったので、僕が訊ねることにした。


「ねえ、その部活ってなに部なの?」


「あー。なんだっけか……」


 なんの活動するのかも知らずに突撃したの? 下心100%じゃないか。


「あ、そうだ、ドアんとこのプレートには『キラー・クイーン』って書いてあった」


「やっぱ洋楽じゃん」

「あー、俺ももっと洋楽に詳しかったらなあ」


「部屋には入ったの?」と僕はさらに訊ねた。「やっぱり楽器とかCDとかでいっぱい?」


「いや、本棚ずらっと。もう天井まで本がぎっしり」


       * * *


 ぴんときた僕は、放課後に旧校舎へ足を向けた。

 新年度始まってすぐなので、一年生の校舎を出てすぐの広場には大勢の上級生たちが部活動への勧誘のために待ち構えている。


「一緒に甲子園目指そうぜ!」

「ブラバン! 初心者でも大丈夫!」

「料理部いいよ毎日おやつ食べられるよ!」

「モテたいならサッカー部!」

「ちがうだろモテならバスケだ!」


 運動部はユニフォーム姿、文化系もそれぞれの活動で使う道具などで武装し、プラカードを掲げて僕ら新入生に襲いかかってくる。つかまって時間をとられたくなかったので校舎の壁沿いに大きく迂回路をとった。

 うちの学園は全寮制なので敷地があきれるほど広く、しかもそのほとんどが林で覆われている。見通しが悪く、旧校舎を見つけるのにずいぶん苦労してしまった。

 たしかに、雰囲気のある建物だった。中央玄関から大きく手前に張り出したポーチ、円柱の並ぶファサード、壁に並ぶアーチ窓、屋根から高く突きだした尖り屋根の八角塔。いかにも歴史がありそうな洋館である。しかもまわりをぐるりと木々に囲まれ、あたりに人気もなく、日当たりもよくない。幽霊の噂が立つわけだ。

 しかし、玄関に近づいてみると、地面も階段もきれいに掃き清められているし、窓も壁も汚れていない。今でも定期的な手入れがされている気配だ。

 "KILLER QUEEN"と書かれたドアプレートはすぐに見つかった。玄関を入ってすぐ正面に幅広の階段があり、二階に上がって左右に伸びる廊下を右手に進んで一つ目の部屋だった。ドアは葡萄の蔓の彫刻が入ったどっしりと重厚なマホガニー製の両開きで、教室にはとても見えない。ほんとうに校舎だったのだろうか。

 鉄環のノッカーまでついていたので、それをこんと打ち付けてみる。


「……どうぞ」


 ドアの向こうから涼やかな女性の声が応えた。

 僕はおそるおそるノブを回して引いた。

 部屋の中からはどこか懐かしいにおいがした。あとになってわかったことだけれど、本のページとコーヒーの香りの混じったものだった。

 クラスメイトが言っていた通り、部屋の壁はほとんど書架で覆われていた。上段の本を取るために使うスライド式の梯子まで取りつけられている巨大な棚だ。他の家具も、ガラス戸のついたキャビネット、安楽椅子とその傍らのコーヒーテーブル、部屋中央の大テーブル、それを取り囲むソファなど、すべてアンティークばかりだった。


「いらっしゃい。一年生?」


 先ほどの声が左手から聞こえた。

 部屋の隅に電気コンロを備えたキチネットがあり、そちらから一人の女子生徒が盆を抱えてやってくるところだった。コーヒーポットとカップが二つ、盆に載っている。


「ちょうどコーヒーを淹れたところなの。飲む?」


 僕は彼女を見つめたまま口を半開きにして立ち尽くしてしまった。誇張でもなんでもなく、あまりの麗しさに茫然自失していたのだ。こんな完璧な造形の女性が現実に存在していていいのか。神さまが夜空の星を溶かして肌をつくり闇を梳いて髪をつくったんじゃないか?


「どうしたの。コーヒーはきらい?」


「……い、いえ、すみません、いただきます」


 彼女にすすめられるままにソファに腰をおろした。彼女は僕の目の前にカップのひとつ、テーブルの反対側にもうひとつを置いて、向かいのソファにしどけなく座って脚を組んだ。黒タイツに包まれたその脚線美たるや水墨画家の渾身の一筆のごとし。なんだか彼女の美しさを讃えるためのわけわからん比喩がいくらでも頭の中で湧き出てきて頭痛がしはじめた。人間、ほんとうに素晴らしすぎるものを前にすると気持ちが悪くなるのか。知らなかった。

 しかし彼女がしばらくなにも喋らずにコーヒーを飲んでいるので、気まずくなってきた僕は自分もカップを取り上げて口をつけた。緊張していて味はほとんどわからなかった。


「ううん、減点1」と彼女がいきなり言った。「初対面の人間に出された飲み物に無警戒に口をつけてはだめ。毒が入っていたらどうするの?」


「え、ええええっ?」


「もちろん経口毒殺は基本的にはとても愚かしい殺害法よ。深い知識と毒物調達ルートが必要なわりにメリットは薄く確実性も低い。でもそれがかえって危険なの。毒殺を選ぶのは無知蒙昧な素人だから誤った用法により長時間苦しんで死ぬケースや重篤な障碍を残して生存してしまい死ぬよりつらい生活を何十年も送らなければいけないケースもある。もっともそのコーヒーには当然なんの毒物も入っていないから安心して飲んでいいわ」


 そう言われて安心して飲む人間がどこにいるというのか。でも僕はこんな麗しい女性が淹れてくれたコーヒーなのだからありがたく飲み干した。僕の行動に彼女も目を丸くする。


「……今の話をされた後で全部飲んだのはあなたがはじめて」


「……毎回これやってるんですか?」


「ええ。この『キラー・クイーン・サークル』のことを端的に知ってもらいたくて、初見のお客さんは必ずこうやっておもてなししてるわ」


「はあ……」


 むちゃくちゃなことやる人である。しかし、やっぱり洋楽とは無関係な部活なのだ。僕は自分の確信を深めた。ていうか、みんなこんなことされてきたのに部活の正体に気づく人がだれもいなかったの? 僕はあらためて部屋の壁面を埋め尽くす本を見回す。並んでいるタイトルをざっと見たってすぐにわかることだろうに。けっきょくマイナーな趣味だってことかな。


「新学期になってからお客さんが増えてきて嬉しい。あなた新入生でしょう? ということは入部希望者ね?」


「あ、は、はい」

 話が早くて助かった。


「申し遅れたけれど、わたしは奈鳥紫衣子。3年1組よ。あなたのお名前は?」


「小宮真白です。あ、1年4組です」


「小宮くんね。これから入部試験をさせてもらうわ。合格基準はとても厳しいけれど、この部の活動はとても特殊だから、適格でない人を入れるわけにはいかないの」


「あのう、ちなみに、他の部員は……?」


「いないわ。わたしひとり」


 だろうなあ。じゃあ僕が合格したら二人きりじゃないか。俄然やる気が出てきた。


「こちらからの質問にひとつ答えてもらう。そちらからの質問は無し。いい?」


「わかりました」


「それじゃあ質問ね。クイーンで一番好きなのはどれ?」


 クラスメイトからの事前情報どおりの問いだった。僕は安心し、前もって準備しておいた答えを口にしようとした。そこではたと思いとどまる。ひとつ不安な点に気づいたからだ。


「……あの……」


 訊こうとして、すぐに言葉を呑み込む。


「……こっちからの質問は無しでしたね、すみません」


「待って。質問は無しだから答えられないけれど、どんな質問かにはとても興味があるから言ってみて?」


 なんだそりゃ。このあたりからすでに僕は紫衣子先輩が自らの欲望にとても忠実かつ気分屋であることに薄々感づき始めていた。でもその可憐な瞳を期待でいっぱいにして見つめられたら言う通りにしないわけにはいかない。


「……バーナビー・ロス名義のはクイーンに含めていいのかなって思って……念のため、やめときます」


 紫衣子先輩の目が驚きに見開かれ、それから笑みが顔全体に広がった。千年間降り積もり続けた雪もいっぺんで溶けそうな晴れ間みたいな笑顔だった。こっちも最高に気分がいい。思考を巡らせて答えを選び直し、口にする。


「一番好きなのは『九尾の猫』ですね」


「合格! 満点合格よ、小宮くん」


 先輩はソファの上で三度も跳び上がった。スカートと黒髪の先が大げさに跳ねる。普段の知的な雰囲気と喜ぶときの子供っぽいしぐさのギャップがたまらない。これ以降僕はこのしぐさを見たいがために先輩をいじりまくることになるのだけれど、それは後の話。そのときはまだ入部試験合格直後だからそんな余裕はなかった。自分の推測があたっていたことに安堵の息をつくばかりだ。

 つまり先輩の言っているクイーンとはフレディ・マーキュリーがヴォーカルをつとめたあのロックバンドのことではなく、ミステリ作家エラリイ・クイーンのことだったのである。サークル名の『キラー・クイーン』もクイーンの名曲のタイトルとまったく同じだけれど、たぶんそのまま殺人者という意味でつけた名前なのだろう。


「ちなみにバーナビー・ロス名義でもかまわないわ。どれを挙げるつもりだったの」


 バーナビー・ロスというのはエラリイ・クイーンの別ペンネームである。この名義で四冊出版している。


「『Xの悲劇』ですね」


「さすがね。『Yの悲劇』を挙げてしまうと日本であまりにも有名すぎてにわか読者なのではないかと疑われてしまう、かといって他の二冊は完成度がやや落ちる、特に『最後の事件』を挙げるのは受けを狙いすぎ、ということで『Xの悲劇』の選択が最も賢いわね」


 単にロス名義のは『Xの悲劇』しか読んでいないからなんですが……とはとても言い出せない雰囲気になってしまった。


「『九尾の猫』というチョイスもなかなかね。エラリイの推理と苦悩が探偵哲学の領域へと踏み込み始め、いわゆる後期クイーン問題の発端となった記念碑的な一篇よね。被害者の数もクイーン作品の中では特に多いしわたしとしてもお気に入りよ」


 単にタイトルがかっこよくて好きなだけなんですが……とはとても言い出せない雰囲気になってしまった。


「その、後期クイーン問題ってなんですか」


「知らないの? 法月綸太郞が提唱して笠井潔が確立させた推理形而上学の一大難問よ。探偵が事件解決にあたって全智の神のごとく振る舞うときにその無謬性はいったいなにが担保するのか、さらには神にも等しい存在の探偵が実際に人間の生死に関わる事件に関与することあるいは関与しないことによって結果が変わりうるが探偵はそれをどう受け止めるべきかといった推理倫理学上の問題にまで発展しているけれど要するに一部のミステリマニアが深読みしすぎて勝手にでっちあげた疑似問題ね」


「……なんかものすごい深遠そうな解説してましたけどディスだったんですね」


「卓越した作家にとっては問題でもないことをさも大問題であるかのように盛り上げるなど造作もない、ということ。でもわたしとしては、筆力をそんなところに無駄遣いしていないでもっとたくさん殺人事件を書きなさい、と言いたいわ。特に法月綸太郞! あなたに言っているのよ!」


 だれに言ってるんだよ? 先輩の目の前にいるのは僕ですが? でも先輩に責められるのは喜ばしいことだったので法月綸太郞の代わりに謝った。


「すみませんでした。心を入れ替えて小説執筆に専念します」

 僕じゃないですけど。


「わかればいいの」と先輩は満足げにうなずいた。「それじゃあ、新入部員を迎えるなんて四年間の部活動ではじめてのことだし、お祝いにケーキを食べましょう」


 僕がはじめてなの? 四年間てことは先輩が中等部に入学したときからずっとひとりだったってこと? さみしすぎるだろ。来る人来る人にあんな試験問題を課していたら当然の結果だろうけど。

 キチネットの冷蔵庫から上品なガトーショコラを二人分出してきた先輩は、部屋の反対側の隅にあるオーディオラックのところまで行って、古めかしいターンテーブルに黒い円盤を載せて針を下ろした。

 賑やかでせわしないパレードのような音楽がスピーカーから聞こえてきた。なんだろうこの曲、どこかで聞き憶えがあるような……と思っていたら、そこにエネルギッシュなギターリフがフェイドインしてくる。


「……『ブライトン・ロック』じゃないですか」


 クイーンの――つまり英国のロックバンドの方の――3rdアルバムのオープニングナンバーだった。ちなみに次の曲が有名な『キラー・クイーン』である。


「こっちのクイーンも好きだったんですか?」


「当たり前じゃない」と先輩はあきれた様子で言った。「そうでなければあんなクラブ名つけるわけないでしょう」


 それは――たしかにそうだ。いやはや、この部活動に関しては建物も活動もそして人物も異様だったので、そういう当たり前の推測が出てこなかったのだ。


殺人者(キラー)も大好き、エラリイも大好き、こっちのクイーンも大好きだからつけた名前よ。なかなか洒落ているでしょう?」


「はい、良い名前だと思います……」

 僕は自分の鈍さにがっくりうなだれながら答えた。


「でも小宮くんがこっちのクイーンも知ってたなんて嬉しい。入学して以来、こんなに趣味の合う人とおしゃべりができる機会なんて一度もなかったもの」


「僕もめちゃくちゃ嬉しいです」

 話が合うことよりもなによりも、嬉しそうにしている先輩を間近で見ていられることが最高に嬉しかった。


「で、小宮くんはこっちのクイーンで一番好きなのはどれ?」


 先輩がなにげなく訊いてきたので僕は「そうですね……」と気軽に考えて答えようとして、はたと口をつぐむ。

 まさかこれ、試験問題の続きでは?

 だとしても僕は洋楽にそこまで詳しいわけではないし、気の利いた答えのひねりようもない。フレディ・マーキュリーの歌声を吐き出し続ける喇叭型のアンティークスピーカーをじっと見つめながらしばらく思案し、口を開いた。


「『セイル・アウェイ・スウィート・シスター』ですかね……」


「うわあ、すごいチョイス。まずフレディのヴォーカル曲を外してブライアン・メイが歌っている曲を選ぶところが通好みという感じね。しかも人気のある初期作からではなくともすればアメリカ市場に迎合したとも批判される中期作『ザ・ゲーム』からの選出、かつ全米ナンバーワンヒットシングルの二曲はしっかり外して俗物だと思われないようにしている実に慎重さと大胆さが同居した回答だけれどこれは試験問題じゃないんだから気楽に答えていいのよ」


 単にあの切々としたメロディと曲調が好きなだけなんですが……とは言えない雰囲気にまたしてもなってしまった。しかたなくべつのことを言う。


「やっぱり初期の方が人気なんですか。僕にクイーンをすすめてくれた祖父も、五枚目までしか認めない、それより後のはクイーンじゃない、とか言ってましたけど」


「それはまた極端な初期派ね。でも初期アルバムに人気が集中しているのはたしかよ。中期や後期はシンセサイザーを使うようになったりダンスミュージックに傾倒したりと音楽性を目まぐるしく変えたから、好まないオールドファンも多い」


「はあ……」


「クイーンの活動歴が語られる場ではだいたいにおいてそのキャリアを初・中・後の三期に分類する説が主流なのだけれど、区切りに定説はなく、特に後期がどこから始まったのかについては百家争鳴、ライヴ・エイド後の『ザ・マジック』から後期だという人もあればシンセサイザー導入の『ザ・ゲーム』からすでに後期だという人もありもっと極端な説ではロックオペラ路線が一段落した『世界に捧ぐ』がもう後期だという人までありこの論争を後期クイーン問題と呼ぶのよ」


「……呼ばないですよねっ? なんかいきなり話がミステリにつながりましたけれどっ?」


「ええ。わたしが今でっち上げたわ。推理小説を愛する者としては伏線回収はしっかりしておかないと。なんだか本筋に関係なさそうな蘊蓄を長々と語り出したらそれは伏線回収の前兆だから憶えておきなさいね」


「……はあ。精進します」


 話が一段落ついた雰囲気だったので僕はようやく緊張を解いてガトーショコラの皿に手を伸ばした。ひとかけらフォークで削って口に入れたところで先輩が言う。


「ところでもうひとつ伏線を回収しておきたいのだけれど」


 口にものが入っているので、なんですか? と目だけで訊ねた。


「ケーキの方にはほんとうに毒が入っているの」


 口の中が盛大に炎上し、僕はソファから転げ落ちそうになった。唐辛子だった。涙で視界が曇った。先輩は冷蔵庫からペットボトルを取ってきて、苦悶する僕の頬に押し当てる。


「クエン酸はカプサイシンの辛みを和らげる作用があるからレモネードを飲むといいわ」


 ありがとうございます! でもそんな気遣いあふれる用意をしておくならそもそも毒を盛らないでくれませんかねっ? と僕は声にならない声で訴えた。

 初日からこんな歓迎を受けたせいで、おやつの時間にはいちいち警戒するくせがついてしまい、紫衣子先輩にお褒めの言葉をいただけるようになったのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 先輩可愛いですね [気になる点] 主人公の容姿はどんなですか? [一言] この歌?は現実にあるんですか?
2020/01/26 10:39 取り残された髪の毛
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ