75.襲来
帝国から進軍の兆しがある――そう、システィナとレイから告げられたのは、処刑から一週間後の事であった。
そろそろだとは考えていたため、もちろん準備は十二分に整えてある。
四天王に重傷を負わせた以上、帝国も本気でかかって来るだろう。きっと今残っている人間を、全てまとめ上げ戦争に投入するという総力戦になる。
貴族、騎士、平民、四天王だけではない。――皇族も、きっともちろんの事。
(三千兵器と直接の御対面か……容赦なく神の力を使っていくしかないだろう。というか、この帝国を改革するために僕は呼ばれたわけだし……もしや神様も動いたりするのかな? 直接的な干渉は出来ないみたいだけど……)
そんなことを考えこんでいるセーヴは今、作戦室にいる。隣にはインステード、前を見ればずらりと並んだ重鎮達が真剣な顔をしていた。
相手の現在状況を確認しながら作戦を練っている最中なのだが、どうも全員の配置がうまくいかない。
全員で一度軍の対処に当たるべきなのか、前線は味方軍隊に任せて先に王城を攻めるか――そこで、意見が分かれている。
「ここはやはり保守的に行くべきじゃないかしら。分散して、もしも罠があったとしたら少人数で対処できるか分からないわ。全員で一つずつ攻略していかないと、また誰かが……」
「た、確かにそうですね。戦力は大事ですから」
少しだけ顔を青ざめさせ、システィナがそんな意見を出した。レイナもそれに同意する。発言はしていないが、インステードも珍しく保守派に挙手していた。
セーヴ、レン、レイは王城攻略派であり、現在両者は拮抗している。
意見が定まっていないフレード、アリス、ランスロット、レッタは中立派と計算されていたが、ふとセーヴはフレードとアリスが何やら話し合っていることに気付く。
だが急かしたりはせずに、意見交換を続けながら彼らの話がまとまるのを待つ。
「……あの」
ふと、相談が終わったのか、小さな声でそう言って手を挙げたのはアリスだった。向けられる全員の視線に少し怯みながら、しかし彼女はきちんと言葉を紡ぐ。
「みんなで……一個ずつやっていくと、向こうにとってほかの……えっと、計画とかを作る時間が出来ちゃうと思うのです。それってその、『隙』っていうんだってフレードさんに聞いたです。だから、アリスとフレードさんは分散して攻めるのが良いんじゃないかって……!」
「そういうことなんです! 相手の打つ手をどんどん失わせていけば、突飛的な展開も避ける事が出来ますし! それに……ぼくらはみんな、散る覚悟でここにいるじゃないですか。軍のみんなもそうだって信頼して、前線を守り抜いてもらえたらなって!」
それは、幼い二人の口から出たとは思えないほど容赦のない作戦だ。しかし合理的でもあった。
一か所に固まって戦っている間、帝国には作戦を立てる時間がある。こちらの様子を見ながら、先手を打った計画をいくらでも作れるのだ。
それを防ぐためには簡単、一部の人間が王城に直行すればいい。
確かに死者数は少なければ少ないほどいいだろう。だが死ぬ気で挑んでいるのだから、刺し違えてでも相手に隙の一つすら与えず攻め込めるのならそちらが良かった。
もう、遠慮するなんて御免だ。散るなら、派手に、意志をぶつけて。
「そうだなぁ……。それに、死ぬかもしれないと思えば通常以上の力が出せる。その策に、僕は賛成するよ。みんなはどう思う?」
セーヴは、二人の言葉に驚くことはなく作戦の一つとして受け入れた。
フレードは、グレイズの。アリスは、エリーヴァスの。それぞれが自身と関わりの深い、誰かの死を体験している。
復讐鬼としての覚悟を決めた二人は、もう自身の命を惜しまないのだ。
――この命を、ティアーナに捧げる。
「……私、やはりセーヴ側につくわ。命散らす覚悟で行った方が確かにいいわね。だって復讐を終えた後に幸せな人生を手に入れるだとか、そんなことをするつもりなんてないし」
「ええ。私もです。全身全霊でこの帝国に対抗したい気持ちは私も同じですから」
システィナ、そしてレイナは保守派から攻略派に転身。
システィナの言葉は鋭くありながらも、的確だった。大量虐殺をしておいて、笑ってこれから先の人生を終えるなんてことは、『人』を捨てた彼らにはできない。
復讐鬼ならばそれらしく、泥水をすすって地をはいつくばって身を滅ぼし相打ちとなっても、その目的を果たすべきであろう。
そんな彼女の言葉に、レイナが頷いて同意する。アリスが顔をぱっと明るくした。
続いて中立派にも目配せをすると、彼らは敬礼をして同意の意思を示す。
あとは――インステードである。
顔を俯かせた彼女は、今何を考えているのか誰にも分からない。
「……行くの。――一緒に、王城へ」
だがふと顔を上げた彼女の表情に、陰りは一片たりともなかった。ぐるりと全員を見回すと、皆視線が合うたび頷いて同意の意を示す。
意見が一致したことを悟ったセーヴは、がたっと立ち上がる。
そしてややオーバーに両手を広げると、熱のこもった口調でそう言った。
「最高の復讐を――『この帝国』に!」
それは、高々と鳴り響いた彼らの合言葉。必ず復讐を成し遂げるという、誓い。
セーヴの言葉と共に、インステードが片手を拳にして振り上げる。皆も、それに倣って拳を握った片手を天高く掲げた。
「「「最高の復讐を! この帝国に!!」」」
熱い、熱い言葉。
誰よりも、何よりも目指し続けたものが、この先にあるのだ。
ああ。それは、なんとも。
〇
「前方――ええと、三千メートル先に敵軍確認なのです!」
セーヴが土魔術で作った高台に登り、瞳を蒼く染めさせたアリスが片手をぶんぶんと振ってそう告げる。
このあたりで、そろそろセーヴ達は王城に超高速で向かわなければならないだろう。
これでも先ほどまで兵士達とできるだけ一人一人会話を交わし、限界まで時間を使った。もうこれ以上、引き伸ばせはしない。
インステードが頷いてセーヴの魔力に干渉して高台を消し、レンがアリスを受け止める。
セーヴはと言えば、後ろを向いてランスロットと視線を合わせていた。
「……君には、隣国からの援軍だけど色んな無理をさせてしまったね」
「いいえ、我が主君から命じられた事でもございます。この身、惜しみなく戦に投入いたしましょう」
そう言って苦笑するセーヴだが、ランスロットは冷静に深々と一礼した。ここで、セーヴ達と彼は分かれて行動をする。
彼が一人で軍を指揮するのだ。レッタの私兵についてはまた別の使いどころがあった。
もしかしたら、もう二度と会えないかもしれない。そしてランスロットはもう二度と国に戻れず、主である第三皇子に会う事が出来ない可能性もある。
――けれど彼は不満の表情一つみせず、セーヴにも敬意を払っている。
「もう一度言うけれど、君が帰りたいというなら、指揮はレッタさんに任せることも可能だ。本当に、良いんだね?」
「はい。私は、戦いに生きる戦士です。主君の命でここに立ち、主君がため戦場で命を散らすならば、本望でございます。それに今は貴方も私の上官。その命を承るのは、当然の使命ですよ」
ふっ、と笑ったランスロットに、セーヴは心の底から湧き上がる言葉に出来ない感情に満たされた。アルミテス帝国の第三皇子も、彼も。
国のため。主君のため。彼らはその全てを惜しまない、一本の芯を持った『強い人間』だ。
そういった人間に、セーヴは憧れを抱かざるを得ない。
そしてもしかしたら散るかもしれないその高潔な命に無言の祈りを捧げるかのように、セーヴは右手を差し出した。
「……セーヴさん」
同じく右手を差し出して、固い堅い握手を交わす。
「――私に、アルミテス帝国に、悔いはございません」
そして確かめるように放たれた熱い言葉を受けて、セーヴは力強くうなずいた。この戦場を、彼に預ける。
そうして、セーヴは仲間達と共に王城を見据えた。
「行こう」
地を蹴る。
それぞれが隠密を使ったり上空を飛んだり遠回りをしたりと、各々の方法だが全員が同じスピードで進んで、進む。
全員の背中が見えなくなるまで、ランスロットは敬礼をし続けた。
――その復讐は、いよいよ――




