74.処刑
今、セーヴは少し離れた第三者目線で、一人アデルとディーンの処刑現場を眺めている。正式的な処刑。
断頭台にて二人並べられ、ゆっくりと振り下ろされる刀。大衆に見られ、罵声を浴び、人間としての最後の尊厳すら失いながらもその首を落とされる、無慈悲なる死刑。
それは――あの時のティアーナと寸分変わらないであろう、情景。
(あぁ……僕は、ティアーナの処刑に立ち会うことすらできなかった。フィオナ団の皆にとっても、軍との長い争いが終わった時の話だったし……彼らが前々から立てていた侵入計画もそれでとん挫している……。ぐっ……)
過去を思い出せば思い出すほど頭が痛くなり、目の前は眩み、耳鳴りすらするようになってくるというのに。
少し遠くに見える処刑台を目にした瞬間から、そのフラッシュバックは止まらない。
あまりに大人しすぎた自分の過去。人を傷つけてはいけないというティアーナの信条を真似てのものだったが――
「君はどう思ってるんだろう……どんなに優しくあっても、結局最後は無惨に果てた……。では慈悲に、意味などあるのかな」
どんなにティアーナが優しくても、人を傷つけなくても、相手は自信を傷つけようと襲い掛かってくる。
そしてそれに対し、ティアーナは壁を作ることも防ぐこともなく、ただ受け入れた。両手を広げ、決して屈しないと防御を捨てる彼女は確かに格好いい、格好いいけれど。
――それで、命まで落としてどうするのか。
しかし自分を貫いたティアーナだって正しいし、セーヴは自身が間違っているとは寸分も思わない。ティアーナの事を抜いても、この腐った帝国は一度ぶっ壊してやり直す以外更生する道がないのだ。
ただ、それぞれの生き方があっただけ。
「……おっと」
そんなことをグダグダと考えていると、処刑は終わってしまったようだ。人々は徐々に解散し、断頭台の掃除やら片付けやらが始まっている。
果たしてアデルと共に死ぬという願いをかなえたディーンは、どのような表情で果てていったのだろうか。まあ、意味のない考え事だが。
「そろそろ帝国が動いてもいいころだな……」
ふとそちら側に思考を傾けたセーヴは、すっくと立ち上がって歩き去った。
〇
時はかなり遡り、カゲロウがクラヤミに連れ去られるところまで巻き戻る。箒に乗ったクラヤミが、森から離れるといつもよりゆっくりとしたスピードで進み始めた。
彼女の後ろに乗っているカゲロウは、失った右腕ではなく左腕で必死にクラヤミにしがみついている。
血は先ほどクラヤミが魔力を流したことで止められているが、逆に言えばそれが魔術、『奇跡の力』でできる限界だった。
人間の魂の爆発による欠損は、止血は出来ても元に戻すことは不可能である。
「クソォ……利き手を……」
「痛手を負ったわね~、あの方に怒られるわよ~?」
「ボクは……一人で……あれだけの人数を……相手に、したんだからねェ……? 怒られるいわれはァ……ない、で欲しいなァ……」
苦しみに汗をにじませながら、眉を顰めるカゲロウ。先ほどまでは話す余裕すらなかったが、今は口を動かす程度のことは出来る。
あまりの痛み。体験した事のないレベルの、圧倒的な熱さ。全身から噴き出す汗は歯止めが利かない。
そんなカゲロウの様子はもちろん知っているだろうが、クラヤミは平常時と全く同じ態度、声で彼に話しかけていた。
そしてカゲロウの彼女の言動をまったく気にしていない。
名目だけの『仲間』。狂っていて、いびつな関係によって構成された盟友と言えるだろう。
「こうなったら~、予定を少し早めるしかないわね~」
「もう……総力戦、かァ……?」
「仕方ないでしょ~? 四天王が分かれて相手したらぼろ負けするってわかったんだから~。今までは『例のモノ』の進度のために分かれて戦っていたけれど……一度総力戦で向かうしかないわね~」
「そうかァ……一人、殺したけどねェ……」
「殺したといっても、あのまま撤退されていたらどうしようもなかったでしょ~? 実力ではないわ~。それに、利き手を失った以上まともに使えないじゃない~」
「つ、使えるようにィ……するよォ……」
「まぁ、一人だけみっちり訓練は避けられないでしょうねえ~」
「うぅ……」
クラヤミの言葉に、カゲロウがこれでもかというほど眉を顰めた。
四大剣聖改め四天王は誰もが訳ありな過去を送ってきている。だがそんな壮絶さでも及ばないほど、四人がそろってからの訓練は激しかった。
幸い四人ともそれぞれの才能があったが、もしそうでなければ切り捨てられてしまっていたかもしれない。
いやしかし才能があろうと、辛いものは辛いのである。
左手で戦う訓練ともなると、相当なものが待っているんだろうことは簡単に想像がつく。
「……でも、願いを、叶えるためだァ……ボクは、逃げないよ……」
「そんなの、当たり前でしょう~?」
苦悶に歪む顔で絞り出した声だったが、確かな強さのこもるそれを聞いてしかしクラヤミはばっさりと切り捨てる。
しかしその口調がほんの少し穏やかになっているような――、気がするだけかもしれないが。
「…………訓練はやだなァ……」
「往生際が悪いわよ~?」
しかしぽつりと零した弱音に、返ってきたのはやはり冷たい言葉。
――お互いがお互いの言動をどうとも思わないまま、二人は帝国王城にたどり着くのだった。




