72.尋問
様々な事件で、セーヴらはある結論を出した。
全員が、もっと深い訓練を必要とする、と。このままでは復讐を成し遂げることすら難しいかもしれない。
特にセーヴは、作戦について更に学ばなければならなかった。これ以上、大きな戦いの前に死人を増やさないためにも。
そのためにも敵の動向を確かめながら休憩という名の訓練期間をとったが、その間捕らえた捕虜であるアデルとディーンの処刑を行うことにした。
セーヴ曰く、上層部になればなるほど、死んでも口を割ることはないだろう。
腐りきった帝国に何の忠誠心もない者ならば別だが、アデルはどう見てもそのタイプではない。ディーンも、アデルがそうである限り彼女に追随するはずだ。
だからと言って何も聞かないわけではないが、恐らく有益な情報は得られないだろうことを前提とした尋問となる。
その尋問のため、現在セーヴはアデルと。インステードはレンと共にディーンとそれぞれ別室で対面していた。
〇
セーヴは対面に縛られて両ひざをつくアデルを、椅子に座りながらじっと見つめていた。彼女の意志の強さには如何やら変化がないようだ。
どこから分かるかといえば、雰囲気、佇まい、目、……その全てである。
元からアデルからの核心的情報に期待はしていなかったが、長い間まともな扱いすら受けられなかっただろうに初めて会った時と寸分変わらぬ表情をしていた。
「……ここまでとなれば、その忠誠心はかなりのものなんだろうけど。スメラギのどこが、そこまで入れ込む――」
「あの方は素晴らしいお方です。私にカマをかけようとなされているのかもしれませんが、私のせいであの方が侮辱されるのは断固として許容できません。私はこの身、粉砕しようと構いませんが、その言葉を見過ごすことだけは」
「えぇと、それは本当に忠誠心かい? 君からはそれ以上のものを感じるのだけど」
セーヴは、ほんの世間話をしているつもりだ。処刑することは決定事項なのだが、最後まで上官に忠誠を尽くすアデルの在り方は嫌いではなかったから。
何より彼女はティアーナの殺害と、直接的にも間接的にも関わっていないことが分かっている。事務仕事が大の苦手なスメラギには本来二人の秘書がいて、もう一人はティアーナ処刑と深く関わる最中に抹殺されたようだ。
アデルが秘書としての全ての仕事を引き継いだのは、ティアーナ処刑後の話である。
もちろん副秘書(秘書見習い)だった時に全てを見過ごした事も事実なのだが、その罪はもちろん彼女の処刑罪状だ。
それはさておき、セーヴの言葉を聞いてアデルがほんの少し感情の変化を見せた。動揺と言うよりは、少し困ったような、恥ずかしいような、決してマイナスではない方向の感情の揺れ動き。
「忠誠心のつもり……ですけれど……」
セーヴからすればどう見ても忠誠心以上の想いがそこにはあるが、なんとアデルはそれに気づいていないようだ。
深い忠誠。崩れぬ信念。そしてその身に抱く想い。
帝国上層部で処刑も決定事項だが、彼女の話は聞くに足る。立場は違うが、抱く信念は同じようなものだろうし。
「君は絶対に情報を喋ったりしないだろうけど……それは、誰のため?」
「ッ!」
帝国のため、とすぐに返されることはなかった。
彼女の皇帝や帝国への忠誠心は、無いとは言わないがスメラギに比べたら小さなものようだ。
「……か、からかわないでください。処刑をするつもりならお早くお願いします。どう揺さぶられようと私は話しませんよ」
「スメラギを題材に揺すっても?」
「はい。最終的にあの方のためにはなりませんから」
「なるほどね。まぁ、ディーンがどうなるかによるけど……」
「……あの子は……分かりません。ですが、核心的な情報を彼はほとんど知らないはずです」
「そう……」
ディーン、という名前にアデルは少し苦笑した。色んな判断が極端すぎて手に負えず下に配属されたが、確かにエリートだった自身の後輩。
良く分からない点も多い人だったが、慕ってくれていることは何となく理解していたので、良い後輩だとは思っていたのだが。
極端な彼は、こういった場合でどのような手を選ぶのだろう。
アデルが分からなければ、セーヴにわかるはずもない。すべては、別室でディーンと話すインステードとレンに委ねられていた。
〇
「話して、くれないのかしら?」
「は……なすッ、こと、などない……ッ!!」
一方別室のインステードとレンだが、ここは雰囲気が一風変わっていた。地面に転がるディーンの肩には矢が刺さっていて、車いすに座り机に手をつくインステードと、立ってディーンを見下ろすレンという状況は酷く殺伐としている。
威圧をかけるインステードだったが、どうやら彼は矢が刺さった程度では喋らないらしい。別室のアデルがどうなっているかわからないのも一因だろう。
そしてインステードは、彼がアデルをどう思っているのか理解していた。
だからこそ。
「じゃあ、貴方のアデルに……代わりに拷問を受けてもらおうかしら」
くす、とできる限り不気味に笑ってディーンを見下す。同時に、レンの瞳も妖しく輝いた。
セーヴは今こそアデルと普通に会話をしているが、彼女を許容したわけではない。必要とあらば、無慈悲に拷問でもなんでもする。
「ッ……貴様!!」
そんなインステードの言葉を聞いて、ディーンは噛みつきそうなほどの激しい反応を見せた。インステードの思った通りだ。
彼は『アデル』に恋している――というか、それは一種の『信仰』に近い。
彼女が捕虜になっていたときからずいぶん苛立っていたようだが、自身のせいで彼女が拷問されるとなれば更に怒りが沸き上がる。
インステードもまた一人の恋する人間なので、こういった人間の扱いは心得ていた。
「ふ、ふん……そうすれば話すと思ったか……! だがな、情報を喋ることは……あの方の気持ちに反する……!」
「……悔しくないの? あの子スメラギの事好きでしょ。従うだけで、あんたは満足なの? それに、どうせあの子は処刑されて死ぬの。それに更なる苦しみを与えるの?」
「……」
アデルの『スメラギのためにも情報は喋れない』という意志を尊重するのか、『情報とかどうでもいいけどあの方を苦しませたくない』という自分の意思に素直になるのか。
今、ディーンは二択に悩まされているはずだ。
かなりゲスい選択を強いていることは、インステードも分かっている。だが、帝国の人間を手玉に取ることは正直愉悦と言わざるを得ない。
ティアーナを散々侮辱してきた帝国の人間達を、今は見下ろせる。
「ねえ――、あんたの情報、正直核心的じゃないと思うのよ。それ喋ったからって、何になるの? 別にスメラギの個人情報喋るわけでも、帝国の超闇な部分を吐露するわけでもないの。でもそれを引き換えに、あんたは最期に自分の意思を押し通せるのよ? 長い間お疲れ様なの、最期くらいワガママになってもいいでしょう?」
「貴様……! 私を嵌めるつもりか……! その、そのような、下劣な策で……!」
「でも現に、あんたは動揺してるっすよ?」
インステードの揺さぶりで、ディーンは徐々に動揺し始めている。そしてそれを、冷たい目をしたレンが静かに、しかし鋭く指摘した。
そこで、ディーンは一気に自分の感情を自覚しただろう。
いつだってアデルを神のごとき存在と定め、侮辱するものは許容せず、その道を邪魔するものは誰であろうとも吹き飛ばしてきた。
だけれど――、それでいいと思っていたのに、どこかで立場をひっくり返したいだなんて思っていた自分が確かにいたのだ。
こんな人間達に気付かされるほどに、バレバレでありながら自分に鈍感だった。
「……そんな……アデル様……!」
「あの子が愛おしいと思うなら、知っていることを全て話しなさい。そうすればあの子は苦しまないし――、そうね、一緒に死なせてあげるの。魅力的な提案でしょう? 好きな人と一緒に果てるのよ、あんたにとっては天国じゃないかしら? 捕虜にならなきゃそんなことは出来なかったかもしれないのよ?」
「――!」
「……じゃあまず最初に聞くっす。あんたが知ってる中で、最も中心部に近い情報は何っすか? 例えば帝国上層部がどんな闇を抱えているだとか」
インステードが話を進めれば進めるほど、その一つ一つが心にどんどんと突き刺さる。望んでも、口に出さなかった事。望んでも、決してできなかっただろう事。
このような劣悪な場所で在ろうと、いや、であるからこそ、自分は求めることを許されたのか?
――傾くディーンの思考がまた戻ってしまう前に、考える隙を与えずレンが畳みかける。
だからこそ、ディーンは自身の揺らいで荒れて定まらない感情を持て余したまま、傾く気持ちに従ってレンの質問に答えるしかなかった。
「知っている限りでは、彼らは――」